2話:秘儀・美味しいお菓子
「初めまして! 桜木風花ちゃん、いらっしゃいますか?」
京也が恐る恐る話しかけると、真ん中にいた白髪少女が笑顔で挨拶を返してきた。
初めて会ったのにも関わらず警戒心を抱けないのは、きっと彼女が白い髪色だったからに違いない。
「……キッチン、に」
「キッチンですね。ありがとうございま……え、キッチン?」
「……キッチン」
「キッチン……」
と、まあ、そんな2人のやりとりの後ろでは、翼と優一、彬人がまったりと自己紹介をしていた。
「お久しぶりです、風音先生」
「久しぶり、相原くんと成瀬くんに……」
「我は漆黒の「本城彬人って言います!」」
「……本城くん、ね。よろしく。オレは、風音ユウト。んでもって、こっちが」
「灰アカネ」
「人間と吸血鬼のハーフだけど、血は吸わないから安心し「吸血鬼だと!」」
風音の説明に、反応を示したのは誰でもない彬人。目をキラキラと輝かせてアカネを見ている。
そんな視線を浴びたことのないアカネは、目を泳がせつつも風音にヘルプを送っているではないか。……無論、日頃の仕返しか、風音は無視である。
「死ぬまでに吸血鬼とお茶をしたかったんだ!」
「……待って、なんでお茶なんだよ」
「何を飲むのか気になるじゃないか」
「お茶しなくても、聞けば良いんじゃないの?」
「なんと、ロマンのない男たちだ」
「……盛り上がってるところ悪いんだけど、普通にコーヒーとか紅茶飲むよ」
「…………ジーザス!」
もっと、他の何かを期待していたに違いない。
それを聞いた彬人は、崩れるように床へと座り込んでしまった。しかし、
「でも、杭は勘弁してね」
「なんと! 杭で滅ぶというのは都市伝説じゃなかったんだな!」
「いや、死にはしないけど、傷の治りが遅いってだけで」
「素晴らしい!」
と、新たな情報を与えれば、立ち直りは早い。
そんな様子を苦笑いで見ている翼たち。これで、少しは打ち解けられたに違いない。
一方……。
「……入れば?」
「ん、ん。足が動かなくて」
「押してやろうか?」
「い、いえ。あいにく間に合ってますので」
……何が?
ユキは、まだキッチンに入らず……いや、入れず、京也とやりとりを続けていた。京也も彼女の気持ちがわかるのか、無理に押そうとはしない。
そこに、
「みなさん、手は洗いまし…………」
髪を白に戻した太陽がやってきた。
しかし、さすがは風花の付き人。ちょっとのことでは動じないのだ。
「おや、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです、太陽さん。勝手にお邪魔していました」
「どうぞどうぞ。姫さまもお喜びになることでしょう」
と、普通に握手を交わしている。
なんなら、初めて会ったアカネに対しても「吸血鬼ですか。寒さは大丈夫でしょうか? 暖房、もう少しあげられますが」と、母目線での心配が先に来ていた……。
「姫さまをお呼びしますね」
「ありがとうござ……この匂いは、カップケーキと」
「クッキーでございます。お仲間が出来て嬉しゅう存じます、はい」
いや。太陽は、再開を喜んだだけではなかった。
風花のお菓子を食べる人数が増えたので、自分の取り分が減ったのだ。それに、喜んでいたにすぎない。
太陽は、ルンルン気分でキッチンへと消えてしまった。
「……ユキ、寒い? 顔色悪いけど」
「い、いや。別になんでも」
「……?」
そんなユキを心配するアカネ。……の、後ろでは、彬人が家来の如くピッタリと張り付いている。何が起きていたのか、会話を聞いていなかったユキにはわかるはずもなく。
無論、彼女が疲弊している理由も、経験していないアカネが知る由もない。
***
「へえ。ユキちゃんの恋人さんなんだ」
「はい。ちょっと乱暴ですけど、一応」
「ふふ。なんか、私と京也くんみたいな関係だね」
「ブッッッッッ!!!」
「…………え」
再開を喜び合い、全員がリビングの椅子に座ったのは、それから20分後。
いつまでも座らずおしゃべりが止まらなかった少女2人を、月が挨拶がてら止めてやっと落ち着きを取り戻した。
いや、今の発言で、若干名息の根が止まりそうになっている。
京也は飲んでいた紅茶を吹き太陽に直撃させているし、さっきまではしゃいでいる風花をニコニコと眺めていた翼は真顔になっているし……。さらに、優一がボソッと「うわ、ゴリラ汚ねえ」と呟き睨まれているところまでがセットだ。
「え、桜木さん。も、もしかして、2人って」
「…………」
と、翼が恐る恐る質問すると、その隣にいた京也も風花の言葉に耳を傾ける。とはいえ、その表情は「別に興味ない」と必死に言い聞かせている風にも受け取れるもの。
しかし、風花は特に気にする様子もなく、
「だって、私も京也くんのこと乱暴だなって思うときあるもん」
「そうなんですね。一緒だ」
と、笑いながらユキと会話を続けている。
「良かった……」
「……そっち」
「……?」
彼女の言葉に安堵したのは、言うまでもなく翼だ。
なお、その真向かいで笑いを堪えている優一と太陽。それに、首を傾げている彬人とくれば、この人たちの関係性がなんとなくではあるものの見えてくる。風音とアカネは、そんなユキの友人たちを楽しそうに眺めながら紅茶を口にしていた。
「じゃあ、再開のお祝いにカップケーキとクッキーどうぞ!」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「あのね、太陽に飾りつけのヒントもらったんだ。追加でクッキー焼いたの」
「へえ、太陽さんが」
無論、「追加で」の言葉でユキとアカネを除く一同が太陽を睨みつけたのは言うまでもない。
しかし、ユキはルンルンで目の前に置かれている色とりどりのお菓子を眺めている。
「クリスマスの飾りつけって、どこでも同じなんですね」
「そうなの? ユキちゃんのところにもジンジャーマン居る?」
「いますよ。サンタさんも、トナカイさんもいます。神や悪魔も」
「神様と悪魔も!? ちょっと違うけど、大体は一緒だね。じゃあさ、じゃあさ!」
と、風花が異世界文化を学んでいる最中に、それは起きた。
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
「!!!」
ユキの後ろに、突如燕尾服に身を包んだ長身の男性が現れたのだ。光も、音もなく。全員が驚く中、太陽だけが土下座する勢いで拝み倒しているではないか。
彼に背を向けていた風花は、気づいていない様子。ユキとの会話を、笑いながら楽しんでいる。
「サンタさんは、靴下とツリー下とどっちにプレゼントを置いていくの?」
「プレゼント?」
「うん。朝起きると、サンタさんからのプレゼントがあるの」
「へえ。こっちではちょっと違いますね。こっちでは、朝起きるとサンタさんからの手紙が枕元に置いてあるんです」
「手紙?」
と、会話が進む中、主人越しに目の前のお菓子類に手をかざす神谷。ぶつぶつと何か呪文を唱えているのだろうが、その声は小さすぎて誰の耳にも聞こえない。かすかに彼の手が光るものの、もともと電気がついているため目立たないのだ。
「はい。こっちの世界では、サンタさんが両親の手紙を届けてくれるんです」
「お父さんお母さんの?」
「そうです。私、両親が亡くなっているので、毎年その手紙が楽しみなんですよ」
「あ、……そうなんだ」
「暗くならないでください。……だから、私たちの世界では、クリスマスは奇跡が起きる日として知られているんです。ね、太陽さん」
「はい!! ごもっともでございます!!」
「ふふ、太陽ってばはしゃいじゃって。そんなにクリスマスが好きだったの?」
「三度の飯より大好きでございます!!!」
「……?」
太陽の態度に最初は呆れていた他のメンバーだったが、突如現れた男性がお菓子に何か細工をしたことだけはわかった様子。役目を終えた神谷が深々と一礼すると、それに習ってほぼ全員が合掌を捧げたのは少々異質な光景だろう。
彬人も空気を読んだのか、何も言わずに合掌している。
風花も気づいて後ろを振り向くも、すでにそこには誰もいない。
「……?」
「さて、食べましょうか。風花ちゃん、どれがおすすめですか?」
「あ、えっとねえ。ユキちゃんにはイチゴのやつで、風音さんにはチョコレートの……」
と、ユキは大好きな風花の笑顔を守り抜いた。
昨年のクリスマスで助けられた、彼女の笑顔を。
久しぶりに会う親友は、きっと何度も困難を乗り越えてここに居る。それに気づいたユキは、彼女を支えたいと強く願っていたのだ。それに、執事である神谷が手を貸したにすぎない。
きっと、それに気づいたのは、太陽と京也くらいだろう。他の人は、目の前のお菓子の味に気がそれている。
「……?」
「……?」
今の衝撃で切り替わった月と初めて味を知るアカネだけが、完全に置いてけぼり状態でお菓子を取り分ける2人を眺めていた。
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