第29話 植物園


「暗い。なんだ。俺は死んだのか?」


 宙に浮いた身体。重力を感じない身体。視界には何も映らない。




『少女とお前の魂を接続しているのだ。』


 どこからともなく声が聞こえてくる。




「誰だ!?」




『大量に根源を魂に送り込む場合、魂の波長が合わなければ、魂は崩壊する。この馬鹿の根源をお前を通して彼女に与えている。お前の分をこいつが肩代わりしている。しかし、お前に全く代償がないのはつまらない。ある程度は覚悟してもらおう。しかし、全くこの羊は物好きだ。【あれ】を我に差し出すとは』




 浮いていている緑色の球体の中にアリエムの姿がある。ぐったりと浮かんでいる。




 浮かんでいる空間の下の景色がはけてくる。二人の少女がいる。しずくとかがりらしい。かがりは変わらないが、しずくは幼く感じる。何かに閉じ込められて出れないようだ。彼女たちの姿が見えても、その周りは見えない。




「熱い、熱いよ。かがり」




「大丈夫、しずくは私が守るよ」






 少女が火炎に呑まれていく。俺はその少女たちに手を伸ばす。しかし、その手は届かない。




『人間よ。忘れるな。………………』




 声が途切れる。





「大丈夫? 青葉」


 目が覚めると、あの不思議な空間ではなく、もとの場所にいた。そして、目の前には相馬とはなの姿があった。




「しずくは? かがりは?」


 俺は慌てて相馬の肩を掴んで問いただす。




「へ? しずくさん? かがりちゃんならここにいるけど」


 面食らったように相馬が答える。




「アリエム。今のは……?」


 急いで、アリエムの姿を探す。アリエムがいつも通りに空に浮かんでぷかぷかと泳いでいる。




『見れたかい。彼女の過去を?』




「何言ってんだ? あの声の奴は? 」


 頭が付いていかず、疑問をそのままアリエムにぶつける。




『あいつは、僕の同僚? 仲間? ま、そんなとこ。そんなことより』




「そんなことって、かがりはどうなったんだ?」






『エルと同居させることにしたよ。憑かれるってことさ。じゃないと未練を知らない存在をこの世界で維持するだけで魂を相当消耗してしまう。だから君に宿主になってもらったよ。でも、まあ安心しなよ。すぐに彼女は次の輪廻に行けると思うし、君こういう類の現世のアパートだね。相馬くんの方がすごい大所帯か?』




 アリエムが視線をはなに向けながら、高笑いをしている。視線のさきにはかがりが横たわっている。幸せそうな表情で寝ているようだ。彼女は生きている。存在している。肉体を失ってもまだこの世で満たしたい感情、未練を有している。


 幸せそうな彼女の寝顔からはそんな切実な感情は読み取れない。一体彼女を縛る未練とは何なのだろう。未練を忘れながらも、その未練に縛られているという事実、一方で未練となった感情がなければこの世に存在し続けることができないという矛盾。




「憑かれる? お前のことか?」


俺がアリエムを指さして、尋ねる。




『ボクの場合は、憑くとはちょっと違うけどね』




「お前、【あれ】ってなんだよ? お前が俺の代わりって何なんだ?」




『あれ、あいつ意外とおしゃべりだね。言っただろ。ハッピーエンドが好きなんだって。それより、しずくを助けに行くんだろ』


 アリエムの瞳がまっすぐにこちらを捉えている。アリエムの腹部の体毛が赤く湿っていることに気が付く。




「お前……それ」




『まあ、僕も不死身じゃない。力を使い過ぎたみたいだね。』


 アリエムが俺の視線に気が付いたようだ。なんてことないと言ったように会話を戻す。視線をかがりに移す。


(この世界での実在の維持、それに加えて感情の化身と魂の分離、加えて彼らに与えたお守りに、かがりの魂に僕の一部を分け与えた。あいつらが僕のことを馬鹿だというのも、納得せざるを得ないね)




『ん、ここは? しずくはどこ?』


 かがりが、目覚めてしずくを探して辺りを見渡している。




『やあ、気分はどうだい? これである程度は自由に動けるし、この時間以外でも――』


 アリエムがかがりに声をかける。だが、その声をかがりは最後まで聞くことはない。




『しずく……しずく……』


 アリエムの言葉を遮り、かがりが駆けだしていく。




『ちょ……待ちなよ! まあ、いいか。追いかけるよ』


(しずくの場所はここから少し離れた場所みたいだね。お守りを持たせておいて正解だったみたいだね。双子の魂が自然と引き合うのかな? 方向も合ってるみたいだ。) 


 アリエムを先頭に俺は走り出す。




「ま、待ってよ」


 相馬がそんな俺たちを追って走り出す。





 「しずくを……しずくを助けなきゃ!」


(私が死んでる? どういうこと? 蒲生くん? あんなんだった? それに青葉も確かに変わってた。じゃあ、私は……)




 かがりは猛烈なスピードで走っていた。後ろを追って来ていた青葉達の姿はいつしか見えなくなっていた。




 かがりの目の前には、小さな立て看板がある。そこには『坂下恵南植物園』の文字がある。




『植物園? ここにしずくがいる』


 かがりはそう直感する。理由などない。ここにしずくが囚われていることが分かるのだ。植物園は門が閉められている。




『よーし。こんなもの体当たりで』


 かがりが、植物園の門を押し開けようと門に向かって走り出す。今にもかがりの身体と門が触れそうになったときだった。彼女の身体がすっと門を通り抜ける。




『え、なんで、通り抜けて。あ、そうか。触れないんだった』


 かがりはこれまでの山での生活を思い出す。記憶が鮮明になっていく。




『かがり、気が付いたらこの山に居たんだ。眠くなって目が覚めるといっつも同じ景色……かがり、本当に死んだの……でも……何で?』




 かがりはそのまま、植物園を歩く。すると、人の声が聞こえてくる。




「ふふ。美しい。しずく。君は僕の物さ」


 かがりの眼前には、ツルのような植物に巻き取られたしずくの姿がある。そのしずくを撫でるような視線であの蒲生という男がしずくを見つめている。




『放せ。しずくを返せ―!』


 かがりが悲鳴にもにた声をあげ、目の前の蒲生に接近する。辺りには蝶。蝶の出した火の粉があたりを舞う。かがりの怒りが現れている。葉を失った木々が燃え上がる。




「また、お前か。せっかくのお楽しみを……いつくるか分かっていれば造作もない」


 蒲生は土に拳を突く。すると、地表から木々が生い茂る。蝶が触れるとその木々が燃えていく。燃えた先から新しい木々が生えてくる。


 木々から生えた枝が蝶に向かって急速に伸びて蝶に突き刺さっていく。蝶に触れた部分から燃えていくが、すぐさま生え変わっていく。


 蒲生が、かがりに近づいてまたもや彼女の首を掴みあげる。




『うぐ……く……苦しい』


 足をばたつかせるかがり。そんな彼女に対して蒲生は容赦しない。彼にとってしずくとの邪魔をするものは許さない。




「ドクターから頂いたこの『愛の力』を使えば、できないことなんてない。ん? 待てよ。かがりもこんなに美しい。いや可愛い。この子も手に入れれば、幼い日のしずくとしてるのと変わらなんじゃないか?」




 意気揚々と嬉しそうに蒲生は新たに生えてきた木々の内の一本に、かがりを押し付ける。すると、かがりが埋まっていき、しずくと同様に身体の自由を奪われてしまう。

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