002

「おい! マオをどこにやった!」


「後ろのお城に返しただけだよ♪」

「あんたの言うことは信用ならなんだよ……」


 セバスチャンを睨みつけ柄を握り締める。


「ああ、戦いに来たんじゃないよ♪ まぁ、遊びに来た……っていうわけでもないけどね♪」

「なに……?」

「ふっふっふ♪ 王城で王様がゼクスのことをなんて言いふらしているのか気にならないかい?」

「いや、果てしなくどうでもいいんだが……」

「……」


 一瞬だけ、セバスチャンが無表情になるが、すぐに笑顔に切り替わった。


「そう言うと思ってたよ♪」

「なら、このまま帰ってく――」

「だからね、王様が来るように仕向けてみたんだけど♪」

「なに……?」

「ふふ♪ もー、大変だったんだからねー♪ バカにしたりコケにしたり♪」

「王様相手になにをやってるんだよ……」

「そうでもしないと動かないからさ♪ 明日の昼くらいには来ると思うけど、どうしようか?」


 一緒に悩むような仕草を見せるが――


「仕向けた本人が問いかけることじゃないだろ……」

「あれ、それを言っちゃうのかい?」

「はぁ……あんたはいつもなにをしたいのか分からん……」


 頭を抱えた俺の周りを、セバスチャンがルンルン気分で歩いていく。


「私はね、楽しければなんでも良いんだよ♪」

「そのうち誰かに殺されるぞ……」

「殺してくれる相手が居ないのさ♪ でしょ?」

「……」


 確かに、こいつを殺せる奴は居ない……。


 王様をコケにしても、元魔王を封じ込めても、こうしてフラフラと過ごしている執事はセバスチャンくらいだろう。


「まだ時間あるしなぁー、もう少し話すかい?」

「できれば帰ってほしいんだが……」

「ゼクス君との出会いは忘れもしない……十年以上も前に道端で睨みつけてきたゼクス君に、私はビビッと来たんだよね♪」


 いかにも舞台の演者のように振る舞うセバスチャン。

 道化師のような雰囲気に、昔の記憶が掘り返されていく……。


「あぁ、まだあの頃は可愛げもあったのに、いつしか私から逃げるようになってしまって……私はとても悲しかったよ……」

「そりゃ、修行と言われて、魔物の群れに突っ込まれたら誰でもそうなるだろ……」

「あの訓練で生き残ったのはね、ゼクス君だけなんだよー♪ いやぁ、鳥肌だったな~♪ 殺すつもりで遊んでたのに生きてるんだもんなぁー♪」


 笑顔でサラッとすごい真実を告げられたんだが……。


 今すぐ斬りかかってやろうか。


「あ、斬ろうとしたらお城の中に侵入するからね♪ それは困るでしょ?」

「っ……」

「あれだけ仲が良さそうなら、誘拐すればやる気も出せるのかな♪」

「クソ野郎……」

「ふふふっ♪ 相変わらず感情を抑えるのが下手だねぇ♪ 鬼みたいな顔になってるよ♪」

「あいつらに手を出したら殺すぞ……」

「あいつら、ということは他にも居るんだね♪」

「……」


 しまった、口が滑った……。


「まあまあ、そう力まなくていいよ♪ 気楽にいこうじゃないか♪」

「……」


 自分のぺースに持って行って相手を油断させる。

 こいつはそこを狙ってくる……。


「そんなに睨まないでくれよー♪ 本当に信用がないなぁ……弟子好きの師匠としては悲しいことだよー……」


 セバスチャンがしくしくと目尻に指を添えるが――


「あんたには流す涙もないだろ……」

「おっと、さすがの私も涙くらい出るよ? ちょっと待っててね♪ ふんっ……!」


 目を見開いて無理やり涙を出そうとするセバスチャン。


「くっ……! あと少しで出そうだよ……!」

「いや、そんな変な顔で涙を出されても困る……」

「出る、出るぞ~……!」

 見開いた目が俺をジッと……嫌な瞳で見つめてくる……。


「そんな涙の出し方があるかよ……」

「ゼクス君が求めてきたんだろう?」

「別に求めてない……」

「そうだったかい?」


 きょとんとした顔で見られても困る……。


 はぁ……、早く帰ってくれないかな……。


「そう、帰って欲しそうな顔をしないでくれよ♪」

「分かってるなら帰ってくれ……」

「うーん……、なんでそんなに私を嫌うのかな? 一生懸命ゼクス君を育てたっていうのにさ~♪」

「あんたがしてきた仕打ちを思い出せば分かるんじゃないか?」

「でも、アリシアちゃんと付き合うことが出来たのも、エッチ出来たの、も……」


 セバスチャンはなにかを思い出したかのようにハッとした。

 言おうとしていた内容は最低だ……。


「どうしたんだ?」

「実験室の釜戸の火、消し忘れてるかも……」

「なにかマズいのか?」

「王城の地下で遊んでたから……」


 悲しそうな瞳で、正しい涙の出し方をするセバスチャン。


「王城の地下でなにをしてるんだ……ってか、遊んでたからなんなんだよ……」

「いや~♪ 最悪の場合、色々と吹っ飛ぶかもしれない♪ テヘッ♪」

「いや……」


 セバスチャンは照れ笑いを浮かべ、頬に指を添える。

 テヘッで済まされることじゃないだろ……。


「うーん、もう少し話したかったけど伝えたいことは伝えたし、もう帰ってもいいかな?」

「こっちは最初から帰ってほしいって言ってるだろ……」

「最後に熱い抱擁を交わしておくかい?」

「手を広げてこっちを向かないでくれ……男と抱き合う趣味はない……気持ち悪い……」

「はっはっは♪ 恥ずかしがり屋さんだなぁー♪ 遠慮せずに抱きしめてくれていいんだよ♪」


 付き合ってられない……。


「あ! 師匠を無視して帰るなんてひどい!」

「釜戸の火、消しに戻らないといけないんだろ……」


 セバスチャンに背を向けて城の方へと歩きながらテキトーに返す。


「はぁ~、仕方ないなぁ。んじゃ、また明日かな♪」

「え?」


 振り返ってセバスチャンの顔を見つめ――


「明日、セバスチャンも来るのか?」

「王様対魔王なんて、世紀の対決だよ♪ これを見に来ないでなにをするっていうのさ♪」

「あんたが手助けするのか?」


 こいつに手助けをされるとさすがにマズい……。

 俺が本気を出してもこいつには多分、勝てない……。


「いや、そんなことしないよ♪」

「し、しないのかよ……」

「剣士は剣士、執事は執事だよ♪」


 どういう理屈なのかよく分からん……。


「とにかく♪ 私はなにもしないよ♪ んじゃ♪」

「あ、おい!」


 一歩踏み出した瞬間――――――セバスチャンは消えた。


 あいつは本当になにを考えているんだ……。


「面倒だな……」


 明日、王様が来るって……あんな体型で戦えるんだろうか……。

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