第8話 遅い春
生物学的性別、女。鏡に映る貧相な自分の体を見つめながら、不思議な気持ちになる。女の器には、皆等しく女の魂が宿るものではない。私は自分が女性であるという自覚が薄く、同級生たちが「かっこいい」という男子の良さがわからなければ、これまで男子に恋心を抱いたこともない。
かといって、女子が好きなのかと言われたら、それも違う。美しい子は確かに好きだ、しかし鑑賞するのが好きなのであって、一緒にいたいかと言われたら、やはり違う。
男にも女にも友情を超える好意をもたず、恋に振り回されてぐちゃぐちゃに心をかき乱されている友人たちを眺めながら、平穏な日々を送っていた。
大学を卒業し社会人となっても、心を揺さぶられるようなことは起きなかった。
嵐は突然、訪れた。
平々凡々と暮らしていたある日、隣のデスクの同僚が寝ぐせを付けて出社してきた。
「頭、ひどいよ?」
「えっ、ほんと?教えてくれて有難う」
愛嬌よく答える彼女の顔を見た途端、指先から這い上がるような喜びと、頭からぶっかけられたような羞恥心を得た。これは、恋。天啓のように直感した。
私、彼女からどう見えているんだろう、今の発言、冷たく聞こえていないだろうか。
今まで彼女とどう接してきてたっけ。
尽きない不安と、ざらりとした無上の喜びに襲われながら、皆こんな嵐のような感情に襲われて生きているのか、と今更ながらに知った。
ようやく私に訪れた、春。
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