第105話【パパ、集う想い】
「ニャム……?」
「なにとぼけた顔しちゃってるのさー、おっちゃんらしくないよ?」
にしし、と笑いながらニャムは瓦礫の拳を壁に向かって投げ飛ばす。
拳は壁を粉砕し、ツァルは飛び退いて退避した。
「チェッ、邪魔が入ったか……直前まで気配を感じさせないなんて、キミって何者?」
「ん? ちょっとだけ武術が得意な道具屋さんだよー」
……いやいや、初耳なんだが。
ニャムは呆気からんとしながら俺を起こそうと手を伸ばす。
俺は彼女の手を掴み立ち上がると、真っ先に疑問をぶつけた。
「ニャム、お前戦えたのか……」
「まあねぇ、すっごい疲れるから普段やらないんだけどさぁ、おっちゃんとニーナちゃんのピンチならしょうがないよねぇ」
「というかお前、俺がまた黄金の迷宮に来るって……なんで知ってたんだ?」
「んーとね、これのお陰だよ」
そう言って取り出したのは紫色の水晶……"通信晶"だ。
「おっちゃんが出発する前にクレアさんが連絡してくれてねぇ、急いで人集めて駆けつけたって訳」
「人集めて……ってことは、他にも──」
俺が聞こうとした瞬間、瓦礫の山が動き出す。
ツァルが瓦礫の山に立ち、それらを操っているのだ。
「ボクを無視して話してるなんていい度胸だよねぇホント……潰れろ!」
瓦礫が上空で石の壁を形成し、俺たちを押し潰さんと落ちてくる。
ありゃ、とニャムは一言呟くと俺を抱えて退避。
まさか自分が抱えられる日が来るとは思いもよらなかった……しかもお姫様抱っことは。
あと本人は気にしてないだろうが胸が当たっ……コホン。
とにかく、ニャムは俺を抱えながらも華麗に回避。
壁は勢いよく地面に激突し、その衝撃で粉砕される。
だがそれだけでは終わらない、ツァルは破片を操作して無数の弾丸のように飛ばしてきたのだ。
避ける暇も与えないということだろう、万事休すか……と思うのも束の間。
「ニャムちゃん! 私の後ろに!」
ニャムの横を通り過ぎる影、見覚えのある革鎧に身を包む金色の長髪──。
「魔装展開ッ!」
彼女が盾を構えた瞬間、前方に巨大なマジック・シールドが展開。即席の防御壁を作り出したのだ。
マジック・シールドは無数の瓦礫を弾き、俺たちを守ってくれる。
弾かれた瓦礫はツァルの制御を失ったのか、その場に転がり動かなくなった。
「また邪魔が入った……今度はなんだよ!」
「ちょっとだけ冒険好きな受付嬢ですっ!」
盾を構えて言い放つ彼女は、シエラ・メル・ルナルモア。
受付嬢かつ新米冒険者な彼女も駆けつけてくれたのだ。
俺はニャムに降ろしてもらうと、マジック・シールドを解除するシエラに話しかけた。
「ニャムの時も驚いたが、まさかシエラまで来るなんてな……」
「二人のピンチと聞いて居てもたっても居られなくて、ギルドの新装備をお借りしてここまで来ちゃいましたっ」
「その盾と剣がそうなのか?」
「はいっ! ギルドで開発中だった試作品ですが、効果は見ての通りですっ!」
そう言うとシエラは盾と剣を構え、ツァルたちの方を向く。
「大五神様たちと戦うのは正直怖いですけど、ジムさんとニーナちゃんの為なら……!」
決意に満ちた表情で、神たちと対峙する彼女。
その隣に立つのは少しやる気な表情の黒猫娘。
「ま、そういうわけで。アンタをほっとけない奴らが来ちまったってわけさ」
そして俺の横を通り過ぎる様に現れたのは、犬耳をピンと立てた黒い影。
シエラの隣に立ち、俺に振り向いてサムズアップするそいつ。
「次から次へと……兵士たちは何してるんだよ!」
「そうとも、オレ様は夢と遺物(たから)を求める冒険家、ジョン・ガルフ様だッ! フゥーッ!」
「お前の事は聞いてないッ!」
無理やり自己紹介するジョンと、それに憤怒するツァル。
いつも通りのテンションで一人で勝手に盛り上がるジョンが、なんだかとても頼もしく見えた。
「ジョンも来てくれたのか……お前ら……っ!」
「おっとハンサム、涙は嬢ちゃんと再会した時に取っておきな。やるべき事は分かってるだろ?」
「……ああ、しばらくの間頼めるか、みんな」
ニャムは尻尾の鈴をりんと鳴らし、シエラは大きく頷いて応えてくれる。
「まっかせてぇ、久々に身体動かしちゃうよー」
「大五神様たちは私たちに任せて、ジムさんは塔へ!」
ジョンも自身の刀と銃を取り出しながら応えた。
「安心しろよハンサム、片やかの有名な冒険者"
「後発隊……? まだ誰か来てくれるのか?」
「クレアさんの話を聞いて大勢の冒険者が名乗りを挙げてな、ラルフの大将が全員引き連れて向かって来てる所だ! それだけじゃねえ、商人組合やカルーン教団も総出で来るって話だぜ!」
それってトランパル中の人間が助けに来るってことか……!?
俺が驚いた顔をしていると、ジョンはふっと笑って。
「それだけアンタと嬢ちゃんは慕われてるのさ。だからよ……俺たちの分まで嬢ちゃんに伝えて来てくれよ、"ありがとう"ってな」
そう言うと銃を構え、瓦礫を再び操作しようとしていたツァルに向かって射撃。
弾丸はツァルの足元に着弾し、彼は驚き飛び退いた。
「く、くそっ……! お前ら分かってるのか!? これは神への反逆だぞ!?」
自分を覆う様に石の壁を作りながらそう叫ぶツァル。
その様子をずっと見ていた両隣の神は、ふっと鼻で笑う。
それにさらに腹を立てたツァルは、壁の中で何かを喚いていた。
「面白い、人の身でありながら神に立ち向かおうとするその勇気、天晴れである」
次に口を開いたのは巨人の神、戦神モルガだった。
彼は片手を前に突き出すと、何処からともなく一本の矛を出現させた。
それを掴むと、鎧の身でありながら軽々と天高く飛び上がり──。
「なれば、相応しい舞台を用意しようぞ」
と、地面に向かって矛を投げたのである。
地面に思い切り刺さると同時に、凄まじい衝撃が辺りを揺らす。
地面にしがみ付くのがやっとな程の衝撃、それによって地面に亀裂が走る。
ぴしりぴしりと地面が割れ、矛を中心に小さな地割れを作り出したのだ。
その地割れは四つの区画に分けるように綺麗に作られている。
モルガは一つの区画に着地すると、もう一本矛を手元に出現させた。
「丁度一対一に分けることが出来る故、それぞれ一騎討ちを興じようではないか」
そう言うと柄を地面に付き、挑戦者を待ちわびるようにその場に佇んだ。
「おい、勝手に決めるなよモルガ! ボクは反対だぞ!」
「私も反対ですよ、そんなの彼をみすみす見逃すようなものじゃないですか」
ツァルとウィアナがモルガに向かって反対する……が、先に動いたのはこちらの方。
ウィアナに向かって放たれるファイア・ボール。彼女は寸での所で気が付き弾いた。
ファイア・ボールは遥か遠方の家々を巻き込んで爆発。それを撃った人物は言わずもがな。
「あら、私は賛成よ? 面白そうじゃない」
にやりと笑って再びファイア・ボールを打とうとするクレアの姿が。
「くっ……良いでしょう、ならば一瞬で終わらせて追いつくまでです」
それを本気で叩き潰さんとばかりに魔法陣を周囲に展開し、数多を魔法を繰り出さんとするウィアナ。
最強魔術師対魔術の神の戦いは、苛烈さを増していくのだった。
一方、クレアがファイア・ボールを放ったと同時にツァルの方に向かったのはニャム。
一瞬でツァルの目の前に移動すると石の壁を叩き割り、かの神を引きずり出そうとする。
そうはさせまいとツァルは足元に石の塔を作り上げ、自分の身体を射出するように持ち上げ離脱、ニャムは咄嗟に後ろに退いた。
「ちぇー、もう少しだったのになぁ」
「なな、何するんだ無礼者ッ! ボクは神様だぞッ!?」
慌てた様子のツァルをにやにやと見つめるニャム。
彼女はツァルに向かって挑発するように人差し指をくいくいと挙げて見せた。
「そんな怖い顔しないで、お姉さんとあそびましょー?」
「く、くそっ……どいつもこいつもナメやがって……! ああいいさ、まずはお前のそのニヤケ面を歪ませてやるッ!」
刹那、ニャムの周辺の地面から無数の針が飛び出してくる。
それを察知した彼女はぴょんと高く飛び、ツァルが作り出した石の塔に足を付けて垂直に走り始めた。
身軽な彼女に翻弄される技神、勝利はどちらに微笑むのか。
「スーラ、おぬしはどうする?」
モルガがそう聞くと、髑髏の仮面を被った冥神スーラは無言でゆっくりと動き出す。
彼に賛成したのか、それとも仕方がないと思ったのかは分からないが、その歩みは空いた区画の方へ。
そこに気合十分に躍り出たのはシエラだ。
「冥神スーラ様、ですね? お相手をお願いしますっ……!」
やや緊張した面持ちでスーラと対峙する彼女。
スーラの表情は読めないが、シエラを相手とみなしたか、天秤を象った杖を取り出し。
「……裁定せん」
と一言だけ言うと、杖を強く地面に突いた。
その姿にシエラは少し恐れをなしたか、顔に恐怖が見え隠れする。
罪と罰を伝えたとされる裁きの神の相手、新米冒険者には少し荷が重いか。
「ふっ、相変わらず何を考えているか分からぬ奴よ……さて」
戦いの始まりを見届けたモルガが見据えるのは、一人残されたジョン。
ジョンは口笛を吹きながら堂々と区画へ入ると、刀の剣先をモルガへと向けた。
「ジャイアントスレイヤー・ジョン・ガルフ……良い響きだと思うんだけど、どう思う?」
「ほう、骨のある奴だ、気に入った」
そう言うとモルガは二本目の矛を出現させ、もう片方の手で掴む。
矛を二本構えるその姿は、まさに戦神の名に等しい姿だ。
「ではそれに応えて、吾輩も全力で参ろう」
「……あー、もしかして……ちょっと怒ってる?」
少し声が震えるジョンを他所に、モルガは構え──。
「いざ尋常に……勝負ッ!」
矛を振り上げ、ジョンへと向かって刃を突き立てんとする。
ジョンもそれに瞬時に反応し横へと避ける。矛が地面に突き刺さった瞬間、とてつもない衝撃で地面が再び割れた。
唖然とするジョンに息をつかせる間もなく、矛による連撃が迫ろうとしていた。
「ジムッ! さっさと行け! あと出来れば俺が生きてるうちに戻ってきてくれーっ!」
矛の連撃を避けながらジョンはそう叫ぶ。
それぞれがそれぞれの戦いを繰り広げている中、今なら塔の中へと入る事が出来そうだ。
「みんな……っ! すぐに戻ってくるから待っててくれ!」
もう迷いはない、あとは突き進むのみだ。
俺は攻撃の隙を見て戦場を抜け出すと、一目散に塔の中へと向かった。
沢山の想いを背負い、俺は塔を登る。
ニーナに会うために大勢が開いてくれたこの道を、一直線に進む。
あの子に最後の別れを告げる為に……俺は登るのだ。
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