第4話 お母さん、みつけた
ひとしきり泣いた後、思いの外、彼女は元気な様子でお弁当の残りをぱくつき始めた。曰く、「完全に忘れたわけじゃないから、まだ平気!」だそうな。更には、絶対に思い出すんだと気合を入れている。
「立ち直りが早くない?」
「ずっと、メソメソ泣いてるのは非生産的だもの」
「……まあ、そっか」
レイちゃんが、元気そうになったのは、ソレが空元気だとしても少しホッとした。ソレよりも自分が、ほんの数時間の間に二年前の男女に戻ってしまったのには、がっかりだ。頭の中でも女言葉にするようにしたりとか、かなり頑張ったんだけど、男兄弟の中で染み付いたガサツさは如何ともし難かったらしい。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて食後の挨拶をすると、彼女は早速何かをするつもりらしい。床の上に、なにやら荷物の中身を並べ始めた。
並べられたのは、ジップロックのでかいやつが何枚かと、ブルーシートや百均で買ったっぽいビニールポンチョ、ペグやBBQ用のデカイ鉄串なんかもある。
「これ用意したやつ、何を想定してこんなものを入れたんだ?」
「さぁ……? きっと、罵られるのが好きなマゾだと思うけど、知らない人だから分からないね」
レイちゃんが人を罵る姿は思いつかなかったけど、そっか、罵るんだ?
そして、罵られるラインナップなんだな、コレ。
「エアークッションは寝る時に敷いたら、寝心地改善になるんじゃないか」
座布団代わりに敷いてもいいし。
目についたソレを持ち上げ、空気を入れてから渡してやると「そうやって使うんだ」と目を丸くする。どれどれと呟きつつ敷いてから目を輝かすところを見ると、使い心地は悪くないらしい。二つあったから、オレも使わせてもらおう。
多分、荷造り担当は背中と腰用で二つ入れたんだろうけど、気にしない。
「……これは、いいものです」
「寝る時は背中の下かな」
「こんな感じ?」
「そうそう……寝るの?」
使い方を知らないっぽいので教えてやると、早速そのとおりにゴロンと横になる。
そのまま上を向いたり横を向いたりしはじめる姿を眺めつつ声を掛けると、レイちゃんはこちらを見上げて艶っぽい笑みを浮かべた。
「寝てもイイけど、体を清めてからの方が嬉しいな」
「なんか、性的なニュアンス!?」
「そっちのお誘いかと思った」
ヒョイと起き上がって、いつもの表情に戻る。
「じゃあ、この異世界とやらについて手分けをして調べることにしよっか」
「具体的には?」
「水を調達しに、お出かけしよう」
確かに、それは重要。
それにしても、敬語が取れた上に表情を取り繕わなくなってきたのが嬉しいな。
俺たち二人が横になるのがせいぜいって言う広さの穴蔵には、一応外に出れる短い横穴があった。高さは何とか立って歩ける程度――油断をすると頭を打ちそうだ。
出口は横幅はそれなりにあるくせに高さがないから、四足つく必要がある。
「外は竹林っぽいね。ノコギリかなんかが荷物にあればよかったんだけど……」
「ないものねだりしてもしかたないだろ」
「特に生き物の姿は見当たらないから、出るね。出口はちょっと高くなってるけど、一メートル位。ウッカリ足を捻らないように気をつけて」
「おう……」
転落事故の顛末を話したせいで、速攻、俺の運動音痴がバレた。
そのせいで不本意ながら、外歩きの主導権はレイに譲ることに……いいんだ。また、墜落死とか嫌すぎるし。
「そう言えばアイルさん」
「うん?」
水場は、竹やぶを抜けてすぐの場所にあった。小さな滝から落ちる水を湛えた泉から流れ出す小川がソレで、レイちゃんは早速、でっかいジップロックの中に水を詰め込んでる。彼女いわく、ここは水源の上の方なんじゃないかって予測。
周囲にあるのがデカイ石ばっかりだってとこが判断基準だそうだ。言われてみれば、海の近くまで行くとほぼ砂かもしれない。
なにはともあれ俺は、その少し下流で、弁当箱を水洗い。
彼女は掃除と洗濯はやったことがないんだそうで、ソコは俺が請け負うことにした。
調理器具はどうしてたのかと聞いてみたら、食洗機も無いのに、二~三時間もすると元の場所に戻っていたらしい。
ナチュラルに「きっと、小人さんがいたんだよ」なんて言ってたが、ソレ、どう考えても荷造り担当の仕事だよな……?
元々マメだったんじゃなくて、もしかしてレイちゃんの面倒を見るようになってから身につけた技能なのかもしれないとこっそり思う。同情はしないけど。
「ところでアイルさん。呼び名の変更をお願いしたいんだけど――」
「えーっと、俺みたいに改名したいって話?」
俺は、『アイラ』ってのは自分で女の名前だと思うので、いっそ潔く改名することにした。改名って言っても、最後の一文字を変えて『アイル』にしただけだ。
ガッツリ変えるとピンとこないし、ゲームで男主人公しかいない場合に使ってた名前だから馴染みもある。
「改名じゃないけど……ティアって、響きが可愛くない?」
「どっからでてきた、その名前?」
「私、ハーフでさ。あっちで生まれたから、ミドルネームもあるんだよ。『セレスティア』の愛称なんだけど、ダメ?」
「へぇ……」
日本人離れしたプロポーションと考え合わせれば、納得。
ハーフとかクォーターって綺麗な子も多いって言うし……ちょっと照れた笑顔を浮かべてこちらを上目遣いに見てから、彼女はちょっと拗ねたように視線を逸らす。
「実は、『レイ』って、響きがキツイ気がしてあんまり好きじゃない」
「ふぅん。ティア、ティアね……慣れるまで、間違えても許してくれる?」
「それは仕方ないと思います」
レイって名前も綺麗だと思うけど、本人がそうして欲しいというんだから、要望を叶えるのもやぶさかじゃない。『ティア』と呼んだ時に、少し幼さを感じる笑みを見せたから、きっと、子供の頃の呼び方なんだろう。
「そういえばね、アイルさん。私、”お母さん”を見つけたの」
「お母さん?」
「ああ、こっちだと少し歪んじゃう。イケるかな……? 水面を見ててね」
小川から泉に俺を引っ張っていくと、水面に向かって彼女は微笑みかける。いつものものとは少し違う、母親が子供に対して向けるような笑顔だ。すぐにソレは崩れて、涙の雫が水面に波紋を描く。
「私ね、お母さんにそっくりだったみたい」
同じ年頃だった頃の母親と顔立ちは一緒だと、嬉しそうに泣き笑いをしてから、寂しそうな表情になって項垂れる。
「私、お母さんが死んだから、日本のお父さんのところに行くことになったんだと思う。なんで、死んじゃったんだろう……それは、思い出せなかったんだよ。お母さんの公開情報は全部出てきたのに」
「……泣く?」
「後で、お願いします」
胸を貸そうかと申し出ると、首を横に振られた。
後で、忘れずに甘やかそう。
※お母さん
三歳時に死別。
幼女誘拐犯から
お母さんが自分のせいで死んだのは、思い出したくない記憶。
※荷造り担当
掃除・洗濯・買い出し全般・外出時の運転手なども兼任。
代わりに衣食住と性欲処理はレイの担当。
性欲処理が思い出したくない部分。
これが必要なければ、そこそこ良い関係だった可能性が高い。
子供の頃にレイに一目惚れして、 以後、顔を合わせる度にイジメていた。
レイにとっては『可哀想な子』という認識だった。
自分が現れるまで、従兄弟達の中のいじめられっ子役は荷造り担当だったので。
その役目を押し付けたと言う認識で、それを当然として受け入れた。
手遅れになってから、助けの手を伸ばしてきた荷造り担当に当たりがきついのは、
相手も罪悪感からそれを望んでいる部分があったから。
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