第三話「送られてきた刺客」

001

「……っと、もう朝か」


 いつの間にか塀にもたれて寝てしまっていたようだ。

 胡坐の状態でなにか上に乗っているような気が――


「すー……すー……」

「なんでフウはここで寝てるんだ……」

 そして――なんで目が覚めるとフウは必ず全裸なんだ……。


「フウ、起きろ」

「……ん」


 猫のように丸くなっているフウが仰向けになる。

 薄く開けた目が少しずつ開いていく。


「なんでここで寝てるんだ?」

「フウはぜくすといっしょ、がいい」

「好かれるのはいいが、服はどうし――ッ!?」

「ちゅっ……」

「……」


 寝起きのフウのキスに驚いてしまって動けない……。

 昨日も似たような形でキスをされたような気がするんだが――


「こら、とりあえず離れろ」

「むぅ……ぜくすしゅきなのに……」

「分かった、分かったから……」

「しゅき……」


 そのままフウにぎゅっと抱きしめられ――かけたのを振り払う。

 フウを立たせてから、俺も一緒に立ち上がった。


「……とりあえず服を着てこい」

「だっこ」


 こっちに手を広げて身構えるフウ。


「……連れて行けと?」

「だめ?」

「一人で行けるだろ」

「ぜくすといっしょがいい」

「はぁ……、今回だけだぞ」

「やたー」


 綺麗な緑色の目がキラキラと輝き出す。

 だが、フウの声はまったりとしていて覇気がない。


「ほら」

「はーい」

「よいしょっと……」


 剣士が四天王を抱きかかえるってどういう状況だろうか……。


「こら、足を開いてくっつくな」

「だめなの?」

「女の子がそういうことしちゃダメだ」

「なんで?」

「どこで変態が現れるか分からな――」


 視界の端でなにかが映り込んだ。


「なっ……」


 魔王城の前にある広場に魔法使いらしき男が居る。

 茶色い帽子に全身を隠した紫色のマント。

 履きづらそうな、先端がくるっと回った黒い靴が見える。


「ハァハァ……」


 多分だが、フウを見て興奮している気がする……。


「どうしたの?」


 フウを無視し、魔法使いに見えないよう地面に下ろした。


「ハッ!」


 背後から悲しそうな声が聞こえる。


「だっこー」

「いや、それどころじゃないから……」


 フウの裸を見て興奮してる奴が居る……。


「とりあえず塀の後ろに隠れてろ」

「はーい」


 すたたっと裸足で走り去っていくフウ。

 塀の裏から「おっけー」とサインを送ってきた。


「さてと……」


 振り返ってマントの一部がもっこりしている魔法使いと向かい合う。


「おいロリコン魔法使い」

「ち、違う! 我はロリコンじゃない!」

「もっこりさせやがって……ロリコンじゃねえか……」

「ち、違う! これは断じて興奮してそうなったとか、そういうわけではない!」

「はいはい」


 ロリコンが今の魔王城に入ったら天国だろう。

 だが――――――


「もし、この先に入るって言うなら容赦はしないぞ」


 刀を握って臨戦態勢に入る。


「ふっ、貴様を倒したあとで少女を我が手中に収めてくれる!」

「やっぱりロリコンじゃねえか……」

「なんとでも言え! 私は小さくて可愛ければそれでいいのだ!」


 バサッとマントを広げて杖を構えるロリコン野郎。


「王様から授かったこのミスリルの杖で貴様を葬ってくれる!」


 天に掲げた杖は銀色に輝いていた。


「それは?」

「これは魔力を増大させる伝説の武器の一つ! 魔王と化した剣士を倒すために授かった最強の武器の一つなのだよ!」


 あのクソジジイ、俺を殺せるならなんでもアリかよ……。


「ほら、もうなんでもいいから……いつでもかかってこいよ」


 ゆっくりと一歩ずつ、ロリコンの元へと近付いていく。


「喰らえ!」


 向けられた杖の先からは凍えるような吹雪が飛び出す。


「詠唱なしか……」


 それなりに手練れのようだが――


「それでも遅いな」


 ゼクスが刀を居合いの如く引き抜いた。

 吹雪を二つに切断した一閃。

 そのまま風の刃となって魔法使いの目前へと攻め入っていく。


「ひぃっ!」


 間一髪、へたり込んだ魔法使いの上空をかまいたちが過ぎ去る。


「な、なんだその刀は!」

「ああ、これは――」


 黒い刀身を見つめながら、ゼクスは言葉を続ける。


「デーモンとドラゴンの素材をドワーフに任せて作ってもらった魔剣だけど」

「デーモンとドラゴン⁉ も、もしかして、貴様があの超危険な魔物を倒したとでも⁉」

「まぁ、そうだな」


 あの時はこの刀がなかったからかなりきつい戦いだった。もう何年前になるんだろうか。


「まさか貴様! デーモンとドラゴンを二日で倒した剣士ゼクス⁉」

「ああ、そうだが?」


 意外と名前が知られていたのか。ちょっとだけ嬉しい気もするが……。

 目の前の人物が変態でなければの話だ……。


「くっくっく……」

「ん?」

「剣士ゼクスをここで殺せるとはな……魔剣も手に入れれば、我の名声は思うがまま……」


 本音が漏れているが、突っ込むべきだろうか。


「ふははは! 死ね魔王ゼクス!」

「クソッ……結局、魔王扱いかよ」


 次は吹雪ではなく、拳ほどの尖った氷のつぶてが無数に飛んでくる。


「よっ……」


 右手に刀を、左手に鞘を構えて全て撃ち落としていく。

 杖の先から永遠に氷の魔法を生成し続けるロリコンがニヤニヤ笑う。


「はっはっは! 最強と言われる剣士でもこれでは手が出ないだろう!」

「え、これで終わりなのか?」

「……え?」


 逸れていく氷のつぶても余すことなく撃ち落とす。


「全力でかかってこい、じゃないと一瞬で死ぬぞ?」


 言い終えたゼクスは刀と鞘が交差するように振り切る。


 ――――デス・クロス悪魔と龍の暴刃


 重ねてゼクスは回転しながら横に刀と鞘を振り切る。


 ――――デス・ウインド薙ぎ払う死の風


「もう一つ――」


  回転した勢いを刀に乗せ、振り切りと同時に竜巻を発生させたゼクス。


 ――――デス・ストーム虚無の嵐


 交差した風の刃、二線の横向きに飛んでいく刃。

 それを巻き込みながら見上げるほどの竜巻が魔法使いの方へと向かう。

 氷のつぶてなど子どもの遊びだったかのように、飛んでいた途中の氷も粉々に崩れ去っていく。


「え、ちょ、待て! 待ってくれ!」

「全力でかかってこい。俺も全力だぞ」


 刀を肩に乗せて呟く。

 しかし、竜巻の音でお互いの声は聞こえていないようだった。


「う、うぁあああああああああああああああああああ!」

「おお……」


 思ったよりも飛んで行ったな……。


「……ん?」

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