003

 フウと魔王に案内され、子どもを連れた親のように案内された先は――――魔王城の地下を下りた所にある大浴場だった。


「ふぁ~、生き返るー!」


 そう言いながら、ぶるぶると頭を振るのは金髪の少女ライだった。

 目の前の大浴場でジャバジャバと泳いでいく。


「……、それでなんで俺まで一緒に入っているんだ……」

「フウもよごれた、ぜくすもべちょべちょ、いっしょにはいるー」


 湯の中に浸かりながら壁に持たれている俺の隣――左腕にくっついたフウが気持ちよさそうに頭を預けてくる。

 自然と頭を撫でてしまう……。


「ふぅ~♪」


 撫でると嬉しいんだろうか。


「ちょっとあんた! なに勝手にうちのフウを撫でてるのよ!」

「ん?」


 後ろを振り返ると立っていたのは――


「いや、せめて前を隠してくれ……」


 こんなアホっぽいフウですらタオルを巻いているというのに……。


「ふん! あんたなんかに恥じらうつもりはないわ!」


 一応、目線はフウへと向けておく。

 先程のポーズから察するに、仁王立ちでこちらに指を突き出しているんだろうな……。


「ふぅ~♪」


 撫でて喜ぶ四天王に勢い任せの魔王……、目の前で楽しそうに泳ぐ金髪少女……。


「……」


 まぁ、この状況はある意味ご褒美なのかもしれない。


「ちょっと! なに無視してんのよ! フウもそんな奴にくっつくな!」

「フウはここでいいのー」

「魔王と違ってフウは素直だなぁ」

「フウはすなお、ライはあまえんぼうで、まおはツンデ――」

「ぁああああああああ! フウ! 喋らないで!」

「ツンデ――」


 フウが居た場所めがけて飛び込んできた魔王。

 水しぶきの中でフウを引き離そうと必死になっていた。


「ちょ……、ぜんっぜん離れないんですけどっ!」

「フウはぜくすのとなりがいいもん」


 腕にしがみ付いたフウを一生懸命に引き離そうとする魔王。

 ベッドの時にも感じていたが、フウはかなり力が強い……。


「フウ離れなさいよ! っていうか、あんたもなんで馴染んでんのよ!」

「なんかフウは自然と撫でたくなるんだよ……」

「うちの子を撫でるな!」

「フウはぜくすになでられたいもん」

「――――お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 声が聞こえたと思った瞬間、右腕に柔らかい感触が――


「お前は確か……ライ、だっけ?」

「うん! ライだよ!」


 にぱっと無邪気に笑うのは、泳いで髪がしっとり濡れた金髪の少女ライだった。


「ライまで私を裏切るつもりなの⁉」

「お兄ちゃん助けてくれたもん! 魔王様たすけてくれなかったもん!」


 むぎゅっと右腕に柔らかい肌がっ……。

 フウよりも少しだけ膨らんでいるように思う……。


「だって私もスライムに襲われてたんだから仕方ないでしょ!」

「だから、でっかいネズミからお兄ちゃんが助けてくれたんだもん!」

「お兄ちゃんお兄ちゃんってぇ……!」


 子ども同士の微笑ましいやり取りに和む。

 これが魔王と四天王だなんて……。

 っていうか――


「なんで全員女の子なんだ……」

「「「……」」」


 両腕に少女が抱きついたまま嘆いた結果、一同が俺の方を向いていた。

 見上げるフウに、悔しそうな表情で真っ裸の魔王、ニコニコと満面の笑みを向けるライ。


「魔王だって、四天王だって、女でなにが悪いのよ!」

「いや、悪いとかじゃなくて――」

「フウがおとこのこだったら、よかったの?」

「いや、それはそれで困るが――」

「お兄ちゃんって呼ばれるのいや?」

「い……や……では……」


 嫌じゃない、と口に出してしまえば負けのような気がする……。


「お兄ちゃんってばー! 名前で呼ぶのとお兄ちゃんって呼ぶのどっちがいいのー?」


 ライによって右腕が右に左にと勢いよく振られる。


「フウのこときらいに、なっちゃった?」


 悲しそうな瞳で頬を膨らませるフウ。

 撫でてやりたいが両腕が――


「あんた! いい加減離れなさいよ!」

「――コラァアアアアアアアアアアアアアア!」


 聞き覚えのある声……。

 後ろから聞こえてきたその声に背筋がぞくりと凍りつく。


「ゼークースー……何をしているのかなぁ…………」


 後ろを振り返ると、そこに居たのは――


「ま、待て、アリシア……落ち着け……」


 周りに居たフウたちが全員、俺を盾にするように隠れていた。


「その子たちはなにかなぁ……」


 今にも刺しそうなオーラを漂わせるアリシア。

 俺を含めた全員が戦慄していたのか、背中に震える少女の感覚があった。


「き、聞いてくれ……こいつたちは魔王と四天王で……」

「へぇ……そうなんだぁ……」


 くそっ、そりゃこんな少女たちが魔王と四天王だったなんて信じてくれるわけがない。

 俺だって信じがたいが、どうにかして説得しなければ……。


「なぁアリシア、とりあえず落ち着いて――」

「好きな人が自分のことを放っておいて女の子、それも小さい子たちに囲まれてお湯の中で浸かってるのに落ち着けっていうの⁉」


 ごもっとも……。


「おい、お前!」


 アホが後ろから全裸で前に飛び出した……。

 アリシアと向かい合うようにして立つ魔王。


「ゼクス! なんでこの子は裸なの⁉」

「俺も注意したんだよ!」

「ねーお兄ちゃん、あの怖い人だれ?」

「アリシアは俺の、その……彼女だよ……」

「そうなの? じゃあ――」


 勢いよく飛び出していったのは――――――全裸のライ。


「お姉ちゃーん!」

「え、な、なに⁉ 急に抱きつかれても……っていうか濡れる、濡れちゃうから!」

「こら、ライ! 誰にでもくっつくな!」


 子どもが居ればこんな感じなのかな……。


「――ッ!」


 背中からゼクスの前に回された腕。むぎゅっと当たる肌の感触に思わずゼクスが振り向いた。


「フウ! タオルはどこだ⁉」

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