第110話【パパ、最後の迷宮】

 階段を降りるとそこは塔の別階層。

 白と金で彩られた広間……のようだが、周りの配色とは明らかに違う壁が乱雑に設置されていた。

 おそらくツァルが時間稼ぎのために設置した防御壁なのだろう。

 まるでそれは、"急ごしらえの迷宮"のようにも思えた。


「迷宮測量士の腕の見せ所だな、ニーナ」

「うんっ! パパ、いそいで見つけよう!」


 遠くから狂ったような笑い声と悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 ツァルがこの階層にいるのは間違いないだろう。

 ニーナの言う通り、奴を急いで見つけなければ……世界は終わりだ。


 俺たちはツァルの声が聞こえてくる方向に向かって歩き始める。

 順調に進めるかと思いきや壁に阻まれ、まわり道をしようと思えばまた阻まれ。

 この迷宮は実に意地の悪い作りだと感じた。


 まあそれもそうだろう、これは"奴を守るため"の迷宮。

 奴にたどり着く通路など初めから存在しないのかもしれない……そう思い始めた矢先。


「んもうっ、こうなったら……てぇいっ!」


 じれったくなったのか、ニーナが一つの壁に向かって光弾を数回発射。

 数回の爆発音とともに、壁に深いヒビが入る。


「ふう、ふう……まだまだ──」

「ニーナ、体力を温存しておくんだ。これくらいヒビが入ったら……ッ!」


 そして、俺はそれを思い切り蹴飛ばした。

 すると壁は面白いように粉砕され、ばらばらと崩れ落ちたのだ。

 いくつか瓦礫が当たって痛くはあるものの、それを気にしている暇はない。

 ニーナには、まだまだ頑張ってもらわねばならないかもしれないからな。


「さすがパパっ!」

「ニーナのおかげさ。さ、行こう」


 俺たちは新しく出来た道を進む。

 ツァルの声は相変わらず聞こえてくる。隠れたいのだろうが、呪いの苦しみと狂気がそうはさせてくれないのだろう。

 こちらとしては好都合、しらみつぶしに探していては時間がいくらあっても足りない。

 このまま順調に進めばいいが──っと!


「パパっ!」


 突然、壁の横から飛び出してきた何本もの棘。『逃げ足』が発動し、脚力が強化される感覚を感じる。

 咄嗟に俺は飛ぶように前転し、何とか事なきを得た。かすり傷もしていない。

 ニーナは──後ろを歩いていたから無事か、良かった。


「パパ大丈夫!?」

「ああ無事だ。ニーナこそ、どこも怪我してないか?」

「うん、でも……」


 彼女の言わんとしている事は分かる、俺とニーナはこの棘を境に分断されてしまったからだ。

 ニーナがはっとして光弾を棘の壁に投げつけるも、残念ながらびくともせず。

 どうやら罠が設置してある壁はしっかりと作られているようだ。


「パパ、ほかのかべをこわしてそっちに行くね!」

「無理に力を使わない方がいい……が、そうは言ってられないか。行けるかニーナ?」

「うん、やってみる!」


 そう言うとニーナは光弾を隣の壁に発射、壁を壊して回り道を作る。

 しかし意地悪なことに、この辺りの壁は少し分厚く作られていたらしい。

 先ほどよりも多くの力を消耗して、ニーナはこちらへと渡ってきた。


「ぜえ、ぜえ……パパ、きたよ……っ!」

「……すまん、判断を間違えたかもしれない」

「わ、わたしならだいじょーぶっ! さ、行こっ!」


 よろよろと進もうとするニーナ。小さいながらも本当に強い子だ。

 ……だが、これ以上の消耗は動けなくなってしまうかもしれない。

 俺はニーナを抱きかかえて進むことにし、彼女をひょいと持ち上げる。お姫様抱っこの形だ。


「ひゃっ!」

「ニーナ、少し休んでろ」

「う、うん……えへへ」


 ……なぜだか、彼女はすごい嬉しそうにしていた。


 ニーナをしながら、俺は先に進んでいく。

 こうして進むのは、彼女との初めて行った迷宮を思い出す。

 前はリビングアーマーに追われながら進んでいったっけか……懐かしいものだ。


 ニーナもあの頃と比べて少し大きくなったように思える。

 子供の成長は早い……とキューちゃんを抱っこした時にも思ったっけ。

 そんな状況じゃないのに、ふと色んな思い出が蘇ってくる。まったく、我ながら本当に呑気なものだ。


「……?」


 そんな中、真っ先に異変に気が付いたのはニーナだった。

 先に見えるのは十字路。ツァルの笑い声も近い……いや、"近すぎる"?


「パパ、なにかヘン」

「……ああ、この先に何か居るな」


 その笑い声は、まるでいくつもの声が重なっているように聞こえた。

 いや……"実際にいくつもある"のだろう。

 ツァルは技術の神、何でも作れる……"自分の分身でさえも、ゴーレムとして"。


「ニーナ、捕まってろ。ちょいと揺れるからな」

「うんっ」


 俺は彼女がしっかりと捕まったのを確認した後──一気に走り出した。


 十字路に差し掛かる時、ふっと出てきたのは全てが壁と同じ色のツァル。……いや、"ツァル・ゴーレム"。

 その数三体、急ごしらえのせいか動きはぎこちない。武器のようなものは持ってはいないが、捕まれたら組み伏せられてしまうだろう。

 その三体は狂ったような笑い声を繰り返しながら、こちらを掴もうと襲い掛かってきた。


 一体目、左前方。その手の範囲から逃れるように大きく避け。

 二体目、右前方。避けると同時に足を払い転ばせて。

 三体目、真正面。急停止しその手を空振らせ。


 そして一体目がこちらへと手を伸ばした時、『逃げ足』を発動。

 一気に真正面にいるツァル・ゴーレムの横をすり抜けて先へと進んだ。


 ツァルの狂気に満ちた笑い声が後方と前方から聞こえてくる。

 前方にいるのは本体だと思いたいが──そうはいかないか。


「パパ、いっぱいいるよ!」

「ああ、ニーナ、しっかり捕まってろよ!」


 通路にひしめくように配置されたツァル・ゴーレムの姿が見えてきた。

 どうやらこの先には行かせたくないらしい……つまり、本体が確実にいるんだろう。


 いくつもの伸びる手を左右に避け、時には転ばせ、俺はどんどん先へと進んでいく。

 通路は最初の複雑な物と比べたら、非常に単純な物になってきている。奴も限界だったらしい。

 ツァル・ゴーレムの群れを抜け、その先へと進み……俺たちはやっと、作られた通路を抜けたのだ。


 そこは、この広間の一番端の方。階を支える大きな柱の下に──奴は居た。


「ひヒ、ぎ、いい、イヒヒヒッ」


 もはや身体の無事な部分は、頭部の左半分のみ。他はドス黒い何かに覆われていた。

 正気すら保てなくなったのか、ただただ奴は狂った笑い声をあげるのみ。

 少々哀れみすらも覚えるが、こうなってしまったのは自業自得だ。


 俺はニーナを下におろすと、水晶のナイフを取り出して奴に近づいた。

 すると奴はこちらに気が付いたと同時に正気を取り戻したのか、怯えた様子で柱へと背中を付けた。


「ひ、ひイイィ! ヤめ……う、ぐぐ……いや、だ、いやだァァ……」

「……観念しろツァル」


 俺は怯える彼の前に立ち、ナイフを向ける。


「いやだ、いヤだ、やット、ヤっと手に入レたんだッ! ボクは、ヤッと真の意味で神になレタのに、ナンで、ドウして、アア、アアアアッ……!」

「力を奪っておいて何を言っているんだッ!」

「アア、アア……許しテ、封印しナいでくれよオォ……ボクニハまだ、夢ガ……ウ、アアアア……」


 ぽろぽろと黒い涙を流しながらやめてくれと懇願するツァル。

 彼に同情の余地はない、全ての元凶は彼なのだから。

 ──だが、俺の横を通り過ぎ、ツァルとの間に割り込む者が居た。


「……ねえ、ツァルさん」

「ア……ニーナ、サマ……?」


 ニーナが、俺とツァルとの間に入ってきたのだ。

 彼女はツァルに真剣な表情で語った。


「その力をわたしにください、そうすればきっと、あなたもみんなもたすかるとおもうの」

「ア……アア……」


 そう、彼女は彼をも救おうとしているのだ。自分を追い出した相手にも関わらず。

 その行為は独善にも近いようにも思えた。しかし、それでもニーナは彼を助けようとした。


「ニーナ、こいつはお前のお母さんを死なせたんだぞ?」

「パパ、きっとふういんしたら、ツァルさんもくるしいとおもうの……わたし、お父さんのあとをつぐって決めたから、ちゃんと守らないと」

「ニーナ……」


 そう言うと、ニーナはにこりと笑ってツァルに手を差し伸べる。


「ね、ツァルさん。その力、わたしにください」

「ア……ア……」


 その差し伸べられた手に応えるかのように、ツァルはゆっくりと手を伸ばした。

 ニーナ、お前はどこまで優しいんだ。そいつはみんなを苦しめたんだぞ、なのに……。

 ……いや、これで良いのかもしれない。彼は生きてしっかりと裁かれるべきなのだろう。

 きっとニーナも、それを思って彼に手を差し伸べた。そうに違いない。



 ──と思っていた俺が馬鹿だった。



「アア……アハ、アハハハハ、アハハハハハハハハハッ!」


 ツァルの手はニーナを掴み、ぐいっとその身体に引き寄せる。

 そして自身の手からナイフのような鋭い物を生成し、ニーナの首元に突き付けたのだ。


「ニーナ!」

「おオッとォ、動クなァ、キヒヒッ! 近づクト、コイツガ死ぬゾ、フ、ヒヒャッ!」


 よろよろとニーナを抱えながら立ち上がると、下卑た笑みを浮かべながらこちらを見るツァル。

 俺は一歩も動けず、人質に取られたニーナを見ることしか出来なかった。


「馬鹿なガキだ、ククッ! 誰が力を返すもんか……これはボクのダ、ボクの力ダ、キヒ、ヒヒヒッ!」

「お前……ニーナはお前を助けようとしたんだぞ!? それをお前は……!」

「だからどうシた! どうせボクハ助からナイんダ、なラ全員、道連レだ! アハ、ハハハッ! 道連レ連レ連レ……」


 どうやら奴はこのまま自分が死に、厄災が開放されるまで待つ気なのだろう。

 ニーナを生かしたままにしているのはこちらの反応を楽しむためだろうか。

 ああ、なんてこいつは……反吐が出るほどの最低野郎なんだ。


「そこデ、じっトしてろよ? このままボクと一緒ニ終ワリを迎えるンダヨ、アハハハハ!」


 狂ったような笑い声が広間に響き渡る。

 俺は動くことが出来なかった。ニーナを見殺しになんて出来ない。

 かといってこのままでは……!


「……ツァルさん」

「あァ……?」


 しかし、ニーナは──。


「あなたって、ほんとうにサイテーっ!」


 ニーナはまだ諦めていなかった。

 手のひらをツァルの方に向け、光弾を発射。

 光弾はツァルの腹部で炸裂し、その身体を柱へと叩きつけたのだ。


「アガァッ!? グ、ア……ッ! コノ、ガキ……ッ!」


 しかしツァルはニーナを手放さない。

 彼女が起こした決死の行動を無駄にしないよう、俺はツァルへと駆けた。

 ニーナが刺される前に、俺が、奴を──!


「ぐ、ウウッ! せめテ、コのガキッ! コノガキだけデも殺ス! 殺……ア、アア? なん……だ……?」


 俺がツァルにたどり着くと同時、ニーナを拘束する手が緩む。


「こノ、声……ニエレア、様……!? ウル、サイ……ヤメロ……ヤメロヨオオオオオッッ!」


 ニーナが手から離れたと同時、俺は水晶のナイフをツァルの腹部へと突き立てた。

 刹那、水晶のナイフはカッと光り、その光はツァルを飲み込むように広がっていく。


「アアアアアアッ! 嫌ダ、イヤダアアアアッ!」


 もがいてそれから逃れようとするツァルだが、封印の力には逃れる事は出来ず。


「許サナイゾ、許さナイッ! 呪ッテ、ヤル! 呪ッテ────」


 最後に絶叫を残しながら、光と共に消えていった。

 その場に残されたのは、床に転がる水晶のナイフ。


「ニーナッ!」

「っ……パパ!」


 そして、ニーナ。

 俺は彼女に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。


「ニーナ、どこも怪我はないか? どこも刺されてないよな?」

「うん、パパ……えへへ……」

「ああ良かった、本当に良かった……!」


 彼女が無事なのを確認すると、俺は安心して彼女を離した。

 抱きしめすぎてちょっと苦しかったかもしれないな、と離した時に少し後悔した。


「パパ、これでみんな助かったんだよね?」


 ニーナが無邪気な表情で聞いてくる。

 確かに、世界は救われたかもしれない……が、それは一時的に延命されただけに過ぎない。


「……いや、まだ大事な人が残ってるよ、ニーナ」


 そう、あとは主神カルーンの回復。それが残されている。

 力が厄災と共に封印された今、回復できるかは分からないが……とにかく、やってみるしかない。


 俺はニーナを抱っこして、再び来た道を戻っていく。

 道中、ツァル・ゴーレムが停止しているのを見て、戦いが終わった事を実感したのだった。

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