第四話「スイとエンと、召使い」

001

 アリシア達ともみくちゃになった後、見られるとヤバイものまで大きくなりかけていたゼクスは、誰もいない塀の外壁にもたれて一人きり。

 なにもない広場をまっすぐ見つめていた。


「はぁ……」


 ようやく収まってきた……。あんな状況、アリシアと二人なら遠慮なくヤるんだが、フウや魔王がいる前ではさすがに……。

 っていうか、フウたちが居るかぎりアリシアと出来ないのでは……。


「はぁ……」

「――あ、あの~……」

「ん?」


 気が弱そうな声に横を向く。

 塀の壁際からこちらを窺うのは青髪の女の子。

 前髪で片目が隠れてしまっている。


「誰だ?」

「あ、あの……イです……」

「え? すまん、よく聞こえない」

「ス、スイ……です……!」

「スイ?」

「は、はい……そう……です」


 スイって確かお風呂とか洗濯の担当の……。


「もしかして……あの働き者のスイか!」


 近付こうと足を向けた瞬間、


「はわ! はわわ!」


 顔を真っ赤にされて逃げられた……。

 ……。


「もしかして嫌われてるのか?」


 ……いや、嫌われて当然といえば当然か。

 元はといえば俺のせいだしな……。

 フウとライが仲良くしてくれるだけ、ありがたいと思わないと……。


「……」


 うん、それもどうなんだろうと疑問に感じたが、あまり考えないでおこう。


「ふぅ……」


 もう一度、壁にもたれ空を見上げる。

 やることないな……。

 空も暗くなってきたし、さすがに今日はもう来ないだろう。


「ちょっとだけ寝るか……」



 ***



「……」

「スイ、近付くと危ないぞ……」

「で、でも、風邪ひいちゃうかも……」

「んじゃ燃やすか?」

「だ、だめだよぉ……」

「なら早く毛布かけろって……」

「わ、分かってるけど……」



 ……ん、なんだ? あれ、俺いつの間に横になってるんだろ……。


「よいしょっと……ん?」

「は、はわ……!」


 目の前に座ってガクブルと震えだす青髪の少女は――――すでに泣きそうになっていた。

 ミーシャと同じようなメイド服に身を包んで、小さな召使いみたいだ。


「あれ……、もしかして毛布をかけてくれたのか?」

「あわわ……そ、その……!」


 顔を真っ赤にして、緊張しているんだろうか。


「ありがとうな」


 とりあえずフウや魔王と同じように撫でてみる。


「はわ、はわわ、あわわ……⁉」

「よしよし……」

「ひゃわ……ん……にへへ……♪」


 よし、笑った。が、照れ屋なのかずっともじもじしている。

 これはこれで可愛らしいな。


「おい! ちょっと待てよ!」

「ん?」


 もう一人、赤い短髪の子がすぐ近くに立っていた。

 スイと同じ姿の……女の子、なのか?


「お前は……」

「僕はエンだ!」

「そうか、お前たちが……」


 この城で一番苦労していそうな子どもたち――じゃなくて四天王か……。


「そんな哀れみの目で僕を見るな!」

「いや、なんかその、色々とありがとうな」

「なにがだよ!」

「ほら、こっち来い」


 右手ではスイを撫でたまま、左手で手招きしてみる。


「な、なんだよ……」


 野生の生き物のように怯えながらも、ゆっくりと近付いてくるエン。

 右手には小さくなって女の子座りをするスイの姿。


「えへ……えへへ……♪」

「あ、あの恥ずかしがり屋のスイが……こ、こんな……。お前! スイになにをした!」

「見ての通り撫でているだけだが……」

「くぅ……! そんな力で僕たちを丸め込もうなんて、四天王を甘く見るなよ!」


 ぐぬぬ……と悔しそうにするエンだが、一応おとなしく座ってくれた。


「こらこら、女の子なら胡座で座っちゃダメだろ」

「バカ言うな! 僕は男だ!」

「…………え?」

「え、じゃない! まったく……!」


 エンは拗ねるように腕を組んだ。


「四天王の中で一人だけ男なのか?」

「そ、そうだよ! なにか悪いかよ!」


 あの魔王やフウを相手に男が一人とは……。


「お前も苦労してるんだな……」

「な、なにを分かったような口を――――んっ……」


 撫でると黙るのは共通なのか……。


「な、撫でられても嬉しくなんか……嬉しくなんか……」


 嫌がりつつもすり寄ってくる。

 全員、反応が違う分、これはこれで可愛いな……。


「な、撫でる……なぁ!」

「とか言いながら自分から頭ふってるぞ」

「ハッ……⁉」


 エンは目を見開いて驚いている。


「気付いてなかったのか……」

「こ、これは違うんだぞ!」

「はいはい、よしよし」

「あふっ……はわぁ~……♪」

「気持ち良さそうでなによりだ」


 働き者はちゃんと撫でてやらないとな。


「よしよし、服を洗ってくれたり風呂の準備とかありがとうな」

「にゃぱぁ~♪」

「はわぁ~♪」


 うっとりし過ぎて二人とも昇天しそうな顔になっているんだが……。

 大丈夫かな……。

 そもそも、俺の手はそんなに気持ちいいのか?

 スイから手を離して自分の頭に置いてみる。

 ……自分でやっても意味ないか。


「あ、あの……!」

「ん、スイどうした?」


 片目を隠したままの前髪をいじりながら、照れ臭そうにもじもじしている。


「……え、も、もう……おし、まい……ですか……?」


 物足りなかったのか。

 結構撫でたつもりだったんだが……まぁ、別に減るもんじゃないし構わない。


「ほら、よしよし」

「はわっ……はぅぅ~♪」

「にゃふぁぁ……♪」


 くそっ……、まさか四天王の龍たちがこんなに可愛いなんて……。

 スイはすでに俺の膝の上に頭を置いて寝転んでいる。


「――あれ、お兄ちゃん?」

「ん?」


 塀の中からトコトコと走ってきたのは金髪少女のライだった。

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