第五話「黄金騎士団」

001

 エンの部屋で一夜を過ごし――


「ん、なんだ……」


 床で座って寝ていると、足の間になにかが……。


「……え」


 アリシアでもフウでもなく、股の間で俺にもたれるように寝ていたのは――


「魔王かよ……」

「むにゃむにゃ……」

「相変わらず身の丈に合わないエロい恰好してんなぁ……」


 サキュバスならまだ分かるが、なんで大事な部分しか隠さないんだろうか。ほとんど下着じゃないか。

 腹を出して寝たら風邪ひくかもしれない。防御面を考えればもう少しまともな恰好をすると思うんだが……。

 そういえば、戦ってた時はムキムキで筋肉質なマッチョだった気が――――




 あれはそう、三日くらい前のこと……。


 四匹のどでかい龍が広場で倒れる中、その龍の体によって闘技場のように円を描いた中央で――――俺は息も絶え絶えに刀を支えにして立っていた。


 目の前にはゴリゴリマッチョの魔王。左手は斬り落としたが右手にはまだ闇のオーラを放つ大剣が握られたまま……。


「おい……魔王……、そろそろ限界だろ……諦めてくれないか……?」

「なにを言うかと思えば……貴様こそ限界であろう。膝が笑っておるぞ」

「ああ、だから諦めてほしいんだが……」

「断る……」

「そうか……」


 曇天の中、ムキムキの体を曝け出した魔王が一歩踏み込んだ瞬間、地面が砕け散る。

 豪速のまま大剣が横一線――――俺の体を半分にするように振られ――


「くっ……!」


 体をのけ反らせて回避。魔王は振り切った勢いを殺さずに回転、もう一度大剣が襲いかかってくる。

 足元を狙った一撃……刀を突き刺してそのままバク転。


 ――ガキンッ!


「っ……!」


 刀を握っていた手に鈍い衝撃。

 魔王の振り切った大剣によって刀が弾き飛ばされた。

 後ろに避けたはいいものの、刀が……。


「さぁ、武器もなし、体力も限界であろう」

「……」


 あぁ、あんまり使いたくなかったが……。


「久しぶりに生身で戦うか……」


 上半身を曝け出し、軽く準備運動。

 俺が格闘家から剣士にジョブチェンジしたのっていつだっけかな……。


「む……なぜ脱ぐのだ……」

「この方がやる気が出るんだよ」

「変態ではないか……」

「言ってろ……」


 左手を前に、右手は腰の辺りで握り拳に。呼吸を整えて集中……。


「ふんっ、なにをするのかは知らんが次で叩き切ってくれるわ!」


 魔王の踏み込み――目の前で止まって右側に振り上げ……。

 力を抜くように前転し魔王の股の間に潜りこむ。


「なにっ――」


 両手を地面に突き、反動する力を右足に乗せて魔王の左の膝裏に蹴り込む。


「うっ……!」


 バランスを崩して膝を着いた魔王。

 すかさず状態を立て直して飛び裏蹴りを左の脇腹に。

 巨体過ぎて動かない分、蹴りの力が内臓にダメージを与えているのが伝わる。


「ぐふっ……!」


 痛みで悶える魔王だが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 かかと落としを右手首に叩きこみ大剣を振り落とさせ、手首を土台に飛び上がる。回転しながら勢いの乗ったかかと落としを首の後ろへと叩き入れる。


「ぐはっ……!」


 魔王の正面に着地し、振りかぶった右拳を顎にヒットさせ、振り切ったと同時に左足を軸に回転。左手で裏拳を同じ位置に抉り込ませる。


「がはっ……!」


 バックステップで距離をとって――


「はぁ……はぁ……きっつ……」


 集中しきっていたせいでここまで呼吸無し……。

 無理やり動かした筋肉が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

 膝が震えて立っていられない……。


 両手を地面につけて必死に呼吸を繰り返す。

 最初の態勢を崩させた一撃と大剣を落とさせた一撃以外は基本的に急所狙いの技……、これで倒れてくれなきゃ俺が死ぬ……。


「……」


 地面に汗がこぼれ落ちていく。重たく感じる頭を持ち上げて目の前の魔王を見つめる。


「やったか……?」


 四つん這いの状態で硬直したままの魔王が、その場にゆっくりと倒れていく。

 今のうちに……。

 吹き飛ばされた刀を拾いに行く。

 刀を支えにしながら魔王の元に。


「くそ……」


 刀を持つ手が震えて力が入らない……。斬り落とす力も突き刺す力も残っていないようだ……。


「……」


 首筋、両腕、両足、一番太い血管を斬りつける。

 魔王の体から噴き出す血を刀を支えにしながら見つめる。


「……それだけ血を流せば、勝手に死ぬだろ……」


 あぁ、ようやく終わった……。

 王様に魔王を倒したことを報告しに行かなければ……。


 服を正し、刀を納めて震える足を引きずりながら歩く。




 …………。


「――俺、魔王にだいぶ悲惨なことを……っていうか、見た目が男だったような気がするんだが」


 あの時の魔王と目の前ですやすや眠る魔王。違い過ぎて完全に別の生き物なんだが。


「……ん?」


 片目を開けて俺の顔を見つめる魔王。


「おはよう」

「……ぉはよう…………ん、すーすー……」

「いや、もう一回寝ようとするな。そろそろどいてくれ」

「うるさいわね……、減るもんじゃないし別にいいでしょ……」


 ごそごそと動いたあと、再び寝ようとする――ので、頬を軽く突いてみる。


「むぅ……なによ……」

「お前なんでここで寝てるんだ?」

「……部屋がないから、みんなの部屋で寝てるのよ……」

「……」


 なんという設計ミス……。あんだけ大きな風呂があれば部屋くらい作れただろうに……。


「作らないのか?」

「お父さんが……『寝るときは誰かと一緒に寝るもんだ』って……」

「そ、そうか……」


 なにか意味合いが違う気もするが……。


「あれ、もしかして俺が戦ったのってお前の父親だったのか?」

「んなわけないでしょ……私よ……」

「でも、あの時はムキムキの男みたいな……」

「あー! もう! うっさいわね! 寝起きでどんだけ質問してくんのよ!」


 怒った魔王に振り返って睨まれるが、やはり少女の姿では威厳もクソもあったもんじゃない。

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