第30話 融合体


「陰キャが僕が始末してあげるよ。仙台青葉! しずくのためにも」


 かがりを追っていた俺たちだったが、木の上には蒲生の姿があった。かがりの背中が遠のいていく。




「蒲生! しずくはどこだ!」




「しずくは、僕と同じになるんだ。完璧な存在に!」


 木の枝を折り、木から飛び降りながら俺に迫って来る。




「エル!」


 俺は咄嗟に刀身の折れたナイフを構える。しかし、エルからの返事もなく、黒い粒子も全くない。




『パパ……ゴメン……エル……チカラ……デナイ』


 エルの声が脳裏に響てくる。




「ぐうっ!」


 蒲生の攻撃を避けることができずに、蒲生の手に握られた枝が伸び、俺の右腕を射抜く。鮮血が飛び散る?




「青葉! はなちゃん!」


 相馬が俺に駆け寄り、はなに目配せする。その合図とともに、巨体が出現する。その巨体は、廃病棟で見たものより、一回り程大きくなっている。相馬が、手をかざすと巨人の身体から、無数の手が伸びていく。


 そして、その手は、蒲生の身体に巻き付く。そして、相馬が胸の前で手のひらを閉じる。メキメキという何かが折れる音ともに、木くずが落ちていく。




「ひどくないか! 相馬くん。僕らは友達だろう?」


 森の中から、声が聞こえてくる。




「蒲生向陽。君は友達なんかじゃない。君さえいなければ、かがりちゃんも、しずくも青葉も苦しむことはなかった!」


 相馬が森を睨む。そう。かがりの死に蒲生は関わっている。俺を含めてクラスの人間、いや、町の全員が知っている。




「何を言ってるんだい。あれは事故だよ。偶然だよ。そりゃあ。可愛そうだと思ったよ。だから僕がかがりちゃんも愛してあげようって思ったんだよ。僕、優しいだろ!」


 木の陰から蒲生が現れ、眼を見開き、天を仰ぎ見ながら叫んでいる。笑顔を向けてゆっくりとこちらに近づいてくる。




「蒲生おぉぉ! 何をぬけぬけとお前は!」


 再び俺のこころを怒りが満たしていく。蒲生に殴りかかる。俺の拳から赤黒い炎が出現する。そのまま、蒲生の頬を殴りつける。蒲生の顔が発火する。




『へぇー』


(純粋な怒りの感情か。エルを通してないのに世界の理に近づいてるみたいだね)




「気が済んだ? 青葉くん。無駄だよ。僕にそんな攻撃は効かない。」


 しかし、蒲生の身体はびくともせず、頬に食い込む俺の拳をじっと睨む。




「あ、そうか。君のお父さんも。あ、ごめん。ごめん。でも僕悪くないから。あ、そうだ。僕が君をお父さんに会わせてあげればいいんだ。」


 蒲生が、ガッテンとばかりに手で槌を打つ。すると、天を仰ぎ見て叫ぶ。




「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


蒲生の肌が浅黒く変わっていく。そして、身体が段々肥大していく。二メートル程の巨漢となった。髪も、もじゃもじゃのオールバックに変わり髪が腰近くまで伸びる。顔面は赤黒く、紫色の汚れた目が光る。




「驚いた!? これが人を越えた僕の姿! 愛の感情の化身と融合した僕の 僕だけの力――」


 蒲生が両腕を振りかぶって俺に向けて振り落とそうする。そのときだった。




「いてえええ! いてええええ! 嘘だろ!」


 蒲生が急に苦しみだした。そして、そのまま両手をついて息を荒げる。その隙を、相馬とはなは逃さない。巨体から手が伸びる。しかし、巨人の腕が蒲生を捉えることはない。




 蒲生が地面の下に潜っていく。そのまま、蒲生が姿を消す。







「ふんふーん。今日も私の必殺技をお見舞いしますよ」


 京の宮みやこが植物園の門の鍵に向かって、手を動かしている。数秒と経たないうちに「ガチャ」という音とともに、門が開かれる。




「私の最近の日課なんですよね。この時期の植物園は開園していないので、誰もいないし普段見れない姿が見れて面白いんですよね。鳥さんとかいろんな動物さん。今日もうさぎさん見れるかあ」




 るんるんとみやこは足を踏み入れていく。紺色の目が輝いていおり、ステップをしている。




「お父様も最近全然帰って来てくれませんし。私、どうすればいいのでしょう?」


 ぼそぼそと、独り言をつぶやきながら、みやこはお気に入りの場所まで歩いていく。そして、お気に入りの木の下でスマホを取り出して、鞄の名からポテトチップスを取り出す。




「やっぱり、はちみつバター味は最高です。私のお気に入りの一品です。」


 みやこがお菓子の袋を開封しようとしたときだった。




「ん、んんん」


 みやこの頭上から声が聞こえてくる。




「え、? しずくさん? えっ? なんで? どうしよう? どうしよう? え、木ってこんなふうに成長するの?」


 みやこが見上げるとそこにはしずくの姿があった。みやこが腰を掛けていた木に手足が埋まった状態でしずくが縛られていた。みやこは、慌ててポケットの中から、いろんな物を取り出して両手いっぱいに道具を抱えあたふたしている。みやこの手には、液体が入っている瓶やら、お菓子、ゲーム機、不思議な道具が沢山抱えられている。




「え、もう一人、しずくさん?」




「迷子の迷子の子猫ちゃん?あなたのおうちはらりるれろ!」


 みやこの背後から男が迫る。蒲生向陽だ。もじゃもじゃの簾のような髪を揺らしている。そして、みやこの後ろから彼女の口を押え一輪の花を彼女の花に近づける。




「ん、んぐううう?」


 みやこは抵抗するものの、その抵抗むなしくそのまま意識を失う。




「誰だ? ん? 京の宮さんか? 上玉じゃないか……………………待てよ。…………そうか! 僕がすべての美しい女性を幸せにする! そうだ! それがいい!」


 蒲生がすだれのような髪をかき上げる。恍惚とした表情、彼の脳内には卑猥な想像が溢れかえる。




「ぐぎゃ!」




「ここまで進行すると、気分が悪いな。ドクター」


 マスクの男が、現れたかと思うと蒲生を切り捨てる。切り捨てた蒲生に視線を向けるとそこには蒲生の姿はなく人の形を象った木の人形が転がっている。




「いてえええ! いてえええ! 嘘だろ!」


 森の中から声が聞こえてくる。




「さあ、蒲生。覚悟は出来ているか?君は隠れるのが得意なようだが、この剣撃受けきれるか?」


 マスクの男が腰のサーベルに手をかける。




「待て。彼は恵南の大事な駒の一つだ。我らに敵対する気か?」


 ドクターと呼称された老人がマスクの男に問を投げる。




「協力はするが私はどちらの側にもつく気はない」


 マスクの男が軽蔑の眼差しをマスク越しに向ける。彼のマスクは顔面すべてを覆う仮面で、銀色の表面に、右半分に赤い目を象った二つの宝石、左半面に目を象った青い宝石が一つ装飾されている。


 その仮面越しに、老人を睨み鋭い光を放っている。




「何が望みだ?」


 ドクターがマスクの男に問いかける。




「この娘は私がもらい受ける」


 マスクの男がみやこに視線を向ける。




「何だと。目的は何だ?」


(この娘にどんな意義がある? こやつ、いつまでも我らの下に置くのは危険か? だが、教団にこの力を渡すのはおしい)




「好きにしろ。お前らには分かるまい? 安心しろ。今後も手は貸してやる」


 みやこを抱きかかえ、マスクの男が消える。




「偉そうな口を! 蒲生! 感情の化身の生成を行うぞ!」


 ドクターが歯を食いしばり、マスクの男が消えた場所を睨む。怒りのあまり食いしばった結果、その勢いで歯茎から流血していた。そして、蒲生の名を森の中に向かって叫ぶ。









「ドクター。話が違うじゃないか。何で僕が傷つく?」


 蒲生が地面から現れる。




「分からん。しかし、奴は我らの想像を超えている。くそ! 貴様にどれだけの時間と資材を費やしたか。」


 ドクターが蒲生を見つめながらにが汁を飲むように顔を歪ませる。






「しずく。かがり。僕のお嫁さん。ううううううう。痛いよ。僕、わるくないよね?」


 蒲生は大きな腕で、しずくの唇を撫でる。蒲生のその姿は人間というにはあまりにも異常な姿だった。




「さあ、お嬢さん。夢を見てもらおうか? 君の過去を! 感情を解き放っておくれ! 強力な感情はこの世界では一つの存在を形作る。それが理だ!」


 ドクターがしずくの額に手を当てる。

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