002

「どうした?」

「うーん、お姉ちゃんが寝ちゃったから……」


 正面に立って黙ったライ。


「どうした?」

「なでなでしてもらおうと思ったんだけど……」


 ライがチラッとスイとエンに目を向ける。

 すでに俺の両手は塞がってしまい撫でる手がない……。


「撫でてやりたいのは山々だが……」


 どうしたものか。


「うぅ……」


 ライは自分のシャツの裾を掴んで涙目になっていた。

 ダメだ、可哀そうすぎて見てられない。


「スイ、ちょっと頭をどけてくれないか?」

「はわぁ~い……♪」


 スイは素直に座りなおしてくれた。


「ライ、ここに座るか?」


 目配せで俺の膝の上だと伝える。


「え、でも……、いいの?」

「まぁ、撫でてやれないしな」

「わーい!」


 ライが勢いよく飛びついて――


「なぜ向かい合わせなんだ……」


 しかも足でがっつりしがみついてやがる……。

 両肩を掴まれ、ライの顔が目の前に。


「こうじゃなかったの?」

「いや、まぁ、いいや」


 可愛ければなんでもいいや……。

 あれ……、俺ってこんな人間じゃなかった気がするんだが――――


「お兄ちゃん!」

「ん、どうした?」

「スイとエンが気絶してるよ!」

「なにっ⁉」


 スイとエンに目を向ける。

 するとそこには完全に蕩けきった二人がヨダレを垂らして昇天していた。


「お、おい、スイ大丈夫か⁉」

「ひゃわぁぁ……♪」

「エンも!」

「にゃぁぁ……♪」


 俺の手はいったいどうなってるんだ……。


「お兄ちゃん、手あいた!」

「ま、まぁ、そうだな……、ライ、二人に毛布をかけるからちょっとどいてくれ」

「その後になでなで?」

「ああ、そうだな」

「わーい! ふんふふーん♪」


 ライが嬉しそうに立ち上がる。

 出会った時もそうだが、ライはいっつも無邪気だな……。

 こんな子を俺は刀で傷付けたのかと思うと、なんだか心が痛む……。


「よいしょっと……」


 とりあえず二人を横に寝かせて、毛布をかけてと。


「あぁ、もう、ヨダレ垂れてるし……」


 拭くものもないしどうしようかな。


「ん? ライ?」


 寝ている二人に四つん這いで近付いてきたライ――その手にはハンカチ。


「お兄ちゃんどしたの?」

「それ……」

「ああ! ヨダレで拭くが汚れちゃうから拭いてあげるの!」


 ニコニコしながら二人の口元を拭いてあげるライ。


「お前、ただの無邪気キャラだと思ったら良い子だったんだな……」

「えへへ♪ やる時はやる子だもんねー♪」

「ふふっ、そうだな……」


 その後、膝の上にライを座らせた。

 壁にもたれながら一家団らんのような時間が流れていく。


「この向きだとお兄ちゃんの顔が見えないよ?」

「まぁ、広場でも見ながらくつろげばいいさ」


 なにも無いけどな……。


「はーい! ふんふふーん♪ ふふふーん♪」


 撫でてほしいのか、ライの落ち着きがない。


「ほら、よしよし」

「えへへー♪」

「なぁ、ライ」

「ん?」

「ずっと聞きたかったんだが、お前たちはなんで生きてるんだ?」

「あー、そのこと……にゃはぁ♪」

「撫でるのやめた方がいいか?」

「やだもん!」


 そこは全力で否定するのか……。


「んじゃ、とりあえず話してくれ……」

「えっとね、顔を斬られて、手を斬られて、胴体を蹴られて、尻尾を斬り落とされてー」


 あぁ……心が痛い……。


「んで、力も尽きたから、でっかい姿を維持できなくて小さくなったの!」

「傷は?」

「ないよー!」


 ぺろっと服を上げるライ。


「こらこら、見せなくていい」

「はーい♪ えへへ~♪」

「それで全員、小さくなったのか?」

「そうだよ?」

「そうか……」


 いくら世界平和のためとはいえ、こんな子どもたちに剣を振るうなんて……。

 俺は剣士失格なのかもしれない……。


「あの時はお兄ちゃん強くてびっくりしたなー」

「まぁ、そのために鍛えていたからな」

「そうなんだね!」


 子どもらしい無邪気な反応に良心が痛んでいく……。


「……なんか、倒してしまってすまないな……」

「なんで?」

「なんでって、そりゃライたちを傷付けてしまったし……」

「お兄ちゃんは剣士で、ライたちは魔物だもん。仕方ないよ?」

「……」


 あ……そうか、こんな格好だが一応は魔物なのか……。

 可愛さに魅せられて本当の正体をすっかり見失っていた……。


「お兄ちゃんどしたの?」

「ああ、いや、なんでもない」


 この広場で戦ったときは城並みにでかかったからなぁ。こんなに小さくなるなんて思わない。それに……。

 なんでそれぞれ可愛いんだ……。


「ふんふふーん♪」

「……」


 ぽふっと背中をくっつけてもたれてくるライ。


「とりあえず、ここに住ませてもらう間は守ってやるからな」

「え? お兄ちゃん、ここに住むの?」

「あれ、言ってなかったか?」

「初耳だよ! だけど……」

「だけど?」

「お兄ちゃん好きだから、やったー!」

「ちょ、ライ! お、落ち着け!」


 急に振り向いたライに抱きつかれ――――頬ずりされた。


「えへへー♪ すりすりー♪」

「ちょ、ライ……やめ……」

「やめなーい♪」


 ライと長いスキンシップを終えた末――――

 暗くなってきたので寝ている二人を抱えて城の中に戻ることにした。

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