2.邂逅

 翌朝、起きてみると何やら外が騒がしい。髪もくしゃくしゃのまま外を覗いてみると、何やら村長と村人達が言い合ってるようだ。

 基本的に村長の言うことが絶対で、みんなはそれに従うというのが村の掟だけど、どうやらその村長が村人達に問い詰められているように見える。

 初めて見る光景に、正直ざまぁみろとも思った。(いつも偉そうにしてるから痛い目に合うんだ。因果応報だ)

 何を言い合ってるのかここからじゃ聞き取れないけど、多勢に無勢、村長の分が悪い様子。このままほっといても構わないけれど、見過ごすのも後味悪いよね。

「ふわぁ~。アリスおはよう。……そんなとこに突っ立って何してるの?」

「おはようマルス。ほら寝癖ついてるわよ。今ね、村長が村人達に責められてるのよ。何について責められてるかはわからないけど」

「ふ~ん。で、アリスは村長さん助けようとしてたでしょ?」

 そう言うとマルスはニヤリと笑った。寝癖と目やにをつけてるから様にならないけど。昔から感の鋭いマルスには隠し事は出来ないんだよな。

「じゃあちょっくら手助けしてくるね」


「なんでなけなしの金をそんなことの為にやらなきゃいけないんだ!」

「そうだ!それは俺たちも知らされてなかった村の財産だろ!それが無くなったら、いざというときどうすんだよ!」

 ――む。どうやらお金のことで揉めてるみたい。財産だって?そもそもこの村にそんな金あったのなんて初耳なんですけど。でもそれがどうしたっていうんだ?

「皆の言い分はよくわかる。そんなに目くじらたてなくともわしが一番わかっておる。じゃがな。わしらは現状を変えようとすらしなかった身分だ。あの子らのような未来に向かって成長を続ける子たちに、何を言う資格がある」

「……それは」

「そんなこと言ったってよ。この村が貧乏なのが悪いんだよ」

「元はと言えばこの村の習慣がイケないんじゃない」

「ああ。ワシも子供の時分から言い伝えられてきた。それにすがって他の選択肢を諦めて生きてきたのだ。しかし、あの子達は自分たちの信念を貫いて生きているではないか。ワシにはあの輝きを消すことは出来んよ……」

 話を聞いてると、どうやら私とマルスのことを言ってるのかな。あの村長がそんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。少しは老体に優しくしてあげないとな。

 不祥不祥といった感じで村人達はその場を離れていった。このタイミングで隠れてるのがバレたらさすがに恥ずかしいので、アリスは急いで自宅に戻るのだった。


「―――なんてことがあったのよ。ビックリするでしょ。まさか村長がそんなこと考えてたなんてね」

「村長さんがそんなこと……。でも話にあった財産ってどうするつもりなんだろ」

「もしかしたら……私達を学園都市に留学させる気じゃないかな」

「あの学園都市?まさか!平民が通えるような授業料じゃないはずだよ?」

 噂で聴く学園都市は、何百人もの上流階級の生徒が通う地方最大の学校を中心に、常に最先端の物が各地から集まる都市だと言われている。

 授業料は、平民が一生働いても払えるような額ではなく、この村で暮らしている限り、何回生まれ変わっても払えるもんじゃないと、立ち寄った行商人に鼻で笑われたことがある。ムカついたから鼻っ柱殴ってやったけど。

「確かに現実的じゃないか。なら家庭教師を雇ってくれるとか?」

「そのほうがよっぽどあり得そうだけど、こんな辺鄙へんぴな村に来ると思う?そもそもどうして村長の考えは急に変わったのかが不思議じゃない?」

 確かに、あの人の話を聞かないことに関しては天才的な村長が、コロッと意見を変えるなんて胡散臭すぎて疑っちゃう。

 マルスも私と同意見らしく、それとなく真意を探ってみることにした。


「ねぇ村長~。昨日村の人達と何か言い争ってたけど、どうしたの?」

「お前達には関係ない。ほれ。さっさと畑に行かんか」

 ちぇー取りつくしまもないな。昨日のことなんてまるで忘れてるみたい。


 その日も相変わらずの暑さで、私もオムもくたくたになって一日の農作業を終えた。今育てている芋まがいを全部売ったところで、稼げる金額は雀の涙ほど。暮らしてくだけでも精一杯だ。もしかしたら、雀が頑張っても涙も出ないかもしれない。

 こんな村だから、稼ぎに不満を持ち、外に出稼ぎに行く村人もいるにはいるが、学の無い田舎者を雇ってくれる奇特な人などいないのだろう。

 出掛けたきり何の音沙汰もない。自らの食い扶持を見つけることも叶わず、犯罪集団に属するか、野垂れ死んでるに決まっている。

(やっぱり知識を身に付けるには学校に通わないと――)


 次第に夜の闇も深くなり、魑魅魍魎ちみもうりょうが支配する時間。普段ならとっくに寝ている時間だが、アリスはまだ起きていた。

 蝋燭ろうそくの灯りをわずかな光源として一冊の本を読んでいる。表紙はとっくに擦りきれ、何が描かれているか判別できないが、内容はそらんじることだって出来るくらいき読み込んでいる。

 そこに書かれているのは、かつて両親が旅した外国のお話――そこに生きる人達と活気に満ちた世界のお話だ。

 両親の顔すら記憶にないアリスにとって、今は亡き父母の面影を辿れる唯一の宝物で、幼いころから、絵本がわりに読むのが習慣になっている。


 ――その夜、アリスは夢を見た。見知らぬ男に手を引かれて歩いている夢だった。

「あの、貴方は誰ですか?」

 …………

「ここは何処ですか?」

 …………

 いくら訊ねてみても返事をしない。ただまっすぐ前を向いて歩いている。歩幅だけは私に合わせてくれる変な男性。

 急に視界が明るくなったかと思うと、そこは見たこともない華やかな街で、通行人は幸せそうに笑いながら歩いている。まるでお祭りのようだ。

 私と同い年くらいの女の子もいたけど、見たこともない綺麗な服を着てどこかのお姫様のように可愛らしかった。

 それに、この硬い地面はなんだろう。ごつごつしてる。あのとてつもないスピードの箱は何だろう。馬が繋がれてないじゃないか。この空に届きそうな程の建物は何だろう。高すぎて、首が痛くなる。遥か上空を飛んでいるあの鳥は何だろう。伝説のドラゴンかしら?

 この世界は、一体何なんだろう。

 見知らぬ男の存在をとうに忘れ、好奇心に導かれるまま日が暮れるまで二人は歩き通した。

 西に日が沈むと、それを合図に、宝石のような灯りが、辺り一面に咲き乱れた。その息を飲むような美しさに立ち竦んでいると、アリスの視線の先にどこか懐かしい二人組が歩いている。二人の背中しか見えないのに、何故だか胸が苦しくなった。

 思いきって声をかけようとすると、二人の背中はどんどん遠ざかり、いくら叫んでも声は届かない。

 辺りを照らしていた灯りは光の奔流となり、アリスの目を、体を、呑み込んでいった――――

『これがかつてあった、失った世界だよ』

 初めて男が口を開いた。

 ――パチン――

 指をならすと、きらびやかな街並みが、見渡す限りの瓦礫と、地獄の業火が全てを焼き付くす恐ろしい世界に一変した。

 そこには誰一人生者はおらず、どこか遠くで子供の泣き声が聴こえるだけだった。

『私が見た世界。君が見る世界。君が選べば、いくらでも可能性はある。だから君は間違えないでくれ、いつか再会するその日まで――――』


 ――夢から目が覚めた。

「おはようアリス。なんだがうなされていたよ。って泣いてるの?怖い夢でも見た?」

「怖いといえば、怖かったかな……。ねえマルス」

「なに?」

「……ううん。なんでもない」

 変なアリスと言いながら、朝食の芋スープを手渡してくれた。

 スープを食べながら思う。もしあの世界がお伽噺の世界だったら、どうして滅んでしまったのか。そしてあの追い付けなかった二人は誰なのか。

 あの男に再び会う機会があれば、とっちめて確かめてやろうと、味のしない芋を噛みしめ飲み干した。

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