第21話 牡蠣殻の夜

 夜、ひとけのない畑の一本道を歩いていると、大きな黒い塊が立っていた。街灯もまばらなので、近くまでよらないと何かわからない。やだなあ、変質者だったらどうしよう、と思っていたら、見事に変質者だった。自論だが、変質者には能動的変質者(襲ってくるやつ)と、受動的変質者(見せつけてくるやつ)の2種類がいる。

今回のは受動的な方だった。

すっぽんぽんのおじさんが、胸に牡蠣殻を2枚つけて佇んでいた。(隠す場所はそこじゃねーだろ)と思いつつも、外気温が0℃を下回っているにもかかわらず、己のリビドーに忠実な生き様に関心してしまった。うっかり歩調を緩めてしまったものだから、おじさんとばっちり目があってしまった。なんということだ、まるで聖母(おじさんだが)のような眼差しで私を見つめているではないか。「あ、お疲れ様です」と小さく会釈をすると、あちらも慈愛に満ちた微笑みで会釈をかえす。なんなんだ、このやりとりは。我に返った私は、再び歩く速度を上げて畑の一本道を進む。


 すると、困ったことにまた黒い人影が現れた。一晩に二回も変質者に遭うのは勘弁して欲しい。しかし、私の願いも虚しく、こちらもしっかりと変質者であった。先ほどのおじさんと同じく受動的なタイプだったが、トレンチコートの中にセーターを着込み、局部だけを見せつけるスタイルだった。

しかも、セーターの端からヒートテック風の下着まで見える。


強烈な怒りが湧いてきた。

「てめえ!何しっかり防寒してんだよ!向こうのおっさんなんてなあ、牡蠣殻2枚で勝負してんだぞ、見習ってこいやこの露出狂!!」

自分でも説明のつかない力に突き動かされ、そいつの襟首を引っ掴んで、牡蠣殻のおじさんの元へ引きずっていった。あいかわらす牡蠣殻おじさんは慈愛に満ちた表情で佇んでいる。


「おら、しっかり見ろ!やるならここまでとことん突き詰めろ!」

トレンチコートのおっさんは、がっくりと膝をつき、赦しを乞うように牡蠣殻おじさんを見つめていた。そして、牡蠣殻おじさんは、やはり聖母のようにトレンチコートのおじさんを見下ろしている。

見つめ合う二人の露出狂。

その邂逅の様子に満足し、私はこの上もなく清々しい気持ちで帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る