第111話【パパ、帰還。そして】

 俺たちが階段を上りカルーンの庭へと戻ってきた時、そこはかなり賑やかな事になっていた。

 地上に居た面々が全員この階層へと昇ってきていたのだ。

 

「ジムさんっ!」

「おっちゃん!」


 真っ先にこちらに駆けつけてきたのはシエラとニャム。

 二人ともボロボロだったが、そんなことよりもこちらを心配している様子だった。


「うう、ジムさんっ……よくご無事でっ……!」

「わ、おっちゃんもボロボロじゃん、紙耐久なのに大丈夫?」


 よかったと涙を浮かべるシエラといつも通りマイペースなニャム。

 相変わらずの二人に俺はなんだか安堵を覚える。


「シエラおねえちゃん! ニャムおねえちゃん!」


 そんな俺の後ろからひょっこり顔を出すニーナ。

 二人に駆け寄ってまとめて抱きしめようと両手を広げた。


「ニーナちゃんも無事でよかったですっ! 本当に良かったよぉ……!」

「ほらほらぁ、シエラちゃん泣かないで、ニーナちゃんのハグに応えなきゃー」

「うんっ、うんっ……えへへっ……!」


 三人はぎゅっと抱きしめあい、無事を互いに祝っていた。

 そんな様子を微笑ましく見ていたら、後ろからポンと俺の肩を叩く者が。


「ヘイ、ハンサム! 無事で何よりだぜッ!」

「ジョン、お前生きてたのか」

「人をナチュラルに殺さないでくれるかい?」


 いつも通りのジョンが俺の肩に手を置いて横に立つ。

 いや、いつも通りではないな……シエラやニャムよりもボロボロだ。

 相当な死闘だったことがその傷から伺える。


「ふふっ、まったく仲が良いわね二人とも」

「クレア……! 良かった無事で」

「ちょ、その……あからさまに喜ばれると、少し照れるじゃない」


 クレアの見た目は普通だが、魔法の酷使で魂が非常に弱っていると思われる。

 事実、少しその表情は疲れた様子が伺えた。

 精霊化の影響が身体に出てなければいいのだが……少し心配だ。


「……みんな無事でよかった」


 俺はそれぞれ四人を見て、彼らが無事に生き延びれた事に安堵した。

 だが、シエラの表情は少し暗く。


「私たちは無事なんですが、その……カルーン様が」


 と、カルーンが寄りかかっていた扉の方へと視線を向けた。




「カルーン様! しっかりしてください、カルーン様っ!」


 そこには、ウィアナが必死にカルーンを魔法で癒そうとしている姿があった。

 モルガはしゃがみ込んでウィアナと共にカルーンを診て、スーラは立ちながら至極残念そうにその様子を見ていた。


「ウィアナよ、カルーン様はもう……」


 モルガがウィアナを止めようとしたが、彼女は取り乱した様子でカルーンを癒し続けていた。


「信じませんそんな事! カルーン様がもう助からないなんて、そんな事……! 信じませんよ……っ!」


 そしてウィアナは信じがたい事を言ったのだ。

 カルーンが、もう助からないだって? まさか、そんな……。

 俺は彼らの方へ近づいて、カルーンの様子を伺った。


「ぐ、う……っ、ウィアナ……もういい、それ以上は……そのまま続けてたら、君まで、死んでしまう……」

「私の命なんか良いんです、カルーン様さえ助かれば、それでっ!」

「頼むよ……もう、悲しい思いは、したくないんだ……」

「ですがっ……ですがっ……!」


 カルーンの呪いは既に身体の方にも表れていた。

 ツァルと同じようなドス黒いそれが、カルーンの右腕を覆っていたのだ。

 おそらく、じきにツァルと同じようにこれに飲み込まれ、やがて……。


「ゴホッ、ゴホッ! ……ああ、ジム……ツァルは……?」

「封印した……封印したがカルーン、貴方の身体は──」

「はは……情けない、ことに……力を使いすぎた、みたいだ」


 声を発するのも辛いのだろう、非常に弱々しく言葉を紡ぐ。

 どうやらあの戦いの時に使った力で呪いを押さえきれなくなってしまったらしい。

 全ての元凶を倒したのに、なんてことだ……。


「……お父さん」


 ニーナが後ろからやってきて、しゃがみ込んでカルーンの顔を覗き込む。

 カルーンは震える手を伸ばし、ニーナの頬に手を当てた。


「ニーナ……ふふ、最期に、君に会えて……本当に、本当に……嬉しかった」


 愛おしそうに愛娘を見つめ、本当に嬉しそうに笑うカルーン。

 しかし、手をぱたりと下ろし、苦しそうにぜえぜえと息を荒くする。

 徐々にだが、腕の呪いが彼を浸食していっているのが分かった。

 主神の死は、そこまで迫ってきているのだ。


「カルーン様っ……!」


 ウィアナが辛そうな表情でカルーンを見つめている。

 あの様子から見るに相当慕っていたのだろう、その辛い気持ちは計り知れない。

 彼女はできるだけ呪いの進行を抑えようと、必死に癒しの魔法を続けていた。


「人間……ジムと言ったか」


 すると、今まで黙っていたスーラが口を開く。

 髑髏の仮面から表情は読めないが、声のトーンから酷く悲しんでいるように聞こえた。


「まずはツァルに対処してくれたことに感謝を、そして、カルーン様を守ってくれた事にも感謝を」

「……俺は守れなかった、むしろカルーンは助けてくれたんだ」

「それでもカルーン様が今なお生きているのは、紛れもなく貴方の功績だ」


 そう言うとスーラは、今までの経緯を説明してくれた。

 それぞれ戦っていた神々と人間たちだったが、途中でツァルが偽物だと判明したのだ。

 しかし、それとほぼ同時に塔に結界が張られ、誰も内部へと進入できなかったのだという。

 おそらくツァルが力を手にして塔に結界を張り、神々を中に入れないようにしたのだと思われた。


「貴方がツァルを封印したことにより結界が解かれ、こうして我々はカルーン様の元へとたどり着けたのだ」

「だがカルーンは……」

「そう、カルーン様は力を使い果たし、すでに危篤の状態。もはやあと数時間もない命だろう」


 そういうとウィアナが叫んだ。


「やめてくださいスーラ! カルーン様は死なないんです……死なせはしません……!」

「……ウィアナ」

「だって、私たちが今ここに居るのはカルーン様のおかげなんですよ!? なんでそう諦められるんです!?」

「私とて諦めたくない、だがこの状態では……」


 スーラの言う通り、カルーンの状態は深刻だ。

 どうすれば助かるのか見当もつかない、誰もがお手上げの状態だった。


「……うん、分かった。わたしはだいじょうぶ、いままでありがとうっ」


 しかし、ニーナは何かに返事を返すように頷くと、ウィアナの方を向いた。


「ウィアナさん、わたしね、ひとつだけお父さんをたすける方法を知ってるの」

「えっ……ほ、本当、ですか? ニーナ様?」


 ウィアナは戸惑いつつも、ニーナの方を真剣に向いた。


「ニーナ様、カルーン様は既に呪いによって蝕まれている……故に、それを止める方法は在らず」

「……しかし、今はどんな方法でも試してみたいのは確かだ、モルガ」

「スーラ……ううむ、あい分かった、口を閉じよう」


 モルガとスーラもニーナの方を向く。

 ニーナはにこりと笑い、ゆっくりと説明し始めた。


「あのね、お父さんはもう一人のお父さん……ええと、神さまの力と体を分けてた、んでしょ?」

「はい、その通りですが……っ!? まさかニーナ様──」

「うんっ! わたしがお父さんの子なら、わたしも神さまの力と体を分けれるとおもうの! わたしの力をお父さんにあげれば──」

「いけません!」


 ウィアナが焦った様子で叫んだ。


「そんなことをすればニーナ様はただの人間に……いえ、何もない無能力、無才能になってしまいます! そんなの……!」

「でもわたし、お父さんをたすけたい! ウィアナさんも、モルガさんも、スーラさんも……みんなそうでしょ?」

「……ですがっ!」


 ウィアナや他の神々が決めかねている中、ニーナは真剣な表情で訴えた。


「わたし、みんなをたすけるって決めたの! それにはお父さんも入ってる! だから……だから、おねがいします!」


 ニーナはそう言ってぺこりと頭を下げた。

 ウィアナは狼狽え、モルガは黙って考えている。

 それもそうだろう、神でなくなるという事は、つまり『万能』もなくなるという事。

 誰しもがスキルを持つ世界で『無能力』という事は、それだけでも大変だというのに、この子は……。

 しかし、スーラは──。


「……その思いに、迷いはないのですね? ニーナ様」


 そう優しく、ニーナに語り掛けた。

 ニーナはこくりと強く頷いて、その問に応えた。


「スーラ、本気ですか!?」

「ウィアナ、このままカルーン様を死なせていいのか? 死ねばニーナ様を悲しませるし、永遠に箱庭の主にしなくてはならないのだぞ」

「ですが……!」


 ウィアナはまだ決めかねていた。カルーンと同じくらい、ニーナを慕っているのだろう。


「……我も、ニーナ様の策に賭けてみようと思う」


 しかし、モルガも閉じていた口を開き、ニーナの作戦に同意した。


「モルガまで……」

「ウィアナ、我とて完全に納得したわけではないが……ニーナ様を永遠に閉じ込めるよりは良いと思ったのだ」

「…………ッ」

「あとはお前次第であるウィアナ。ニーナ様は子供とて主神の子、我とスーラ二人では、力と体を分離させることは出来ぬ」


 そう言うとモルガは立ち上がって腕を組み、ウィアナを見下ろしていた。

 カルーンを取るか、ニーナを取るか、迷っている様子だったウィアナだったが──。


「……わかりました、ニーナ様。本当に……いいんですね?」


 と、ニーナの方を向いて意思を確認する。


「うんっ! みんな、ありがとうっ!」


 ニーナはにこりと笑って、しっかりと意思を伝えた。

 スーラとモルガは頷くと、ニーナとカルーンを囲むように立ち位置を変える。

 ウィアナはその場に立ち上がり。


「……ありがとう」


 と、小さくニーナに感謝すると、自分の立ち位置へと向かった。


「ニーナ、本当に良いんだな?」

「うん、パパ。これがわたしにできることだから!」

「……お前は立派な子だよ」

「えへへ」


 俺は彼女をぽんぽんと撫でると、邪魔にならないようにそばを離れた。


 俺が離れた後、ウィアナ、モルガ、スーラはそれぞれ詠唱を始める。

 聞き取れない言語での詠唱……おそらく外の世界の言語だろうか?

 詠唱を始めた途端、白い魔法陣がニーナの足元に展開された。

 何が起こるのかとすこしそわそわしているニーナだったが。


「わっ」


 体がゆっくりと持ち上がる感覚に驚き、キョロキョロとしている。

 そして次の瞬間、ふわふわとニーナから光の粒子が浮かび上がり、彼女の頭上で球体を象っていく。

 そう、あの時台座に乗っていたカルーンの力と一緒だ。

 大きさはそれよりも少し小さめ、しかしその光は確実に神の力である事を物語っていた。


 詠唱は佳境を迎え、三神の声も大きいものになり──それぞれ別の単語を言い放った。

 と同時、光の玉がふわりと動き、カルーンの身体の中へと入っていったのだ。


「……こ、れは……?」


 意識を取り戻し、異変に気が付いたカルーンが言葉を発する。

 光の玉は徐々にカルーンの身体を飲み込んでいき、まばゆい光を放つ。


「ああ、この声は……ニエレア……君なんだね……君がいつも……ニーナを導いてくれていたのか……」


 再び意識が混濁する中、カルーンの小さな呟きが耳に残っていた。

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