006

「ん?」


 頬を染めながら手を後ろで組んだアリシアの全身が入り口の前に現れ――


「ちょ、アリシアお前っ!」


 赤い布地は胸と大事な部分だけしか隠しておらず、その正体は――


「こういうのをビキニアーマーって言うの……かな?」


 どこで仕入れてきたのか――いや、きっとクローゼットの中にあったんだろう。四天王の趣味なのか。女性としてあれを身に着けることが出来る子だったのか!?


「なんでそんなものを……」

「いやぁ、魔王のお城だから戦闘服も着てみようかなーなんて……」


 もじもじと太ももを動かすアリシアを直視できず、ゼクスは手をアリシアに向けて言いにくそうに呟く。


「と、とりあえず他の服を着てくれ……」


 さっきの服ですら布地が少ないっていうのに、これじゃ下着で歩いているようなもんじゃないか……。


「ふふっ、照れてるー」

「ち、違う!」

「えー、ほんとかなー?」


 一歩一歩、ゆっくりとジト目で近付くアリシア。


「ねーねー……ゼクスってばー」


 アリシアはすでにゼクスの真正面に立って小悪魔よろしく上目遣いで見つめていた。ゼクスの視界にはアリシアの胸の谷間がチラ見えする。


「早く着替えてこい……」


 せっかく収まったやつがもう一回起き上がってしまう……。


「えー、でもまだ可愛いって言ってくれてないもん……」

「か、可愛い、可愛いから……」


 可愛いを通り越して武器と化してるから離れてくれないかな……。今この場で悩殺ポーズされたら襲いかかってしまう……。


 早く着替えてもらわないとーー


「そ、そうだ! ちょっと疲れたから寝るよ!」

「え、え!? ゼクス!?」


 遠慮がちにアリシアの肩を掴んで反転させる。そのまま入り口へと押していく。


「くすぐったいよぉ」


 その格好してるからだろ……とは言えず。


「ほら、なにかあったら俺はここで寝てるから!」

「バカ……」

「え、今なんて――――」

「ゼクスのバカ! わからず屋! ふんっ!」


 アリシアがゼクスの手を振り払ってプンプンと「水」の部屋へと入っていった。


 バンッ!


 扉が音を立てて閉められる。


 部屋の前で立ち尽くすゼクスはただ呆然と口を開けて止まっていた。


「俺なにかしたのか……?」


 怒ってしまったアリシアの原因が分からず、どうしようもないまま「風」の部屋へと入る。


「……」


 疲れているのは本当だし、ちょっとだけ寝るか。


 刀を抜き取ってベッドと壁の間に立てかける。少しだけ帯を緩めてそのまま布団の中へ。


「意外といいベッドで寝てるんだな……」


 ふかふかの枕に頭を沈めると、ゼクスはそのまま眠りについてしまったのだった。





 ***




「ん……」


 なんだか足に絡みつくものを感じたゼクス。寝返りを打とうとするが体が動かない。


「アリシア……?」


 寝ぼけた頭を少しだけ浮かせて抱きついた者の正体を確認する。だが、布団の中に潜り込んでいるのか姿が見えない。


「おい、アリシア……」


 頭がある位置に手を動かしてぽんっと手を置く。なんか頭のサイズが小さいような……。


 それに、胸がない。


 胸がない……。


 胸がない?


「……ッ⁉」


 ゼクスの頭がアリシアの胸が無いことに気付いた途端、布団をバサッと引っくり返す。


「すー……すー……」

「な、なんっ……!」


 そこで小さな寝息を立てていたのは裸の少女。あまりの出来事に布団を一度元に戻して考える。


 え、なんで全裸で女の子がここに居るんだ……?


「んー……」


 もぞもぞとゼクスの顔へと向かって布団が盛り上がっていく。


「ぷぁぁ~……」


 生まれたてのヒナのようにちょこっと現れたのは、淡いエメラルドを模したような髪の少女……?

 緩めた帯のせいで上半身に少女の肌がなぞるように当たる。


「やばいやばい……色々とやばい!」


 勢いよくベッドの上に立ち上がったゼクス――だが、寝ていた少女は腕と足でそのまましがみついていた。さらに言うなれば、ゼクスに抱きついたまま寝息を立てる少女は全裸である――――――


「な、なんなんだ……」

「ゼクスー! 起きたー?」


 扉越しにアリシアの声が聞こえる。

 やばい、この状況は非常にマズい……。素っ裸の少女と半裸の俺、どう考えても犯罪の臭いが漂っている……。


「入るよー?」

「ま、待ってくれ! 今ちょうど着替えているんだ!」

「着替えなんて、いつも隣でやってるじゃ、ん、か――」


 言いながら入ってきたアリシアと目が合う。


 終わった――――


「ゼ、ゼクス!? その子はなに⁉」

「いや、これはその!」

「わ、私を置いて……そんな子と……!」


「ま、待ってくれ! 勘違いする前に説明を――」

「お兄ちゃん……」


 最悪のタイミングで少女が寝言を漏らした。


「お、お兄ちゃんってどういうこと……」


 わなわなと震えるアリシア。よかった、服装は元に戻っているみたいだ。いや、悠長に見ている場合じゃない。


「俺も知らないんだ、起きたらなぜか横に居て――」

「フウはお兄ちゃんがしゅき……」


 再び絶妙のタイミングで誤解を招く言葉を呟く少女。

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