1話:最初の挨拶は「はじめまして」
「〜♪」
風花は、ご機嫌である。
なぜなら、自身で作ったカップケーキの飾りつけが上手にできたから。キッチンからリビングの机へ、その力作を楽しそうに運んでいる。
「……」
家へ帰る途中に捕まった相原翼は挙動不審に、リビングに飾られている置物や戸棚へ目を向けている。
いつもなら、淡い恋心を寄せる彼女……風花に釘付けなのに、だ。
「……」
「……」
同じく帰宅途中に
その膝の上には、これでもかと力の込められた拳が置かれていた。しかしそれは、怒りに震えている訳ではなさそうだ。
風花の表情と比べ、男子3人は真逆を通り越してなんだかこれから拷問でも受けるかのような顔を披露していた。
「姫さま、上手にできましたね」
「でしょう!」
「はい。カップケーキの上に、クッキーで作ったお菓子の家を乗せるなんて素晴らしすぎます!」
「えへん!」
「……ところで、そのクッキーは誰が」
そんな中、太陽だけはいつも通りの態度である。ニコニコと優しい笑みを、主人である風花に向けていた。
しかし、優一は見逃さなかった。彼のピスポケットに、胃薬が入っていることを。
そう。
風花の作る料理は、なぜかその……味がアレになってしまうのだ。材料、分量を守っているのにもかかわらず、だ。
「私が作ったの! ほら、クッキーなら片手でサクッと食べられるでしょう?」
「素敵です! 姫さま!」
「これで、特訓中もお腹が空かないよ!」
「天才です! 姫さま!」
「えへへ。太陽には、みんなより多めにあげるね!」
「最高です! 姫さ……あ、ありがとうございますぅ」
と、どんどん声のトーンは暗いものになっていく。
それを横目に眺める男子3人は、やはり決して目の前に置かれていく色とりどりのお菓子には目もくれない。
「
「そこに、
「
いつもなら彬人の発言は「何言ってんだこいつ」扱いなのだが、今回だけは例外のようだ。各々、思いつく限りのワードを彬人へ託している。
「
「……あ」
と、そこへやってきたのは、黒田京也。
いつもの服装とは異なり、パーカーにジージャンというラフな格好でみんなの様子を見ている。その身に纏う空気から察するに、今日は敵ではなさそうだ。
「京也くん! いらっしゃい」
「ようこそいらっしゃいました」
「何の用だよ、太よ……。ああ」
どうやら、太陽に呼ばれて来たらしい。そして、テーブルの上に置かれたお菓子の数々、男子たちの表情から何かを察した様子。
ため息をつくものの、他の男子のような落胆は見せない。……いや、「見せないようにしている」という言葉が正しいのかもしれない。
「クリスマス近いからか?」
「うん! 美羽ちゃんに一葉ちゃん、結愛ちゃんとうららちゃんにあげるんだ。今日は、その予行練習なの」
「で、こいつらが捕まった……と」
「さすが、ゴリラ。野性のカンは伊達じゃねえな」
「おいおい。今日は、別にお前らを傷つけるつもりはねえ。むしろ、俺が傷つけられる立場なんだから、今のうち優しくしろよ」
「……こいつ、腹括ってきたな」
「不滅のゴリラ、か」
「……?」
目の前で繰り広げられるやりとりに、風花は首を傾げる。
その光景を直で視界に入れてしまった翼の顔が、真っ赤に染まったのは言うまでもない。なんだかんだ言って、彼女に惚れ込んでいるのだ。
それは側から見ればわかりやすいのだが、如何せん鈍感に鈍感を重ね、さらに鈍感で塗り潰したような2人だ。気づくわけもなく。
「さて、みなさん。手を洗ってからいただきましょうか。私は、紅茶を入れて参りますので」
「じゃあ、私は作ったやつ持ってくるね」
「え、まだあるn「た、楽しみだなあ」」
ここにいる全員、風花を傷つけようとしている訳ではない。
故に、今までもこうやって誤魔化し誤魔化しやり過ごしてきたのだ。風花に思いを寄せる翼と勘の良い優一の気遣いがなければ、ここまでやってこれなかっただろう。
「逃げんなよ、太陽。……月も」
「……チッ」
京也は、彼の存在も忘れていなかった。
その言葉に反応したのか、太陽の髪が真っ黒に染まっていく。そして、釣り上がった目から、何かビームが出るのではないか? と思わせるような鋭い視線が。
しかし、これ以上の会話はない。月は、風花と共にキッチンへと消えてしまった。
「じゃあ、俺らも行くか」
「洗面台ってどこ?」
「こっち、だ……!?」
「!?」
男子4人で、洗面台へ向かおうと重たい腰をあげたところで、異変が起きた。
リビングの真ん中に、突如空間が生まれたのだ。これは、太陽が使う扉魔法に似ているもの。まばゆい光を放ちながら、誰かがこちらへ来ようとしている。
「お前ら、端に寄れ!」
しかし、誰もが感じたことがない魔力だった。
先に動いたのは、京也。
彼は、素早く3人の服をひっぱり強引に壁際へと追いやる。そして、自身は翼たちを守るべく前面に出た。
「俺らも「来るな! お前らが傷ついたら、風花が泣くんだよ」」
「……お前が傷ついても、桜木は「あれ。僕、この感じ知ってる」」
緊迫した様子の中、いつもと変わらないのは翼だ。
少々眩しいらしく目を細めつつだが、しっかりと前を向き声を発する。続いて、
「確かに。これ、バレンタインの時の……」
と、翼に続き何かに気づいた優一が、京也を追い越し前へと進んだ。
そんな様子に、京也と彬人が唖然としていると……。
「今回は、ちゃんと地面に出ましたね」
「は? 前回はどこに出たの?」
「見渡す限り、空だった」
「……マジかよ」
白髪少女を真ん中に、青年2人が現れた。しかも、青年の1人はなんだか大きなプレゼント袋を持っている。
「……誰」
その姿を見て敵意はないと判断した京也が話しかけると、白髪少女が口を開いた。
「初めまして! 桜木風花ちゃん、いらっしゃいますか?」
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