第106話【パパ、主神と対面】
塔の内部に入った俺は、真っ先に階段を探し始める。
広いロビーのようになっているその場所をぐるりと一周。
だがそういったものは見つからず、まさかこんなところで門前払いか? と一瞬不安に駆られてしまう。
しかし、ここで立ち止まっている時間はないと思考を巡らせる。
神々も空を飛べるわけではないようだった、何処かに上階へと行く手段があるはずだ。
そして気が付いたのは……入口の向かい側にある、とある円柱だった。
その円柱は、まるで扉のように線が入っているが、押しても引いても開こうとしてもびくともしない。
他に怪しいところはなかった以上、ここが一番怪しいと思うのだが……と考えていると。
「"ウェルム・クルゥーン・トゥアゥ"」
突然、古ドラゴン語の声が円柱の柱から聞こえてくる。まさか敵かと思ったがそうでもない様子。
円柱から聞こえてくることを察するに、声を保存しておく遺物の一種だろうと俺は推測した。
「"ウィヂ・フーア?"」
その声は、まるで何かを聞くかのようにこちらに語り掛けてくる。
……これは、どこに行くのか語り掛けているのだろうか?
「ニーナの居る場所……いや、カルーンの部屋に連れて行ってくれ!」
俺がそう叫ぶも、その声は「"ウィヂ・フーア?"」と繰り返すばかり。
動かし方が分からない俺は少し悩んだが、思えば古ドラゴン語で語り掛けているのだから──。
「……"クルゥーン"」
古ドラゴン語で返さなければ多分ダメなのだろうと思い、試しにカルーンの名を口にしてみる。
同じフレーズを繰り返していた円柱は黙り込み、その場に静寂が訪れる。
……間違えたか? と思ったのもつかの間。
「"ヤァス"」
と円柱は言葉を返すと、線に沿って円柱が"開いた"のである。
まるで扉のように開いた円柱の内部は小さな空間だ。
気になる点といえば、床が少し装飾されているくらいか。
他に行く場所も無い、俺は意を決してその空間へと足を踏み入れた。
俺が完全に内部に入った途端、扉が閉められる。
そして、身体がゆっくりと持ち上げられるような感覚に陥った。
これは……もしかして、この床自体が上に移動しているのか?
階段ではなく、上下に移動する床か……これで神々は階層を行き来しているのだろう。なんともすごい技術だ。
これも"外"の世界の技術なのだろうか? と俺はその技術力の高さに驚きつつ、カルーンの居る階層へと到着するのを待った。
しばらくした後、"チン"という甲高い音と共に扉が開かれ、目の前に通路が現れた。
白や金で彩られた通路の一番奥に、大きな扉が見える。あの奥にカルーンがいるのだろうか?
俺は古ドラゴン語で語り続ける円柱を無視し、通路へと一歩踏み出した。
短いようで長い通路を、俺はゆっくりと歩く。罠があるかもしれないと思ったのだ。
俺は歓迎されて来ている立場ではない。ここまで来てお陀仏、というのは流石に笑えないだろう?
しかし、そんな慎重に進んだ俺が馬鹿みたいなくらい、何事もなく扉の前に到着。
歓迎されていない者が来ているというのに、その不用心さに少し呆れてしまったくらいだ。
俺はその扉にゆっくりと手をかけようとし──たのだが。
まるで俺の意思を読み取ったかのように、扉がゆっくりと開き始める。
そして、その先に広がる光景に、俺はまた度肝を抜かれた。
──青々とした空と浮かぶ雲、広がる草原と花畑。小鳥のさえずりが聞こえ、風すらも感じる空間。
まるで野外に出たかのような感覚に驚きつつ、俺は内部へと足を踏み入れた。
これはカルーンが作り出した空間なのだろうか……ときょろきょろと見渡すと、小さな白い家がぽつんと立っているのが見える。
あの場所に、もしかしたらニーナが……?
そう考えたら、居ても立っても居られなくなった。
今までの慎重さはどこへやら。俺は草原を走り出し、白い家へと向かう。
入口からそこまで離れてなく、家の玄関にはすぐにたどり着いた。
俺は扉の前に立ち、意を決してノックをしてみた。
…… …… ……。
何も反応が返ってこない。
ここには誰もいないのだろうか? と考えていると──。
「こっちだ、庭の方にいらっしゃい」
と、優し気な声が庭の方から聞こえてくる。
俺はその声に導かれるように玄関を離れ、隣の白い柵で囲われた庭へと向かった。
整えられた低木、綺麗に飾られた花壇が目に付く中。俺はその人物に出会う。
その人物は、白い小さな野外用の椅子に腰かけ、こちらをじっくりと見ていた。
「待っていたよ」
白に近い金色の肩まである長い髪、既視感を覚える青い眼。
白のローブを身にまとい、こちらへとほほ笑む彼こそ──。
「……旅神、カルーン」
俺は、まるで敵対心の無い彼に少し動揺しつつ、彼と目を合わせた。
ああ、対峙して分かる。この眼はまさしく……"ニーナと同じ眼"だ。
彼の眼はまさしく彼女と同じ色であり、嫌でも血の繋がりを感じさせるものだった。
「君がウィアナの言っていた"ニーナの保護者"かい? ここまで来るのに、とても大変な思いをしただろう」
「……ニーナは?」
「安心してほしい、家の中で眠っているよ。それに、まだ"箱庭の主"になった訳じゃない」
俺はその言葉に、ほっと安堵する。
その様子を見てか、カルーンはふふっとほほ笑んだ。
「少し話そう、まだ時間に猶予はある」
そういうとカルーンは、俺に椅子へ座るように促した。
俺は彼の催促のまま椅子に座る。俺は戦いに来たわけではない、彼も望んでいる"対話"をしに来たのだ。
「お茶も用意できずに申し訳ない、何分こんな身体なものだから」
「いや、いいんだ。気遣いなく」
「ありがとう。さて、どこから話したものか……」
カルーンは非常に友好的で、まったくこちらを敵視している様子はない。
仮にも侵入者で、もしかしたら自分の娘を奪いに来たかもしれない相手なのに。
「ああ、そうだ、まずは自己紹介をしなくてはね」
その不用心さを再び俺は呆れると同時に、ニーナの呼んでいた児童書を思い出していた。
"カルーンはみんなのお父さんのような存在だ"、ということを。
「私はカルーン。旅神だとか主神だとか、そんな大層な名が付けられているけれど、そんなに大したことはない至って普通の神様だ」
「……神様は普通じゃないと思うんだが」
「ふふ、そうかもしれないね……君の名前は?」
なんだか妙に謙遜しているような自己紹介を受けた後、俺のことを聞いてくるカルーン。
「ジム・ランパート。貴方の言葉を借りるなら、大したことのない至って普通の人間だ」
「そして、ニーナのパパでもある」
「いやいや、本当の父親は貴方だろう」
「ふふ、でも一時だけでも、君はニーナのパパだったんだ、それは事実だろう?」
「……まあ、その通りではあるが」
そういうとカルーンはにこりと笑い、「ニーナを助けてくれてありがとう」と深々と頭を下げた。
神様とは思えない低姿勢さだ、なんだかこちらも頭を下げたくなる。
「自己紹介も済んだところで、そうだね……うん、ニーナは現世の地上でどんな生活を送っていたのか、語ってくれないか?」
「いいが、その……時間は大丈夫なのか?」
「それでも聞きたいんだ、彼女がどんな出会いをして、どんな道を歩んで、どんな時を過ごしてきたのか……頼むよ」
再び深々と頭を下げるカルーン。こうされては断ることもできないな。
俺はニーナを拾ってから何が起きたのか、語ることにした。
彼女と思い出を懐かしむように。
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