第9話 メサイア

ちょっと見ただけでは、私に障がいがあるように見えないだろう。内臓の病気で、これが難病なものだから、手帳持ちなのだ。最近は「ヘルプマーク」という赤地に白抜きで十字とハートが描かれたピクトグラムが普及して、配慮してくれる人が増えてきた。有難いことだ。


 ある日の通院の帰り、夕方の電車はとても混雑していた。立っていられる自信もないのでしかたなく優先席に座ることにした。ちらりと立っている女子高生がこちらを見たが、ヘルプマークに気付いたらしく、目が合った私に小さく会釈するような反応をした。


ところが、事件は次の駅で起きた。リュックサックと帽子の━ピクニックか登山かの帰りだろうか━の老夫婦が乗ってきて、妻の方があきれた顔で私にこう言ったのだ。

「あなた、なんで優先席に座っているの?立ちなさいよ」


内心ばーかばーかばーかと思いながら、悲壮な顔を作ってヘルプマークを周りの乗客に見せつける。


「え、あのばあさん、ありえなくない?」

「大丈夫ですか?体悪いんですよね?」

「ばあさんたち遊んできた帰りだろ?遊んで疲れたってふざけてんのか」


私は一層悲壮な顔を作ってこう答える。

「いいんです、外からではわからない病気なので」


ほどなくして居心地の悪くなった老夫妻は席を立ち、隣の車両に移っていった。

その席に、ありがとうございます、と周りの乗客たちに言いながら座ると、みんなの顔に「私/俺はかわいそうな人を助けてやったぜ」という慈悲の微笑みが浮かんだ。


みんな、気付いてる?その、「助けてやった」という満足感、自分の肯定感を満足させるのに使っていることを。真の親切心じゃなかったら、ただのメサイア・コンプレックスなんだよ。

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