002

「すまんすまん」


 とりあえず撫でればどうにかなるだろう。


「……ん、そんなことしても……はぅ~♪」


 幸せそうな顔に切り替わる魔王。

 いや、俺の手はどうなってるんだ……。


「ああ、そうだ。それで、戦っていた時の姿はなんだったんだ?」

「魔法で変身してた、だけなんだからっ……」

「そうか。それで今は力が無くなってその姿なのか」

「そ、そうよ……」

「それにしても、お前の父親はどこに居るんだ?」


 サラッと流そうと思ったが、やっぱり気になる。


「数百年前に旅に出たわよ……『強い奴が居ない。俺は強い奴と戦いたいからお前に城は任せる』って……」


 魔王の父親、旅に出るとか勇者かよ……。

 魔王に出歩かれても人類が困るんだが……。


「それで父親はどうなったんだ?」

「知らないわよ……帰ってこないし連絡もないし……」


 数百年も前なら死んでるかもしれないな……。

 これ以上は聞かないでおこう。


「聞いて悪かったな」

「ふんっ、別にいいわよ……」

「――すみませぇええええええええええええええええええん!」


 城中に響き渡る見知らぬ声。


「な、なに⁉ なんなの⁉」

「うーん……、多分、敵だろうな……」


 ここに来る奴らはなぜ律儀に挨拶をするんだろう……。


「ちょっと行ってくる」


 魔王をどかして立ち上がる。

 魔王は腕を組んでプイッとそっぽを向いていた。


「ふんっ! 早く倒してきなさいよね!」

「はいはい……」


 可愛げがあるのかないのか分からん……。

 とりあえず刀を持ってと……。

 あんまり気分が乗らないが向かうか……。




 ***




「すみませえええええええええええええええええええん!」

「はいはい……」


 朝からうるさいのが来たなぁ……。


「あ! もしかしてゼクス様ですか!」


 いかにも駆け出し冒険者感が溢れる青年が入口に立っていた。


「そうだが……」

「あの! ここに来たら稽古をつけてくれる魔王がいると!」

「…………え?」

「なんか、戦いの最中に自分の悪い部分を教えてくれる魔王が居ると聞いてやってきたんですが!」


 どんな魔王だよ……。いや、そもそも魔王じゃないし……。


「っていうか、魔王に稽古つけてもらうっておかしいだろ」

「でも! 格闘家の人とか剣闘士の人がそんなこと言ってましたよ!」


 あいつら……。


「稽古してください!」

「いやだ……」

「お願いします!」

「お前、まだ若いだろ?」

「今年で十八です!」

「駆け出しか?」

「はい! 冒険者、勇者を目指して二ヶ月です!」

「はぁ……」


 二か月目の冒険者に魔王の城に行けばいいって言った奴誰だよ……。

 魔王を倒したあとだからいいものの、現役だったら殺されてるぞ……。


「お願いします!」

「……」


 両刃の剣に動きやすい服装……鎧も身に着けていない。

 魔物の攻撃が当たらない前提であれば問題ないが、あまりにも軽装すぎる……。


「実力は見なくても分かる。一旦、帰って出直してこい」

「なんでですか!」

「魔王の城に単身で乗り込むバ――」

「バ? バ、なんですか?」


 そういえば俺も単身で乗り込んだのか……。


「ごほん……とにかく、魔王の城に経験も積まずに乗り込むバカがどこに居るんだ。装備もろくにつけていない。腕も細い、足もひょろひょろ。両刃のその剣、無理やり持ってるだろ。使いにくいならやめておけ。今回は見逃してやるから、きっちり修行してから来るんだ、分かったか?」

「……」


 口を開けて呆然とこっちを見つめて動かない。


「おい、分かったなら帰れ」

「後ろになにか居ます!」

「ん?」


 振り返ってみる――が誰も居ない。

 直後、後ろで小さい刃物が風を斬る音が聞こえ――――


「――っと!」


 前に体を傾け前に向かって前進、振り向き直して柄を握り締める。


「危ねぇな……」

「チッ……さすがに避けるか……」

「おい、お前……さっきと人相変わってるぞ……」


 好青年に見えた顔が悪人よろしく、眉間にシワを寄せて、両手にはナイフ。


「なんだ、自分に合った武器を知ってるじゃないか」

「うるせえ! こちとら幼少期から暗殺者として生きてきてんだよ!」

「へー」


 どうでもいい……。


「もうちょっと興味持てよ!」

「いや、本当にどうでもいいから……」

「舐めるなよ!」


 後ろにバックステップし、青年改め――暗殺者がナイフを構える。


サウザンド・ナイフ千本の小刀!」


 振り切った両手のナイフが無数に分裂、全てが一直線に向かってきた。

 城の中だし技は使えないが……まぁ、朝の運動には丁度いいか。


「ちょっとだけ遊んでやるよ――」


 飛んでくるナイフを刀で全て撃ち落としてみる。数は多いが一直線で前からだけ。後ろからの一撃で俺を殺せなかったのが敗因だな。


 ――――カランカラン、カランッ。


「もう終わりか?」

「……な、なんだと……そんなバカな……」

「まぁ、小刀を魔法で分裂させて飛ばすのはいいが、それなら筋力をつけて見せかけのその剣を使った方がいいぞ。技の威力も上がるし、相手への致命傷も狙える」

「う、うるさ――」


 一歩の踏み込みで男の前に近付き首筋に刀を突きつける。


「そういえば、今回は見逃してやるって言ったっけな……」

「ひぃっ……!」

「男に二言はない、さっさと失せろ……次は殺すぞ……」


 腰の剣だけを抜き取って投げ捨てる。

 鉄と石がぶつかり合う音が聞こえたあとに、床をシャーッと剣が滑っていく。

 刀を突きたてたまま、男を入口へと連れて――


「へへっ……ずいぶんと優しい魔王だな……」

「だから魔王じゃないって……」

「うるせえ! 俺はお前を殺して金を――」

「あー、もういい……」

「な、なんだ――ぐふっ…………」


 首筋に手刀をかまし黙らせる。


「朝からわーわーと……うるさいし近所迷惑だろうが……」


 城の入り口を開けて広場まで男を引きずっていく。


「ん?」


 広場に十人ほどの人影が……。

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