002

 スライムは無数に触手を伸ばしてくるが、四天王と魔王を倒した俺からすれば他愛もない。


 触手全てを叩き伏せると、スライムは焦って逃げていった。


「ロリの触手プレイは色々アウトだからな、気を付けろよ」


 逃げていくスライムに向かって吐き捨てる。

 いや、俺はスライムに向かって何を言っているんだろうか……。

 そんなことより――――


「大丈夫か?」

「う、うっさいわね! でも、その、あ、ありがとうっ!」


 魔王ってこんなキャラだったのか……。

 なんかイメージと違う……。


「――ひゃうっ……いやんっ……くすぐったいよぉ……!」

「ライ! 大丈夫⁉」

「はぁ……はぁ……も、もうらめっ……」


 あっちも色々とやばいな……。


「下ろすぞ」

「さっさと下ろしてライを助けなさいよバカ!」

「助けた相手にその言い方はないだろ……」

「なによ!」

「なんだ?」

「むきぃ……!」


 怒り方が子どもじゃないか……。


 相手にするのも面倒なのでそっと地面へと下ろす。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」

「いや、待つよりあの子を助けたほうが良いだろ?」

「え、あ、そ、そうね! 早く行きなさい!」


 ……本当は素直なのだろうか、それともアホなのか。


 とりあえず、ベッドの上のアリシアと同じ顔になりそうなライと呼ばれた少女の元に一瞬で走り寄る。


「ハァ……ハァッ……!」

「こ、これは……」


 手遅れかもしれない……!


 舐め続けるデカネズミの顔を押しのけ、少女を拾い上げる。

 一定の間隔で体がビクビクと震えているのは無視しておこう。


「デカネズミ、ちょっとやり過ぎだぞ」

「チューチュー!」


 興奮したデカネズミがこちらめがけてムチのような尻尾をしならせる。


「はいはい」


 構えた鞘を振り下ろして凄まじい勢いの尻尾を地面に叩き落とす。


「チュゥウウウウウ⁉」


 体を回転させて遠心力を加えて鞘をデカネズミの腹に叩きこむ。


「チュッ⁉」


 痛みに苦しんでいるところ申し訳ないが――


「嫌がっているのに一方的にヤるのは良くないぞ」

「チュゥウウウウウウウウウウウウ――――――」


 鞘に当たったデカネズミが勢いよく弧を描いて飛んで行った。


「あ……」


 やり過ぎた……。


「ライ! ラーイ!」


 魔王が――訂正、べたべたの魔王が駆け寄ってくる。


「ま……魔王様っ……」

「しっかり! しっかりするのよ!」


 剣士の脇腹に抱えられながら、さも名シーンのようなセリフを吐かれても困るんだが。


 とりあえずしれっと下ろして、刀の隣で丸くまっているフウの傍に近寄る。


「ライ! しっかり!」

「もう、だめっ……」

「ライ―――――――――!」


 舐められただけで死んだような演技が後ろで繰り広げられる。

 だがそれよりも、粘液で汚れた俺の服が気になって仕方がない。


「あーあ……」


 せっかくアリシアがくれたのに、この汚れって落ちるのか?


「ぜくす、かっこよかった――」


 ぽふっと抱きつくフウ。

 すり寄ってくる小動物のようなフウにだんだんと馴染んできている自分が怖い。


「しゅき……」


 妹と思えば可愛く見えるかもしれない。むしろ、そう思った方が過ごしやすいのかもしれない。


「あんた!」

「……ん?」


 振り返った目の前にはベチャベチャの銀髪少女と金髪少女の姿があった。

 金髪の少女ライは魔王の肩を借りて辛うじて立っている。


「お礼は言わないわよ!」

「さっき言われたからいいさ」


 フウの頭を自然と撫でながら答える。


「――って、そこに居るのはフウ?」

「フウだよ?」

「なんでフウがあんたと⁉」


 まるで親の仇とでも言わんばかりの目で睨みつけてくる魔王。

 だが、その可愛らしい姿では威厳もなにも無かった。


「フウがたすけてって、ゼクスにいったのっ」


 むっとしたふくれっ面を魔王に向けるフウ。

 アリシアとの間に子どもが生まれたらこんな感じになるんだろうか。


「え、ゼクス? ゼクスってあのゼクス?」

「そうだよ」

「え、んじゃ――ってよく見ればあの時の剣士! どこかで見たことあると思ったら!」


 あわあわと怯えだした魔王の赤い瞳に涙がたまっていく。


「ゼクスゥ……!」


 メラメラと魔王の背後が燃えているように感じる。が、涙目で憤怒を表されてもなんだかいたたまれない……。


「な、なんだ?」

「あんたのせいで魔物たちが押しよせてくるのよ! 罰としてここを絶対死守しなさい!」

「え……?」

「なによ!」


 倒された相手に何を頼むのかと思えば……。

 バカなんだろうか……。


「それを敵である剣士に頼むのか?」

「うっ……」

「俺が弱ったお前たちにとどめを差しに来ていたら?」

「うぅ……」

「もし俺が刀を握ったらどうするんだ?」

「そ、それは……」

「俺が今から暴れたらどうするんだ?」

「う、うぅ……うぐっ……」


 ……。


 しまった。軽く注意するつもりだったのが説教みたいになってしまっていた。


 王から褒美も貰えず、魔王から罰としてお城の絶対死守を命じられたともなれば、イラつかない方がおかしいだろうと自分を正当化してみるが――


「うぐっ……ぐすっ……」


 目の前で泣きそうな魔王に申し訳なくなってきた……。


「とりあえず……」

「……ふぇ?」


 頭を撫でてみる。


「汚れたから風呂はいるぞ」

「え、あ……うん!」



 素直かよ…………。

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