悪魔の少年と少女の亡霊

山咲銀次郎

第1話 きらわれものと天使

ある大阪のうだるほど暑い日、いつものとおり父母が昼間から喧嘩をしていた。


スナックで働いている母と、そこでバーテンをしている義父、だいたい原因はわかる。


いつも金の話題だ。


小学校5年生の銀次郎はもうとっくになれてはいたが、そんな雰囲気の家にいるわけにもいかず、遊ぶ相手はいなかったが、いつもの公園にでも行こうとでかけようとした矢先、母親が泣いた顔を向けてこちらに言った。


「・・銀次郎、ママはお父さんの借金のせいで他の男と寝ないとだめなんで?」


その瞬間、義父の顔つきが変わった


「このダボがぁ!!」


義父は近くにあったボールペンを掴むと、力任せに母親の太ももにそれをねじ込んだ。


「・・ギィィィ!」


母親は声にならない悲鳴を上げた。


自分はいてもたってもいられず、そのまま家を飛び出してしまった。


近くの公園につくと、脇の木につながれた犬がいた。


時々この公園にはこうやって犬がつながれている。誰かが捨てているのだろう。


自分はそのへんの棒きれを掴むと、その犬めがけて何度も振り下ろした。


何度か殴っていくぶん気がはれると、自分はポケットに手をつっこんでまた行く当てのない散歩を始める。


そんな自分、少年銀次郎は地元の小学校に通ってはいたが、あまり学校に顔を見せない子供だった。


引っ越しの多い銀次郎は友達もおらず、TVもないゆえに流行の番組の話題もわからず、話すきっかけさえつかめなかった。


いつしか友達を作るのをあきらめて、給食の時も1人黙々と食べて、下校のときも1人帰るような、そんな学校生活があたりまえになっていた。


しかし、そんな生活の中にも、1人だけ銀次郎に笑顔で接しようとした女子生徒がいた。

名前は高岡さん(仮名)という。


彼女は偶然自分の隣の席に座った女子生徒に過ぎなかったが、なぜか色々話しかけてくれた。


自分はそういう彼女が当初めんどうくさくて、無視したりもしていたが、嫌いではなかった。


それどころか彼女に対して好意さえ持っていた。


彼女は当時はやっていたキキとララのきれいな筆箱をもち、清潔な服をつけて、いつもいい匂いがしていた。


特徴的だったのはその髪の匂いである。


母親と同じエメロンの匂いだった。


しかし不思議なのは、クラスで汚いだとか、臭いだとか、そうやって嫌われていた自分に彼女だけは優しく接してくれたことだ。


その反面、銀次郎は彼女に自分の気持ちとは真逆の行動をとってしまった。


無視をしたり


「・・うるさいブス。」


と心にもないことを言ってしまっていた。


ある日のこと、宿題をやってこない自分に当時の教師は業を煮やして、放課後も居残らせてたまった宿題をさせようとした。


が、そんなことに従う銀次郎でもなく、クラスの子供達がある程度教室からいなくなると、自分もランドセルを背負い教室から出ようとした。


そんなとき、後から高岡さんの声がした。


「・・銀ちゃんあかん。先生ゆうたやろ?」


「・・・余計なお世話や、高岡、なんでお前にそんなこといわれなあかんねん?」


「・・・」


「わしお前にそんなこと言われる筋合いないぞ」


「・・・銀ちゃん、あかんもんはあかんねん、私も銀ちゃんが帰る時間までおるから、がんばってやろ?」


未だに、当時の高岡さんがどうして自分にそこまで世話を焼こうとしたのかわからない。

だが、彼女の声には何か切実なものが感じられて、しかたなく自分は教科書とノートを出して、その日しなければいけなかった宿題のため改めて机に向かった。


その間、高岡さんは当時クラスで買っていた金魚や小鳥の世話をしていた。


漢字の書き取り200字を終えて、教師の机に置き、やっと帰ろうとした。


すると高岡さんは、そのノートを見て


「・・・あかん!銀ちゃん、ふりがな書いてないやないの?先生ふりがな書けっていうたやん。・・」


自分は無視をして帰ろうとした。


それでも高岡さんは自分の後から声をかけてくる。


「・・・銀ちゃん?」


自分は高岡さんのほうを振り返ると、彼女を押し倒し床に押しつけた。


胸をわしづかみにして強く何度も揉んだ。


彼女は当初何をされているのかわからずパニックになっていたようだったが、しばらくすると


「・・・わああああ!」


と顔を真っ赤にしてなきだした。


さすがに自分が手を止めて力を緩めると、彼女は教室から飛び出していった。


自分はいつものごとく数日それから学校を休んでまた学校にいくと、高岡さんはやはりどこかぎこちなかった。


それはそうだろう、小学校五年生とはいえ、もうそろそろ男女の感情は芽生えてくる、ああいうことをした自分に彼女は二度と口を聞かないだろう。


自分はそう思っていた。


しかし案に相違して彼女はぎこちないながらも笑って話しかけてきた。


給食時間だったと思う。


「わたしね、ししゃもがあかんねん。食べられへんから、銀次郎くんにあげる。」


自分は驚いてしまった。


子供でありながら、罪の呵責に苦しんで自分は寝られなかったのに、どうして彼女はこうやって優しく自分に接することができるのか。


自分は彼女がくれたししゃもを食べている途中、少し目を赤く腫らしてしまった。


泣きながらししゃもを貪り食った。


周囲のクラスメイトからは


「・・銀次郎、目が赤いぞ、そこまでししゃもうまいんか?へんなやつう!」


とはやし立てられ笑われた。


自分はその日から、あれだけいやだった学校が少しだけ楽しくなった。


学校を休む日が多かったが、できるだけ毎日学校へ通うようになった。


そのうち、生まれてはじめて学校の先生にほめれらた。


「・・・銀ちゃんは国語と社会だけはようできるんやねえ。・・・」


算数だけは相変わらず苦手だったが、読書感想文だとか、詩だとか、そういうものだけはクラスで前に立たされ褒められることさえあるようになった。


当時の教師は生徒に詩を作らせるのが好きで、彼女は自分を生まれて初めて褒めてくれた教師だった。


作った詩を少し思い出して書くとこんな詩だったように思う




死んでしまった骸のそばに


ぼくの壊れた心がある


朝日が入り込まない部屋のなかに


笑わないぼくの顔がある


時間がすすまない暗い夜の部屋


月が照らすぼくの壊れたからだ



小学生の作ったたわいない心象風景だけの詩だったが、なぜかその先生だけは絶賛してくれた。


豚もおだてりゃ木に登るという言葉があるが、褒められて悪い気持ちになる人間などいない。


そのせいか当時の自分は、なんだか学校にいくのが楽しくなった。

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悪魔の少年と少女の亡霊 山咲銀次郎 @Ginziro-yamazki

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