第3話 ファーストコンタクト

 目の前には、先ほどの颪ファンとは似ても似つかなぬスリムな女性がソファに腰かけて足を組みこちらを眺めている。電車の中にいたはずが……、高級ホテルのラウンジのような場所にいる。但し、正面以外の視界はぼやけて色彩しか判らない。

 凄絶なまでに美しい容貌、しなやかに伸びた肢体、露出度が高い紫色のタイトなドレス、見たことのない妖艶な女だ。だが性的な興奮は微塵も感じない。彼女が発する得体のしれない雰囲気に身も心も縮みあがっている。


「えっ? 電車の中なのに、なんでソファ? っていうか、あなたは誰?」


「ここはカリスの結界の中。あなたたちと話がしたくて、こんな手の込んだ方法で呼び出してみたの。お気に召したかしら?」

 彼女はおかしそうに笑うが、こちらは顔が引きつって笑えない。


「私はあなたが昼間、言い当てたもの、そう〝旗竿〟の種族の一人よ」


「旗竿? 練習場の? フェルミのパラドックスの話をした時の?」


「そうよ。この銀河から文明を根こそぎ刈り取る者、あなたたちの言葉に無理やり訳すと『絶滅教徒』、音声で表現するなら、〝ドゥーハン〟かしら」


 結界の中で、カリスと称する女性から『絶滅教徒』の歴史が語られた。この銀河は、17億年程前には多数の知的生命体が共存する世界だった。ある時、『超越者』の神託が現われ各種族は、最後の一種族になるまで狂信的な粛清戦争に突入したそうだ。最後に行き残った種族〝ドゥーハン〟とその眷属が、銀河中央の超巨大ブラックホール〝ギンヌンガガプ〟の中で『超越者』を待つ眠りについた。1億5千万年に一度、眠りから覚めて、新たに誕生した宇宙航行種族を滅ぼす戦いを起こし、凡そ3千万年の掃討戦の後に、また眠りに戻る。


「1億5千万年はとても長いわ。『絶滅教徒』の死の咢から逃れる術を持つ知的生命体が現われる可能性は十分にある。だから私たちカリスが銀河全体に感応網を張り巡らして、我々の存在に気づいた者を葬っているの。お前たちはまだ宇宙航行種族と呼べるような代物ではないけれど、我々の存在と隠遁の地、隠遁する方法を言い当てたことを誉めてあげるわ。お前たちを滅ぼすこととします」


 手の込んだ悪戯を仕掛けられている気もするが、目の前の女性の話は真実に思えた。

〝冗談じゃない。滅ぼされてたまるか!考えろ、これから逃れる方法を〟


「待ってくれ、そんなすぐに忘れるような思い付きで俺たちを滅ぼすな! きっと明日の朝には忘れてる」


「連名で課題の回答にするのでしょ? 忘れる訳ないと思うけど?」

意地悪い応えを受けて、話題をそらすことにした。


「それにしても……『超越者』の神託ってどんな内容だ?」


「いいわ。『絶滅教徒』に伝わる『超越者』の神託を、教えてあげる。






種族によって伝承は少しづつ異なるけれど、概ね、この内容ね」


「待つ間に、滅ぼすのは邪悪な者だけなのでは?」


「そうとも取れるわね? でも『絶滅教徒』はその名の通り、生命を滅ぼすことが悦びなの、だから細かいことは気にしないわ!」


「細かいところも気にしてくれ‼ こちらは死活問題だ‼」


「それもそうね。あなたたちが邪悪な者でないことを証明すれば考えてあげよう…かしら?」


「留守番しているあなたにそんな権限があるのか?」

〝しまった。あまりにあっさりと生存の可能性が出てきたので、つい皮肉を言ってしまった〟


 巨大な雷が、間近に落ちたような衝撃を受けた。妖艶な女性の姿から、いきなり巨大な蜘蛛に似た多くの足を持つ節足動物に姿を変えたカリスが咆哮した。

「つけ上がるな‼ 虫けら‼ 我らを何者と心得る? 銀河の覇者、ドゥーハンの睡(ねむり)を守りし者ぞ‼ 『絶滅教徒』の帝族であろうと我らの決定を覆すことはできぬ‼」

 周囲は漆黒の闇と変わり、紫色の無数の稲妻が爆ぜている。


「許してください。もう疑いません。ご提案通り証明させてください!」

腰を抜かしかけて、床に突っ伏して土下座のような恰好で平謝りで許しを請うた。


 地獄のような景色が一転してもとのラウンジに戻った。

「あははは! いい様ね! 許してあげるわ! あなたたちの生き残りをゲームで決めましょうか? そのゲームに勝ったら邪悪な者ではなかったことにしてあげる」


「どんなゲームをすればよいのでしょうか」

カリスの真の姿を目にして更に萎縮したせいか、自然と敬語になっている。


「私の出すクイズの正解を当てるのよ。詳細は追ってメールするけれど、この接触方法はとても疲れるの、今度のゲームはWEB会議で行うからZUUMの環境を用意しておいてね。メンバーはあなたたちを含めて3名よ」


「メール? ZUUM?」意外な言葉を反芻して、顔をあげた時には、カリスも大柄な颪ファンの姿もなく、車内は普通の颪ファンで満ちていた。

 隣の席に座っていた安田の顔面が蒼白になっている。ガタガタと震えながら話しかけてきた。

「見…見た…見たよな…あの大きな蜘蛛みたいな化け物?」


「見た! そして聞いた‼ 俺たちに人類の未来がかかっている‼」

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