3話:闇鍋袋の歌
「神谷さま……」
「神谷さま……」
「
お茶が終わったところで、神谷ファン(?)が増えたらしい。
お皿をカラにしたほとんどの人が、リビングの椅子に座って何かに合掌する姿はやはり異質だ。よくわかっていない風花も、「これがクリスマス?」と言って真似しているではないか。
1人、ユキだけが必死に笑いを堪えている。
「風花ちゃん、カップケーキのお礼させてください」
「え、お礼?」
「はい。……と言っても、元々渡すつもりで持ってきたんですが」
「わあ!」
食べ終わったユキは、アカネが座る席の後ろにあった大きな袋を手に持った。
その袋は、サンタクロースが持ちそうなほど大きなもの。風花だけでなく、その場にいた全員の目が釘付けになった。しかし、
「え、それ変なものじゃないよね」
「知らないけど、ユキが用意したから大丈夫じゃないの?」
「天野が用意したと思ったから、変なものかって聞いてんだよ」
「あー……」
と、大人組は怪訝な表情で、袋を見つめている。
ユキは、そんな言葉に「ふっふっふ」と笑いながら封を解こうとしているではないか。
まあ、彼女のことだ。危険なものは入っていないと思いたい。
「何持ってきたの?」
「えっとですね。持ってきたものはー……!」
ここで、スネアドラムの音辺りが鳴り響きそうだ。それほど、ユキは勿体ぶりながら袋の中に手を入れ何かを探り当てている。
そして、目当てのものが手に当たったのだろう。パーッと明るい表情になりながら、腕を引っ張り出した。が……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……え?」
ここで、みんなの反応を見てみよう。
太陽は、素早く風花の目を両手で覆った。
京也は、先ほどの大人組がした顔よりさらに怪訝そうな表情でユキの手に掴まれたものを見ている。
優一と彬人は呆れ顔、翼は顔を真っ赤にしながらチラチラと風花に視線を送っている。
そして、ユキの保護者2名は「やっぱり」という表情を隠そうともしない。
「あ、間違った。これじゃない」
と、ユキは手に握られている男性用パンツを何事もなかったように袋へと戻した。
何をどう間違えたら、「お礼」としてパンツを持ってくるのだろうか。
彼女の表情を見る限り、それはレンジュ国皇帝のものに違いない。……いや、仮にも皇帝がクリスマスツリー柄のパンツを履くか? 疑問である。
そして、誰しもが「なぜ入っているのか」を聞きそびれてしまった。それほど、一瞬の出来事であったのだ……。
「……うちのユキが、ごめんなさい」
「い、いえ……」
「一気に闇鍋みたいな袋になったぞ……」
「とりあえず、姫さまのお目は私めが守ります故」
「そうだ、どさくさに紛れて翼の下着も入れておこうぜ」
「賛成」
「だだだだダメぇ!!!」
「ねー、太陽ぅ。どうしたの?」
なんて会話が繰り広げられている間も、ユキは鼻歌をうたいながら袋に手を突っ込んでいる。
先程のような失敗が起きないようにしたいならば、袋の入り口を大きく開き見ながらやれば良いのだが。なぜか、ユキはそうしない。
「こうちゃんのパンツは〜、イチゴ味〜♪」
「……こうちゃんって誰?」
「……うちの国の皇帝。一番偉い人」
「……マジかよ」
「……漆黒ソングより、タチ悪りぃぞ」
「大丈夫です。姫さまのお耳は私めが「たまに〜、フレッシュレモンと青春ピーチのお味〜♪」」
「お味〜♪」
「ひ、姫さまあああ」
……どうやら、風花にも微に歌が聞こえたらしい。太陽の必死の努力が、そろそろ泡になりそうだ。
彼は、先程から器用に手を使って、主人の目と耳を守っていた。その巧みさがまた、周囲の人間に「太陽って大変だな」と他人事のように映ってしまうらしい。
「あ、ゴリラが笑ってる」
「だって、この状況で笑わないって……ふっ」
「ちょっとあの誰かお助けを」
「頑張れ、ふふっ。た、太陽……」
「……あ、あったあった」
と、外野の声が聞こえていないかのごとくユキが発言すると、周囲の人々が生唾を飲み込む。
次はどんな「とんでもないもの」が飛び出すのか気が気ではない人と、それを通り越して野次馬根性が出てきた人と2パターンの思考が入り乱れていた。
「これです、これ」
「……え?」
「わあ、綺麗! くれるの?」
次に出してきたものは、先程のパンツと似た柄の布。
実物を見た者はそれに気づいたのだが、風花は太陽が阻止したために見ていない。故に、見事なクリスマスツリーが描かれた布……タペストリーに彼女が感動するのは致し方ないのかもしれない。
なお、他の人はどうしてもパンツの柄が脳内から離れないようだ。そちらも、まあ致し方ない。
「はい! 本当は、ツリーを持ってこようと思ったんですが場所がアレかなと。タペストリーなら、壁に貼り付けるので邪魔にならないですし。私も、部屋に同じやつ飾っています」
「ユキちゃんとお揃い嬉しい! ありがとう!」
「レンジュのセントラル広場に置かれている大きなツリーを、魔法で転写して作ったんです。だから、ほら」
「わあ! すごい!」
タペストリーを浮かせたユキは、そのまま人差し指を振った。
すると、布に描かれたツリーの飾り付けがピカピカと光り出したではないか。
「……」
「……」
「……」
「……」
突然、異世界の魔法を目の当たりにした京也たちだが、感動よりも「ということは、あのパンツも光るのか?」という疑問で頭がいっぱいだった。全員が、全く同じ顔をしている。
「ね、太陽。今年は、これ飾ってみんなでクリスマスパーティしようね!」
「……あ、え、う、はいぃ」
主人の嬉しそうな顔に水をさしたくない気持ちと、でもパンツの気持ちが揺らぐ太陽。生返事しかできないらしい。
しかし、風花の目には「太陽も感動してる」ように映ったに違いない。
「飾ってくれると嬉しいです。実はこの模様で、私に近しい人たちにプレゼントを作ってる途中なんです」
「そうなんだ!」
「だから、友達の風花ちゃんにもお揃いで作らなきゃって思ってですね……」
「嬉しい! ありがとう、ユキちゃん!」
「えへへ」
その気持ちが嬉しい風花はそのまま、頬を染めたユキへと抱きついていく。本来なら微笑ましい光景なのだが、アカネと風音はその光景を壊してまで言いたいことがあった。
「僕は要らないからね」
「いや、お前は彼氏なんだから受け取れ。天野、オレの分は作らなくていいからな」
「風音さんの方がユキと一緒にいる時間多いんだから受け取ってあげなって」
「オレはサツキからもらうので手一杯で」
「僕だって、……えっと」
と、パンツを受け取りたくないのか、必死になって両手を振っている。
先程まで笑いを堪えていた京也と優一は、さすがに同情したのか真顔になってその光景を「外野」として眺めていた。しかし、
「大丈夫です! 2人には、魔法を使わなくてもずっと光ってるあるものを用意しましたから!!」
「ブッッッ」
「ぶはっ!」
ユキのその発言によって、やはり我慢できなかったようだ。風音たちに哀れみの表情を向ける太陽と翼との対比がすごい。
なんなら、彬人なんか「欲しい!」と今にでも言いそうなほど興味を示しているではないか。……履きたいのか?
「えー、風音さんと灰さんは特別仕様なんだ! いいなあ」
「いつも迷惑かけてますから。こうちゃんのよりド派手なやつ作りましたよ!」
ということは、パンツ確定か。
「ははっ、……はは」
「桜木さんにあげようか」
「いりません!! ひっ、姫さまには立派なタペストリーをいただきましたし、そのっ」
「じゃあ、坂本くんに「俺はいらねぇよ」」
パニック状態になった太陽に変わり、月が返事をするしまつ。しかし、肩を震わせて笑いを堪えてるので、いつもの鋭い視線はない。
「あはは。じゃあ、次行きましょうか」
「えっ! まだくれるの?」
「はい。まだまだ行きますよ! 青春ピーチのお味〜♪」
「お味〜♪」
「姫さまあ……!」
……まだまだ行くらしい。
〜続く〜
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