005

「まぁ、娘のことだからな」


 魔王よりも父親ってことか……。


「ふむ……いや、だがしかし……それはそれで困ったことになった……」

「どうしたんだ?」

「実はな――――」


 細身の男に封じ込められていたこと、呼び出された時のことを聞き、脳裏に浮かぶセバスチャン……。


「あの鬼畜野郎……」

「貴殿も嫌な思い出があるのか?」

「まぁ……昔からの馴染みだからな……」

「顔が引きつっているぞ」

「いや、気にしないでくれ……」


 セバスチャン……。

 あの鬼畜野郎に何回、何十回、修行中に殺されかけたことか……。


 格闘家になりたいと言えば、全裸で魔物の群れの中にテレポートさせられ一週間放置……。


 剣の稽古と言いながら、あいつは遠距離武器しか使ってこない……。


 真剣で練習をすれば、傷ができれば回復させられすぐに再試合……。


 体力がないと言われ、魔法で足を寝ている間も動かされ……、筋肉をつけろと全身に魔法を使った重りをつけられ……。


 そうして、格闘家として、剣士として、最強になるようにとセバスチャンに育て上げられた。

 確かに強くなった。だが、修業時代のトラウマが今も記憶に……。


「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「だ、大丈夫……大丈夫だ……」

「あまり大丈夫には見えないが――」

「お父さん⁉」

「ん?」


 振り返るとそこには走ってくるマオの姿。その後ろを二人が一緒に走っている。


「マオ!」


 立ち上がり駆け寄っていく父親。

 その一歩で地面が揺れる……。


「お父さん!」

「マオ……!」


 感動の再会なんだろうが、父親の背中でなにも見えない……。


「ぜくすー」

「お兄ちゃーん!」

「おお、二人ともありがと――っ……」


 二人が同時に胸にめがけて飛び込んできた。


「……こら、危ないだろ?」


 抱きついてきた二人の頭を撫でながら注意。

 すると、同時に顔を上げた二人と目が合った。


「マオの真似してみたの!」

「してみたのー」


 ニコニコと笑うライにいつも通りのフウ。

 本当に可愛いが過ぎるんだが……魔物じゃなく天使なんじゃないかと思ってしまうんだが……。


 二人を思う存分、撫で回してノックダウンさせたあと、両肩に担いでマオと父親の元に。


「…………」


 体格差があり過ぎてマオが手に乗っていた。


「再会できてよかったな」

「な、なによ! あんたに関係ないでしょ!」

「こら、マオ、人にそんな口の利き方をしてはいけないだろう」

「ご、ごめんなさい……」


 見た目が魔王の父親と悪魔コスの魔王の娘じゃなければ……、普通の親子ならもう少し感動できたんだろうな……。


「さてと、マオ、そろそろ下りなさい」

「う、うん」


 ひょこっと地面に着地したマオ。


「なんだ、父親のことなんか知らないとか言いつつも素直じゃないか」


 俺は口から自然と本音が漏れていた。


「は、はぁ⁉ バカ言ってんじゃないわよ!」

「マオ、やめなさい」

「ご、ごめんなさい……」


 しゅんとするマオ。


「貴殿、すまないな」

「いや、慣れているから気にしないでくれ」

「そう言って頂けると助かる……」

「お、お父さん?」


 そのまま去って行こうとする父親。


「ん? どこに行くんだ?」

「自由の身になったからな、再び旅にでも出ようかと思ってな」

「魔王城はどうするんだ?」

「ここは貴殿に任せる。マオを倒したのだ。貴殿が魔王を名乗ればよい」

「いや、そんな名誉は要らない……っていうか、セバスチャンはどうするんだ」

「ああ、そのことだがな……」

「ん?」

「セバスチャンとやらの魔法は足枷あしかせが付いていないようでな。怒りに我を忘れて気付かなかったのだよ。がっはっはっは……」


 マオの父親は笑う顔が素敵な父親だった。


「そ、そうか……」

「お父さん行っちゃうの?」

「ああ、ここはお前たちに任せる」

「そんな……」

「悲しい顔をするでない。我が人生は強者を追い求める性なのだ。鍛錬を積み、必ずやあのセバスチャンという化け物を倒してくれる……」


 その見た目で鍛錬とか言われても……、すでに限界ではないのかと思ってしまう……。


「わ、私も! お父さんみたいに強くなる!」

「はっはっは、そうかそうか。その者に強くしてもらうがいい」

「うん!」


 微笑ましい光景に和んでいたところ、急に見つめられた。


「え……、俺が?」

「お前以外に誰が居るんだ」

「そうよ!」


 魔王二代に渡って視線を向けられる。これは一体どういう状況なんだ……。


「マオ、口の利き方には気を付けるんだぞ」

「うん!」

「ではな、貴殿も達者でな」

「あ、ああ……」

「いってらっしゃい!」


 魔王の親子が手を振り合うシーン……俺の両肩には小さな四天王……。

 この世界ってこんなに平和だったのか……。


 父親を見送り、蕩けた四天王とマオと四人で広場に取り残された。買い物に行こうと思っていたが、また日にちを改めた方がよさそうだな。


 そんなことよりも――――


「……なぁ、マオ」

「な、なによ」


 腕を組んで頬を膨らませるマオに、ずっと聞きたかった質問をぶつける。


「お前の名前って本当にマオだったのか?」

「そ、そうだけど……?」

「……」


 アリシアが付けたあだ名がまさかの本名……。


「な、なによ……!」

「本当の名前だったことに驚いてるんだよ……」

「だからみんな魔王様って呼んでたじゃない」

「魔王だろ?」

「マオ―よ!」

「魔王様って呼んでただろ?」

「それはみんなが『マオ様って呼びにくい』とか言うから! いつのまにかマオ―様になってたのよ! 私にそれを説明させるなバカ!」


 頬を赤くしながら一生懸命に理由を説明するマオ。





 その後、城に戻ってフウとライを部屋に運んで部屋の前――――


「ゼクス! ということで私を鍛えなさい!」

「え……今から?」


 色々あって疲れたんだが……。


「お父さんがあんたに鍛えてもらえばいいって言ったもん!」

「もん?」

「な、なによ! お父さんが言ったんだから……その……」


 恥ずかしくなったのか、マオの声がだんだんと小さくなっていく。


「どうした?」

「お、お兄ちゃん……って呼んであげてもいいわよ!」

「いや、ライと被るからやめてくれ」

「はぁ⁉ 私がお兄ちゃんなんて普段なら絶対に言わないのよ⁉ これはお兄ちゃんっていう称号なの! 分かってるの⁉」

「うーん……お兄ちゃんはライから言われてるからな……」


「んじゃ、親父?」

「いやだ……」

「兄貴」

「魔王に兄貴って呼ばれるこっちの身にもなってくれないか……」

「んじゃ、おじき」

「そんな年じゃない……」

「ゼクシィ?」

「なぜそうなった……」

「んじゃ、なんて呼べばいいのよ!」


 むぅっと頬を膨らませて怒るマオ。


「とりあえず――」


 ぽふっと優しく頭に手を乗せて撫でる。


「な、なによ……」

「当分、世話になるからな。まぁ、よろしく頼むよ」

「う、うん……」

「はぁ、いつもそうやって素直ならなぁ……」

「な、なにをっ――」

「はいはい、よしよし」


「うっ……こんな手で……堕落させようだなんて……」

「撫でてるだけなのに堕落って言うな……」

「う、うるさいっ……黙って撫でてればいいわっ……」

「はいよ……」


 ……。


 さてさて、父親に娘の世話を頼まれてしまったがどうしたものか……。セバスチャンのこともあるし、少し不安だな……。

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