004

 ***



 アリシアと別れて手持ち無沙汰になった俺は、エンの部屋を訪ねて椅子に腰かけた。

 部屋では半袖短パンのエンが、嬉しそうにスイとの出来事を話しかけてきていた――――


「そうか、スイに褒められたか」

「そうなんだよー♪ カッコいいって言ってくれたんだぁ~♪」


 ベッドに座り楽しそうに足を振るエンに、こっちまで嬉しくなってくる。


「おでことかほっぺたとかにスイの手が当たってさ、おでこピタッてしてくれたりとかしたんだぞ♪」

「そうか、良かったな」

「うん!」


 やましい気持ちがなにもないエンが眩しい……。


 俺はいつの間にか汚れてしまっていたんだな……。

 そもそも、俺にはこんな純粋な時期があったんだろうか……。


「ゼクス」

「ん?」


 エンが立ち上がって目の前にきた。


「エン、どうした?」

「その……」

「どうした、らしくないな」


 いつもハキハキと喋るエンがもじもじと俯いている。


「そ、その……あ、ありがと……」

「ふっ……」

「な、なんで笑うんだよ!」

「いや、エンがありがとうなんて、言うとは思ってなかったからさ」

「ぼ、僕だってお礼くらい言うぞ!」

「はいはい」

「はいはいってなんだよ! そんな……言い方……うっ……――にゃぱぁ……♪」


 頭を撫でると「にゃぱぁ……♪」っていうのはなぜなのか……。

 聞いてみたいが聞くと怒るだろうしな……。


「にゃぱぁ~……♪」


 幸せそうでなによりだ。王城なんかよりもよっぽど良い暮らしな気がす――


「あ……」

「……ん? どうしたんだよ」

「明日、クソジジイが来るのか……」


 すっかり忘れていた……。


「クソジジイ?」

「ああ、お城の王様が戦いに来るらしい」

「王様って強いのか?」

「いや、そもそも戦えるのかすら分からない……」

「なんだよそれ、そんなのが来てどうするんだ?」

「俺もエンと同じ感想だよ……」

「ん?」


 セバスチャンも一緒に来るって言ってたしな……。


 手出しはしないと言っていたが、気分で生きているような人間の言うことは信用できない……。


「どうしたものか……」

「やっつければいいんじゃないのか?」

「いや、それはそうなんだが……」

「だが、なんだよ」

「王様はアリシアの父親なんだよ……」

「え?」


 きょとんとするエン。


「アリシアってお姫様?」

「そうだぞ」

「ゼクスは?」

「剣士だ」


 元格闘家だがな……。


「誘拐したの?」

「誘拐とは人聞きが悪いが……まぁ、合意の上での誘拐だな……」

「……」


 エンの目がキラキラと輝きだす。


「……エン?」

「…………カ、カッケー!」

「そ、そうか?」


 エンが今までに見せたことのない笑顔を向けてくる。


「王に追放されてアリシアを連れ去っただけだから、あんまりいい話じゃないぞ?」

「でもさ、でもさ! 魔王様を倒してお姫様を誘拐して、魔王様のこのお城で過ごしてるのってさ! ゼクスが魔王みたいだな!」

「そう言われると返す言葉もないな……」


 俺はとうとう身内(?)にまで魔王扱いされてしまうのか……。


「ゼクス……いや、ゼクス改め師匠と呼ばせてください!」

「師匠はやめてくれ……」

「ダメなのか……?」

「出来ればやめてほしいな……」


 四天王に師匠って言われる人間の身にもなってくれ……。

 魔物の四天王の師匠って、既に魔王と変わらないだろう……。


「んじゃ、兄貴って呼んでもいい?」

「兄貴?」


 言葉の響きに少しだけ胸が高鳴る自分が居た。


「兄貴もダメか?」


 エンの子どもっぽい見た目で「兄貴」って呼ばれるのは少し違う気がする……。

 かといって呼び捨てにされるのも変な感じだ。


「エン、試しに『兄ちゃん』って言ってみてくれないか?」

「兄ちゃん?」

「よし、それでいこう」

「兄ちゃんって変じゃないか?」

「いや、むしろ合ってるから大丈夫だ」

「そ、そうかな?」

「ああ、いい感じだ」


 エンには「お前」とか呼び捨てされるよりも、「兄ちゃん」って呼ばれる方がしっくりくるな。


「あ、そうだ、兄ちゃん」


 ああ、弟って感じでいいな……。


「どうした?」

「明日はどうするんだ? アリシアのお父さんと戦うのか?」

「ああ、そうだったな」


 本当にどうしようか……。


「――エ、エンくん……いる?」


 扉越しにスイの声が。


「彼女の登場かな」

「か、彼女じゃないし! そんなのじゃないし!」

「ふっ……、邪魔しちゃ悪いし出て行くよ」

「え、行っちゃうのか?」

「二人で仲良く、な?」

「う、うん……!」


 照れるエンの頭を撫でてから、立ち上がって扉を開ける。


「エンく――……あ、あわわっ!」


 見上げてきたスイを撫でようと思い、視線を向けてみるが――


「あれ? スイ、メイド服じゃないのか」


 女の子らしい白いワンピース姿に驚いて手が止まった。


「あ、あの……アリシアさんが……こっちの方が……いいよって……その……」


 片目を隠した前髪をしきりに触りながら、恥ずかしそうにするスイ。


「ああ、似合ってるぞ」

「あわ……あ、ありがとう……ございます……」

「エンなら中にいるから、見せてやりな」

「え、え? 見せ――」


 もじもじするスイを部屋の中に入れて替わりに廊下に出る。


「んじゃ、二人で仲良くな」


 振り返って扉の隙間から見えたのは、頬を赤らめたエンの姿だった。

 あの様子で大丈夫だろうか……。


 まぁ、スイも着替えてエンの部屋に来たってことは――――――


「……」


 中の様子がかなり気になる……。

 もしかしてスイもエンのことを……。


「また明日、エンに聞いてみるか――――」


 王様にセバスチャン……。エンとスイも気になるし、アリシアとこのあとアレだしな……。フウとライを町に連れて行ってやりたいし……。


「やること、やりたいことが多いのも困りものだな……」

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