第七話「やってきた執事」

001

マオの父親が去って行った夜、マオにせがまれて次の日から特訓をすることになったのだが――――――



 朝ごはんを食べ終え、広場でマオと二人きり。

 横に立つマオはなぜか不安そうにしている。


「マオ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!」

「そもそも訓練って言ってもなぁ……」

「な、なによ……」


 ムスッとしたマオが腕を組みながら見上げてくる。


「魔力は残ってるのか?」

「うっ……」

「うん?」


 気まずそうに目を逸らすマオに屈んで目線を合わせる。


「おい、まさかお前……」

「ちょ、ちょっとだけなら……残ってるわよ……多分……」


 自信なさそうに呟くマオ。


「多分?」

「あ、あんたと戦って全部使い果たしたのよ! なんか悪い⁉」

「え、それじゃ訓練もなにもできないじゃないか……」

「そ、それは……」


 武闘派じゃないのに魔力なしとは……。


「魔力がないなら話にならない。城に戻って――」

「ま、待ってよ!」

「なっ……なんだっ……」


 正面からしがみ付かれ、首にマオの腕が巻かれる


「ちょ……女の子がそんな恰好で抱きついてくるな……」

「だって……て……もん……」

「なんだ?」


 俯いて頬を染めるマオだが――少女に悪魔コスで抱きつかれていると思うと、誰か来ないか不安になる……。


 とくにアリシアとか……。


「……もん」

「だからなんて――」

「もう! だから! いっつもいっつも構ってくれないんだもん!」

「……え?」

「うぅ……」


 顔を真っ赤にして涙目になるマオ。


「構ってほしかったのか?」

「だってフウとかライばっかり……私だってたまには……」

「お、おお……」


 そうだったのか……。

 そう言われるとあまり構ってやってなかったな……。

 父親とも再会できたのは一瞬だったしな……。


「――ひゃうっ……お、お尻触らないでよ!」

「いや、別にそういうわけじゃないんだが……。抱っこされるのは嫌か?」


 マオを抱き上げながら尋ねてみる。


「い、いや……じゃないけど……」

「なら、肩車してみるか?」

「かた、ぐるま?」

「えっとだな――」


 一度マオを下ろしてしゃがみ――


「ほら、首の後ろをまたいで……」

「そ、そんなことできないわよ!」

「恥ずかしいのか?」

「は、恥ずかしくないし!」

「なら早くしろ」

「うぅ……分かったわよぉ……」


 首の裏が柔らかいものに挟まれた。

 ふにふにと柔らかい太ももにギュッと顔を挟まれる。


「こ、こう?」

「もう少し力を抜いてくれないか」

「えっと、こう……?」


 頬に当たる感触が多少は減ったようだが……、まぁスベスベだしいいか。


「よし、んじゃ持ち上げるからな、バランス崩すなよ」

「あわっ! あわわ!」

「――ちょ、前が見えない……」


 頭全体がマオに包まれて前が――ちょっといい匂いがする……。


「ほら、まっすぐ立ったから巻き付くな……」

「わ、分かってるわよ! うっさいわね!」


 マオに頭を押さえられながら歩いてみる。


「わぁ……」

「どうだ?」

「魔力があった時はこのくらいだった!」

「そ、そうか……」


 そう言われると俺が肩車する意味があまりないな……。


「ね、ねえ……」

「ん? どうした?」

「その、走ったり飛んだり……してほしい……」

「お、それくらい喜んで」


 広場を走り回り、飛んだり跳ねたりと……。


 ……。


 俺はなにをしているのか……。

 いや、考えてはいけない。俺は今はマオの玩具だ。


「わーい! あはっ……あははっ!」


 それに、楽しそうだからな。邪魔をしちゃ悪いだろう。


「ゼクス! 次はあっち、に……」


 マオが言葉を詰まらせた。


「どうした?」

「あっちに誰かいるわよ?」

「あ……あぁ……そんな……」

「ゼクス、どうしたのよ」


 遠くでも分かるその見慣れた姿は……あの姿は……。


 瞼を閉じた瞬間――


「やぁ、久しぶりだね、ゼクス君♪」

「っ⁉」


 目の前にそれはテレポートしていた。

 長い黒髪を一つに束ねた丸眼鏡をつけた執事……。


「セ、セバスチャン……なんで……」

「おいおい、そんな嫌そうな顔をしないでくれよ♪ 久しぶりの再会じゃないか♪ 喜び合おう♪」

「セ、セバス……なに?」

「セバスチャンとお呼びくださいませ、魔王の娘さん♪」

「セバスチャン?」

「はい、そうです♪」


 にこやかにマオに笑顔を向けるセバスチャンだが、その奥に隠れた鬼を忘れはしない……。


 俺は少し後ずさりしながらセバスチャンから距離をとる。


「なんでセバスチャンがここに居るんだ……」

「王様がうるさくてねー、元魔王を呼び出してあげたのに『お前が行った方が早いではないか!』だってさ~、参っちゃうよねー、ほんと♪ あ、そうだそうだ。元魔王とは戦ったのかい?」

「いや、娘が無事だと知ったらどっかに行ったぞ」

「そっかー、残念だねー♪」


 笑顔のまま会話を続けてくるセバスチャン。

 長年、こいつを見てきたが腹の内が見えたことがない。


「敵なの? 味方なの?」

「おー♪ お嬢さん、良い質問だね♪ 王様よりも冴えてるよ♪」

「ふ、ふんっ、当然よっ!」

「ふふっ♪ 可愛らしいお嬢さんだ♪」


 ツンツンしたマオを笑顔で見つめるセバスチャン。


「おい、本当に何しに来たんだよ……」

「うーんとね~……」


 あごに手を添えて悩む素振りを見せるが、セバスチャンがこうしている時は大体ふざけている時が多い……。


「遊びにきたんだ♪」


 にっこり笑顔を向けられるが、この数日の間でもっとも俺をバカにした笑顔だった。


「お嬢さんはちょっとお城に戻ってもらおうかな♪」

「おい、なにをする気――」


 パチンと指を鳴らした瞬間、マオの重みがなくなった。


「よし♪ これで話ができるかな♪」

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