第6話 母が入院したこと

母が「左半身がおかしい」と言い出したのは、昼食をとりしばらくした頃だった。いそいで病院に連れて行き、MRIで脳梗塞と判明、すぐに処置となった。


S市に住んでいる私は、とるものもとりあえず、実家のあるN市へ向かった。

青白いライトに照らされて、白いリノリウムの床を見つめながら、赤い「手術中」のランプが消えるのを無言で待つ。

「発見が早くて良かったです。それとは別に、未破裂の瘤があるので後日その処置を」母は一命をとりとめた。麻酔が聞いている母の病室を訪れ、久しぶりに会う母の顔をじっと見る。歳をとった。私も歳をとるわけだ。


━今年ではなかったら、上記のような流れになっていただろう。冒頭の部分は事実だ、母は脳梗塞で緊急手術となった。幸い後遺症も軽くて済むとのことだった。


しかし、新型ウイルスの影響で、家族であるところの父の立ち合いも許されず、当然面会、見舞いも禁止、必要な物品は病院側が用意した。S市に住む私は電話で「入院の同意書に名前書くから。来ても会えないし、することないからこなくていいよ」と言われ、「母が脳梗塞」という事実はなんの実感ももたらさなかった。

もし、発見が遅くて生死を彷徨う状態になったとしても、病室で見守ることすら許されず、最期すら見送れない。家に亡骸が戻るときにようやく会えることになっていただろう。


新型ウイルスの感染拡大という事態は、患者数を増やす、医療リソースを消耗させるだけでなく、間接的に愛する人たちとの大事な瞬間まで奪い、計り知れない精神的損失を与えるのだ。暗雲はいつ晴れるのだろう。

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