第31話 さよならも言えてないのに

1~四年前~


「ぱぱ。かがり帰ったら、ピザ食べたい。あと、ケーキ」


 かがりが、私の横でパパにねだる。高校生にもなったというのに、いつもの光景だ。私は盛岡しずく。今日は、私たちの誕生日。いつも、パパは私たちのために車を出してくれる。




「待ちなさい。ピザとケーキはお姉ちゃんとママが今作ってるから」


 パパが運転席からかがりをなだめる。




「こら、かがり。パパを困らせないの!」




「だって。早く食べたい!」


 私もかがりをたしなめるも、かがりはぷくーと頬を膨らませる。






「「「ははははははh」」」


 車内が笑い声で満たされる。




「しかし、しずく。そんなもので良かったのか?」




「うん。私、これでいい小説を書くの。ぱぱ、ありがとう」


私は、小さな紙袋を抱きしめるように大切に胸に寄せる。きれいなラッピングが施され、赤いリボンが装飾されている。


今日、パパに買ってもらったものだ。




「しずく、小説家になるの?」




「かがりは、看護師のまま? 変わらないの?」




「うん。お姉ちゃんと一緒にみんなを元気にするの!素敵なナースになりたいの!」


 かがりが、両手を広げる。カチューシャが揺れる。赤い宝石のように目が輝いている。




「なら、もっと、勉強しないとな。そういえば、そのカチューシャも随分使ってるな。」




「しずくとお揃い。えへへへへ」




 車内では、他愛のない会話が飛び交っている。しかし、そんなときだった。大きな衝撃が、私たちの車体を揺らす。




その反動で私は意識を失ってしまったみたいだった。




 気が付くと、目の前には、壁のようなもの。しばらくして、車体の上が潰れていて、それが、壁のように立ちはだかっていることを理解した。




全く、身動きが取れない。気がつくと、喉に痛みを感じ周りには、白い煙が立ち込めている。そして、視線を下に降ろすと足の周りに火が揺らめいていた。




「う……うぅ……」


隣から、呻き声か聞こえてくる。その呻き声のする方に目を向ける。かがりがいた。




「かがり! 大丈…………」


かがりを見て、「大丈夫?」と安否を確認するつもりだった。だか、息を呑むそれしか私にはできない。目の前の光景が信じられない。




 かがりの乗っていた左の後部座席が大きくへこみ。かがりの左腕がへこんだ車体に巻き込まれておびただしい血があふれ出ている。




「あ……つい……い……た……」


(パパ、ママ、ごめんね。もうかがり。駄目みたい。ごめんね)






 どのくらいここにいたのだろうか。それもわからない。朦朧とする意識を無理矢理起こすため、今日パパに買ってもらったペン無理矢理箱から取り出してを脚に刺す。




喉が焼け、息をするのも苦しい。早く外にでて、かがりを、かがり助けなきゃ。私は座席のドアを開けようとする。しかし、開かない。




「どうして……」




「誰か、誰か。私の娘が車に取り残されて、助けて下さい。しずく! かがり! 」


 パパが私の方の座席の窓を懸命に叩いていることが分かる。




「どうして、こんなことに……。このドアさえ、このドアさえ開けば! なんで、目の前にしずくが、かがりが見えるのに。俺は何もできないんだ……どうして……」


 パパの声が聞こえる。私とパパの目が合う。一生懸命ドアを叩く。しかし、無情にもドアは重く私たちを閉じ込める。








「大……丈夫……しずくは……大丈……私ね……神様にね……お願いしたから……」




「何言って、かがり……かがり! かがり!……げほっ!……げほっ!」


 かがりが右手を伸ばしてくる。その手には、熊の小さなぬいぐるみが握られている。彼女の指が私の頬に触れ、その瞬間、だらんと垂れて落ちる。その手に握られていた熊のぬいぐるみが私の膝の上に転がる。


私の頬とその熊のぬいぐるみには、かがりの血がべったりと付着していた。




「かがり!……げほっ!……げほっ!」




私は、熱気に喉をやられ、咳き込む。そのときだった。




「下がってください。窓を壊します」


 私達を閉じ込めるドアの窓が壊される。熱気が外に排出される。そして、パパが私を窓から引き出す。そして、急いで、車内に飛び込む。




「かがり、今、今、助けるぞ!」


 パパがかがりを車内から引き出す。




「かがり。パパだぞ。もう大丈夫だ!」


パパがかがりを抱きしめる。だが、パパは気づかない。




「う、腕が……」


救急隊員が声を漏らす。




「嫌ああああああああああああああああああああああああ」


私は、焼けた喉の痛みを忘れて叫んでいた。




「……う、嘘だ!……こんなの夢だ!」


ゆっくりとパパの視線がかがりの左腕に向けられる。あるべきはずの腕がそこにはなかった。




「娘を娘を……助けて……助けてください…助けてください……助けて……」


 かがりを抱きしめるパパの腕が赤黒く染まっていく。そして、救急隊の隊員にかがりを手渡そうする。しかし、かがりの首、腕、足そのすべてがは力をなく垂れている。はぱの声がだんだんと小さくなっていく。




 救急隊員が一瞬戸惑い。動きを止める。




「早く、妹を………」


 そのまま、最後の力で声を絞り出すと私は再び意識を失ってしまう。




2~四年前②~


「ご愁傷様です。」




「まだ、お若いのに」




 声が聞こえてくる。かがりは病院で死亡が確認されたらしい。私の方は奇跡的に一命を取り留めていた。外傷もやけど程度で、服を着れば目立たないのだという。




 お葬式の控室で死んだで目で、私はぼうっとテレビを見ている。テレビには、『今問われる実名報道の可否~少年の危険運転により死傷者を出した事件の真相に迫る~』というテロップが映し出されている。




 司会者の男性が「これはひどい事件です。坂下町で起こったこの事故は無免許の危険ドラックを服用した少年が父の所有する大型トラックに乗車して、車三台を巻き込み三名の命が犠牲となった悲しい大事故です。ええ。弁護士の田辺先生この事件どのようにお考えですか?」と出演者に話を振る。




「ええ。今回の事件は、少年Aが十代と未成年でありますから、少年事件として処理されるのが通常ですね。実名報道に関しましては、少年は若く更生の可能性を視野にいれて実名報道が禁止されています。また、今回は、薬物を使用していたとのことですが、現状これを加重する法律はありません。加えて、少年の当時の精神状態に鑑みれば、実刑にならない可能性すら――」




「何が、更生の機会よ! げほっ!……げほっ!……かがりを……かがりを返して……はあ、はあ」


 私は周りにあるものを力いっぱい散らかす。私はこの少年Aを知っている。蒲生向陽、私のクラスにいた少年。




「しずく……」


 ぱぱが私を抱きしめる。テレビの電源が消されている。背中越しに分かる。ぱぱは震えていた。




 結局、蒲生は法律に守られる形になった。現状の刑罰では、蒲生を裁くことは出来ないらしい。パパの必死な活動や、この事件が社会に与えた影響から法律が改正された。そんなの意味がないじゃないか。蒲生は少年院に送致されることとなった。許せない。許せない!何が厚生よ。




3~現在~


「許せない! 許せない!」


 しずくの脳裏に数年前の出来事が、溢れるようにフラッシュバックしていく。




「解き放て! お前の感情を! 段取りは整った!」


 ドクターが声高らかに、宣言する。




「見つけたぞ! 蒲生向陽!」


 俺たちは、アリエムに引き連れられて蒲生の元までたどり着いていた。




「うううう……うううう」


 しずくが呻き声を挙げている。そんなしずくのポケットから、何かが落ちた。




「なんだ? この汚いぬいぐるみ?」


 蒲生がその手で摘みあげる。どうやら、小さな熊のぬいぐるみのようだ。




 俺の全身に悪寒が走る。空気が震えている。しずくがゆっくりと瞳を閉じる。その視線の先には、蒲生向陽。そして、しずくが彼の手に握られた物体の存在を認識する。




「触るな! それに触るなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


しずくが咆哮する。

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