004

 ***



「……」


 魔王城のだだっ広い食卓に座らされ、右と左にはアリシアとフウがエプロンを着けて立っている。

 へそ出しシャツの白パン姿にエプロンって……。


「アリシアはいいとしても、フウ……その恰好はなんだ……」

「ふく、あったよ?」

「それは服とは言わない……」

「――そんなことよりも! はい! ゼクス!」

「ぜくす、どーぞ」

「……」


 アリシアが机に置いたのは、紫色の泡が浮かぶ毒々しいスープ……。

 対して、フウが出したのは香ばしい匂いを放つこんがりと焼けた骨付き肉。

 フウの料理はいかにも肉だが、こういうのが一番美味いんだよな……。


「……えっと、アリシアこれは?」

「キノコのスープだよ!」


 満面の笑み――だが、作り出されたスープは確実に人を殺す色をしている……。

 なぜブクブクと泡が出ているんだ……。

 これを食べろと? こんな禍々しいスープを飲めというのか……。


「ごほん……、フウのこれは?」

「なんかのおにくー」


 一体なんの肉なのか……。

 まぁ、美味しそうなことに変わりはないが……。


「アリシア、これは自信作なのか?」

「う……、うん!」

「自信ないんだな……」


 なら、目の前のこれは完全に毒スープ……。


「だ、だって、料理したことないもん……」

「なら、なぜ料理勝負なんて……」

「だって、ゼクスがフウちゃんとばっかりくっついてるもん……」

「それはフウが勝手に――」

「ぜくす、ぜくすー」

「なんだ……」


 逆側を向くと手で肉を掴むフウの姿が。

 そのまま俺の口元に運んでくる。


「ぜくす、あーん」

「あー……ん」


 あっ……自然とフウの「あーん」を受け入れてしまった。


「……ん? これ美味いな……」

「やたー」


 フウにまた抱きつかれ、柔らかい頬をスリスリとこすりつけてくる。

 アリシアよりも先に出会っていたら惚れていたかもしれない……。


「フウちゃんズルい! 私もやる!」

「ア……アリシア、それはちょっと……」


 アリシアがスプーンを掴んで皿を持ち上げる。死ぬ……多分、これを飲んだら死ぬ気がする……。


「アリシア!」

「な、なに?」


 フウに抱きつかれたままで威厳もクソもあったもんじゃないが――


「俺はアリシアが好きだ。だから、そんなものを食べなくても、俺の中ではアリシアが一番だ!」


 だから、頼むからそれだけは食べさせないでくれ……という言葉を飲み込む。


「ゼクス……」


 ゆっくりと皿が机の上に戻っていく。


「私、焦っちゃって……」

「ああ、大丈夫、大丈夫だから……」

「ゼクス!」


 おぉ……、久しぶりにアリシアの胸が顔に――


「ごめん! フウちゃんが可愛いからゼクスの気持ちがフウちゃんに行っちゃったのかなって思って……」

「俺はアリシア一筋だから安心してくれ」

「うん……」

「ぜくすー、フウはー」

「フウは妹みたいで可愛いぞ」

「やたー」


 アリシアとフウに抱かれて照れ死するかもしれない……。


「お、おい、二人とも離れて――」

「魔王ぉおおおおおおおおおおおお! 出てこぉおおおおおおおおおおおおおおい!」


「「「……」」」


 男の声が城全体に響き渡る。


「――ってか、今、城の中から聞こえた気がするんだが?」

「だって、魔王様とライちゃんはおやすみちゅう」


 城の警備ガバガバすぎないか……。

 アリシア……を部屋に返したいが――


「姫君を連れ去った魔王ゼクス! 正々堂々勝負しろおおおおおおおおおおおおお!」


 うるさい奴だなぁ……。


「アリシア、フウと一緒にここに居てくれ」

「う、うん!」

「フウ」

「ん?」

「アリシアを頼むぞ」

「りょーかいー」


 やる気のないフウの返事を聞いて不安になりつつも、とりあえず二人を引き離す。


「行ってくるから、変に動くなよ」

「わかった!」

「わかったー」


 フウも四天王の一人、ミスリルの杖の力を吸い取って成長したなら多少は戦えるだろう。


「行くか……」


 魔王城の食卓の部屋から正面玄関に急いで向かう。

 入口を入ってすぐ、律儀に一人で叫んでいたのは斧を持った大男。あいつは確か――


「魔王ぉぉおおおおおおおおお! 出てこぉおおおおおおおおい!」

「うるさいから静かにして――」

「うっさいわね! 人の家で怒鳴り散らすアホは誰なのよ!」


 正面の扉から勢いよく現れたのは、寝起きを邪魔されたっぽい魔王だった。


「うん? こんな所に子ども?」

「子どもじゃないわよ! これでも魔王よ!」


 長い銀髪をふんっと揺らして威張る魔王。大男との身長差は二倍以上……。威張るもクソもない……。


「ふむふむ……、この城に可愛いおなごが居るというのは本当であったか」


 俺のことに気が付いていないのか、大男はそのまま魔王の方へと、俺に背を向けて歩いていく。

 俺も静かに近寄るか。


「な、なによ! 近付いてくんな!」

「子どもがそんな恰好をして家の中を歩き回っているとはなぁ」

「や、やめろ! それ以上、近付いたらころ……」


 体格差に恐れをなしたのか、魔王の声が途切れた。


「魔王ならば、勇者にナニをどうされても文句は言えんよなぁ……ふへへへ……」


 こいつ、真後ろに立たれても俺に気付かないのか……。っていうか俺が見上げるくらいでかいとは……、腕力で負けてしまうかもしれないが――まぁ、いいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る