004

「――お嬢様! もういいですか!」


 扉越しに聞こえるミーシャの声。


「ゼクス行こ!」


 期待に胸を膨らませるアリシアだが、ゼクスの中には拭えない不安もある。


「ほんとにいいのか?」

「なにが?」

「アリシアまで一緒に行く必要は――ッ!」

「……もう、何回も言わないでよね」


 ゼクスの唇を塞いだアリシアがムッとしながら呟いた。


 寝起きからすでに二回目の彼女からのキスに、ゼクスは止まるためのブレーキを完全に壊された。


 もう知らない、アリシアを置いて行くことはできない。


「後悔するなよ」

「もちろんしないよっ!」


 快諾の返事にゼクスはため息を漏らした。そして軽々と彼女の体を持ち上げる。


「あわわっ……」

「どうした?」


「お、お姫様抱っこはその恥ずかしいよ……」

「窓から出る、飛び降りるからしっかり捕まってくれ」

「え、ゼクス? ここ三階だよ!?」

「これくらいの高さは平気」


 四天王にしがみついてそのままのたうち回ったり天高く舞い上がったりされたからな……。この程度の高さなら飛び降りても大丈夫だろ。


「ほら、いくぞ」

「え、え! 待っ――」


 風の音が耳に聞こえてくる高さからの落下。それも一人抱えた速度はかなり速い。


「アリシア、ちょっとちから抜いて」

「う、うん……」


 ゼクスは途中で彼女を真上に放り投げた。


「え、ええええええ!?」


 先に地面に着地したゼクスが勢いを殺すために全身を回転させる。


「ゼ、ゼクスー!」


 回転した力を踵で相殺しその反動を利用して落下地点に滑り込む。


 足からのスライディングに切り替えたゼクスの頭上にアリシアが見事にやってきた。


「ひゃぅ……」


 ゼクスに優しく抱き抱えられたアリシアは驚きの声を小さく響かせる。


「なんとかなったな……大丈夫か?」

「う、うん……でも……」


 カーッと赤く染まっていくアリシアにゼクスは不思議そうに首を傾けた。


「どうしたんだ?」

「パンツの、中に……お、お尻の所に、入ってる……」

「ん?」


 無意識に掴むように手が動いてしまった。


「ひゃうっ!」


 ビクッとアリシアが体を震わせて、ゼクスがようやく手の位置を把握した。


「す、すまん!」


 勢いよく手をどける。だが、


「む、胸も……」


 アリシアに言われて反対の手の位置を確認する。とても柔らかいものが手の中に埋まっていた。


 自然に手が揉むように動いてしまう。


「あんっ……」

「す、すまない……」

「も、もう! なんでいちいち掴むの!?」


 男の性なのだから多少は大目にみてほしい……。


「――おい貴様! そこで何をしている!」


 見回りをしていた二人の衛兵がこちらへと駆け足で向かってくる。


「あ、あれってアリシア様じゃ……」


 足の露出度が高いアリシアをあまり見られたくないのでダッシュで逃げた。


「あ、おい! 待て!」


 魔物を殺し続けて鍛えてきた俺に追いつける訳がないだろう。


 王城を守るように建てられた城壁の角へと走り込む。直角の壁の二面を交互に蹴って上に向かう。


「ゼ、ゼクス!」

「ちょっとの間我慢してくれ」

「そんなこと言われても!」

「掴まれ」

「うぅ……」


 あと一歩で城壁の上に辿り着く。そのひと蹴りに思いっきり力を入れる。


「よし……」


 城壁の上を走り城門がある地点へ――アリシアの汗ばんだ太ももが気になるが、今はとにかくここを出よう――


「おい、居たぞ!」

「あれ、アリシア様じゃないか!?」

「お尋ね者がアリシア様を誘拐しようとしているぞ!」

「捕まえろ!」


 ぞろぞろとまぁ……、こんだけの兵士があんな王の言うことを聞いてるなんてな……。アホらしくてやってられない。


「ねぇゼクス、大丈夫かな?」


 城内の城壁の下には大勢の兵士達がどこからともなく溢れ出てくる。そんな状況を心配したアリシアは思わず心境を伝えるが――


「あいつらは戦ってきた回数も経験も浅い。何も心配するな」


 ゼクスはベッドの上にいた時の優しい表情は見せなかった。代わりに先を見据えたような凛々しい眼差しがアリシアの目に映り込む。


「そんな表情ズルいよ……」

「ん? 何か言ったか?」

「う、ううん! 何でもない!」

「そうか、んじゃ飛び降りるぞ」


「え、え!? またなの――――ひゃぁ!」


 驚きの声は叫び声に変わり、ゼクスは彼女を抱きかかえたまま城門の外側へと着地した。


「寝起きの運動には丁度いいな」

「――おい貴様! 何をしている!」


 城門を警備していた兵士が後ろから槍を突き付ける。


 正面には街へと繋がる橋。なら――刺される前に走り出すのが得策だろう。


「あ、待て!」

「待てと言われて待つやつがいるかよ」


 王城を抜け出して街中を走り抜ける。


「おお、ゼクスさん! お姫様を連れてどちらまで?」

「ああ、ちょっとな」


「ゼクスさん、頑張ってね!」

「ああ、ありがと……」


「俺たちはゼクスさんの味方だぜ」

「助かるよ」


 走り抜ける間にも次から次へと見送るように、エールを送る街中の人々。アリシアはその様子に抱きついたまま呆然としていた。


「ゼクスって、すごい人気者なんだね」

「色々と引き受けてたらこうなってたんだよ……」

「ふふっ、ゼクスらしいねっ」


 持ち上げているアリシアが笑う表情に、自然と視線が泳いでしまう。不意にそういう顔をするのは反則だと思うんだが……。


 さてと、どこへ向かえばいいものやら――――

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