第一章 アルバ村

1.少年と少女

「ねぇアリス。この村に古代文明が栄えていたって話、本当かな?」

「さあねー。こんな殺風景な村には、とても不釣り合いなお伽噺だとは思うけど。少なくとも私は信じちゃいないわ」

「うん……そうだよね。村の人達は信じちるみたいだけど、この土地を見たら現実にあったことなんて、とても思えないよね」

「そうそう。こっちは生きていくだけで精一杯なんだから、毎朝毎朝ご高説垂れるよりも、口より手を動かせって言いたいよ。こう毎日毎日畑耕したところで、ヒョロヒョロの芋まがいのものしかなりゃしないんだから」


 私と2つ年下の弟のマルスは、いつものように痩せた土地を今日も耕す。代わり映えしない毎日の習慣だ。

 いつから使われてるかわからない補修に補修を重ねたくわでは、農作業に慣れきった二人とはいえ、壊さぬよう慎重に扱う他なかった。(こんな雑草もろくに生えない土地を耕したところで、野菜なんて上手く育つはずないのになぁ)

 少し考えれば子供にだってわかる事実なのに、村の大人達はバカの一つ覚えみたいに、「さぁ畑を耕せ」「やれ畑を耕せ」と、しつこく言ってくる。

 真っ向から反論しようものなら、何時間説教されるかわかったもんじゃない――いつだったか、罰と称して半日正座させられたあのときの、両足が無くなったような喪失感は今でも忘れられない。

 あんな体罰は御免なので、アイコンタクトで愚痴を言い合う芸当が出来るようになった。

 つまり、マルスと私はそれくらい仲が言いということだ。


 私達の両親は、物心ついた頃には既にこの世から姿を消していた。家を出ていったということではなく、どちらも流行り病で衰弱しあっさり死んでしまったと聞かされている。

 村ではよくある話だけど、お金があれば助かったかもしれないと思うと、つくづく貧困は悪だと思う。

 親がいなくなれば、小さい子供なんて消えかけた蝋燭ろうそくのような命だけど、そこはまぁ長老に引き取られる形となって、結果両親の後を追わずにすんだ。

 生きていく力の無かった私達二人を引き取ってくれたのは大変感謝しているけど、今となっては、村長にもこの村の窮屈さにも辟易へきえきしている。


「マルス。ちょっと川まで水飲みにいこう。こう喉が渇いちゃぶっ倒れちゃうよ」

「そうだね。僕も喉がカラカラだよ」

 マルスは女の子に間違われるくらい体が細い。羨ましいとは思っていない。思ってないったら思ってない。

 そんな細い体だから、私より水分を飲まないとやっていけない。じゃないとこんな暑い日には熱にやられて倒れてしまう。

 まだ言われた作業は終わってないけど、そんなことより弟の体の方が心配だ。

「川の水を村まで引っ張ってこれたら良いんだけどね」

「村長に相談したら、『自然の意思に背くな』なんて怒られてビックリしたよ。神様のせいでこっちが干からびてもしょうがないって言うんだよ?本当にバカらしいよ」

 マルスはだいぶ怒り心頭のようだ。それもそうだろう、私たちの村から川までは徒歩で三十分程かかる。

 どんなに屈強な男でも水無しでは生きていけない。真夏に水を切らすのは命取りなので、自然と家と川の往復回数は増え、それだけでも村人にとって大きな負担となっているのだ。

(水もそうだけど、本当は栄養のある食べ物を食べさせたいんだけどね。食べさせるにはこの村の稼ぎじゃ夢のまた夢だし。どうしたもんかなー)

 誰も見ていないのを良いことに、普段の鬱憤を晴らしながら歩いてると、目当ての川が見えてきた。

 川といっても川幅二メートル程度の小川で、お世辞にも澄んだ水とは言えない。それでも、こんな小さな川でも無くなれば、村にとってはまさに枯渇問題となる。

 川が枯れれば命も枯れる。そんな危ういバランスで村は成り立っているのだ。だから水源の確保は急務だというのに……あの頑固爺どもときたら。

 二人で体が欲するままに水を掬い、飲み干す。

 手持ちの水筒には、ギリギリまで入れ蓄えねばならない。

 季節は夏の真っ盛りで、見上げれば灼熱の太陽。目の前に広がるのは、暑い日差しが容赦なく降り注ぐ枯れた大地と禿げた山々。生命の息吹きがまったくもって感じられない。

 そんな光景を目にしていると、嫌でも考えてしまう。――いつか私達も、長老達のように骨と皮ばかりのなにも考えない年寄りになって、この乾ききった大地に、あるかないかわからない程度の養分として吸われていくのだろうか。

 いや――それでも慰め程度にもならないんだろな。掌から零れ落ちる水が、ひび割れた大地に飲み込まれていく。私は苦笑いするしかなかった。


「あのさ。王都はもっと栄えてるらしいよ。こんな村とは違って、たくさん食料もあれば水もある。それに見たこともないものが世界中から沢山集まるんだよ!いっそさ、二人で抜け出しちゃおうか」

「ふふ。それいいね。もし見つかったら、何時間正座させられるかな」

 いつか気まぐれに訪れた行商人が語っていた王都の話は、私の好奇心を強くくすぐった。

 ――王都に行って何が出来るかわからないけど、人間必死に頭を働かせればなんとかなるんだ。


 こそこそと村に戻ると、案の定村長が弱々しい仁王立ちで待ち構えていた。

「こらっ!お前たちっ!油売っとらんで、さっさと畑仕事を済ませんか」

「「ハーイ」」

 捕まると、またうるさく説教されるのがオチなので、一目散に畑へ戻った。


 その日の農作業を終え、わらを敷いただけの簡素なベッドに倒れこむ。

「ねえアリス。さっきの話って本当?」

「うん?なんの話だっけ?」

「もう。王都の話だよ。本気で行く気?」

「……そうね。本気で行くつもりよ」

「そっか」

「何よ。まさか怖じ気づいたの?大丈夫よ。お姉ちゃんがついてるんだから」

 頭が働くとはいえ、まだ弟は幼いから不安がるのも無理はないだろう。幼い頃から弟が不安なときは、いつもこうして優しく抱き締めてあげる。そうすると、私もマルスもいつの間にかぐっすり寝てしまうから。

 所々穴の空いた天井を見上げ、アリスは思う。

(昔の人達は、考えることを突き詰めていった結果滅んだか……。そんなの信じてやるもんか。幸せになるためには今に満足なんかしちゃダメなんだから)

 弟の体温を感じながら、眠りにつくのだった。

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