第27話 揺れ動くこころ


「しずく! 明日! お姉ちゃんの誕生日だから、一緒にケーキ作ろう!」




 私の目の前にはかがり。遊んでいる最中にこうしていつも突拍子もなく、私に提案してくる。遊びだって急だ。せっかくの休みの日にゆっくりしてても、こっちの都合なんて関係がない。受験だって私とお姉ちゃんが見てあげたのに……。まあ、この町で高校なんてひとつしかないから結果は変わらないかもしれないが。




 大学どうするんだか? かがりは、当の本人は「しずくと一緒ー!」と他人任せ。高校生にもなってこれは幼すぎるのではないだろうか? 




 近寄って来る彼女の髪を撫で肌に触れる。「えへへへへー」猫のようにひっくり返って、私の膝の上を枕にしてくる。




 かがりの肌はあたたかいそんな感じがする。変な違和感を感じる。周りの景色を見渡す。私達は自宅で二人で過ごしている。その瞬間、私は直感した。あり得ないそう思った。これが夢なんだと。人間はあまりにあり得ないと思うと夢の中で夢に醒める。




 何度もこの夢を見た。だから分かるこれが夢なんだと。そして、ゆっくりと目が覚める。そこは暗い私の部屋。




 頬をつたう冷たい感覚。ああ、また夢をみた。この夢を見たときはひどく寂しくなる一気に現実に引き戻されその夢という願望の中でさえも夢を見れない。現実が私のこころを締め付けてくる。




 気が付くと外から朝日が差し込み部屋が明るくなっていた。




「かがり……」


 今日かがりに真実を告げるそうして、この世に残る彼女の未練を断ち切る。あの後、アリエムが私のところに来てもう一度説明してくれた。廃病棟の子たちは未練を強く持っている。だから、この世に長くずっといられる。でも、未練を忘れたかがりのような存在はこの世に残る未練が弱い。そんな状態では、私たちのようにいない者を見たり、触れられる人間でもずっとは認識し続けられないのだそうだ。




 あの時間、夕方のあの時間だけかがりは現れることができるという。




 本当に次の人生があるのだろうか。




「分かってる。間違ってることなんて、何をすべきかなんて、でも、でも! でも……」


 脳裏に浮かぶかがりとの記憶、無邪気に笑う彼女の姿、駆けていく姿、そのどれもが愛おしい。かがりをまた失うのが怖い。でも、このままではかがりの存在そのものが消えてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。




 枕を思い切り抱きしめて、私はまた泣いていた。なんて弱い人間なんだろう。なんて、醜いんだろう。かがりが居なくなってしまうのに、自分の寂しさを紛らわすためにこのままでいいじゃないか。アリエムさんの言ってることがウソかもしれないそんな自分に都合の良いことを考えている。




「かがり、決めた私」



「し・ず・く。今日は何して遊ぼうか? せっかくお山にいるから何しよっか?」


 かがりがしずくに問いかける。金色の髪を風が撫で赤みを帯びた頬を西日が照らす。しずくは自分なりの答えを出していた。だからこそ、この場に来て最後に二人きりの時間を作りたかった。だが、そんな覚悟を決めた彼女であったが、いざかがりを目も前にすると言葉が出てこない。




 彼女は決めていた。青葉が来る前にすべてをかがりに打ち明けると、人に頼ろうとしていた。それが、そもそもの間違い。逃げているのと一緒だと。彼女は自らの意思でそう決断していた。それなのに、いざ目の前の少女を目にするとどうしようもない。




 だが、いたって自然だろう。何年もの間、この盛岡雫もりおかしずくはこの盛岡篝もりおかかがりの死から目を背けてきたのだ。かがりに事態の報告をするということは、自らが何年もの間、目を逸らしてきた事柄と向き合わなければならないのだから。人はそれほどまで強くない。それがその人物の根底を支える何かだったらなおさらだ。




「どうしたの? しずく?」


 こちらの問いかけに応じずじっと見つめてくるしずくにかがりは再び言葉をかける。首をかしげながらしずくに近づいていく。しずくとお揃いのうさぎのみみのようなリボン型のカチューシャが揺れている。




「しっ! しずく!?」


 しずくが、かがりに抱き着いていた。ぎゅっと力一杯抱きしめている。これが最後そう自分にしずくは言い聞かせる。そして、気が付く。いままで、意識もしていなかった。姉と妹、彼らは双子であってかがりがいなくなるまで背丈も変わらなかった。しかし、今はしずくとかがりではかがりの方が小さいことがはっきり分かる。過ぎ去った年月がそうさせたのだ。




 そんな事実さえ、しずくの落ち込んだ心を打ちのめすには十分だった。




「大丈夫だよ! しずく。かがりお姉ちゃんがいるからねー」


 かがりは、しずくの頭ををなでる




「お姉ちゃんは私……ぐす」




「あれ、しずくさん。泣いてるの?」


 昨日、物陰から気配を消して覗き込んでいた男の一人がしずくに話しかけていた。そして、無造作のしずくの肩に手を掛けると自らの胸に引き寄せる。




「いや、やめてください!」


 しずくが嫌悪感を露わにし、男を振り払おうとする。しかし、小柄なしずくに男に抗う術はない。ましてや、傷心しきったしずくにそんな力はないのは当然だった。




「嫌がることないよ。僕が君を癒してあげるから」


 男がしずくの首筋を舐める。




「放して、しずくに何する気?」


 かがりの瞳が赤い輝きを纏っている。その瞳が男を睨みつけている。







俺は再びあの大千寺の山に向かっていた。かがりとしずくと会うためだ。昨日のように寺の門の前で待ち合わせをしたかったのだが、始めは、しずくが一人でかがりにまずは会いたいと彼女が俺に伝えてきた。そして、当時のことを後でかがりと一緒に聞いて欲しいと頼まれた。




 昨日のことを思い出す。何故か、いままでの俺では考えられないことをしてしまった。しずくを抱きしめてしまった。何故だろう?


急に彼女の柔らかい肌の感触を思い出して顔に熱を感じる。俺は、これまで、ずっと女性、というか人を遠ざけてきただから女性をあんなふうにするのは初めての経験だった。いまさらだが、しずくと会うことに緊張を覚えている。




 しかし、これから起こること、しずくの想い、かがりの気持ちを考えるとそんな浮いた感情も消えていく。そんなことを考えた自分が恥ずかしくも思えてくる。




 昨日、相馬たちにあった場所を過ぎると、河川が広がっている。河川敷は暗く。水面が風によって激しく揺らめいている。十数羽の鳩が夕暮れの空を舞い上がる。エルが鳩を追いかけているようだ。




「エル、いじめちゃ駄目だよ」


 エルは無邪気に遊ぶこどものようだった。




『ごめんなさい』




「アリエムは?」


 俺がエルに問いかける。




『ネル……トカ……イッテタ……ハコノナカ』




「はこ?」




『イツモ……アイツ……シカクイハコ……ハイル』




「そうなんだ」


 俺はそう返すと、河に架かる橋を歩いていく。これから起こることを思うと足が重く感じられた。そう思っていたその瞬間、エルがいきなり目の前で慌てるように羽ばたく。




『パパ……シズクガ……シズクガ……ハヤク!』


 エルが何かを俺に伝えようとしている。




「しずくがどうしたんだ!」


 俺はエルに視線を向ける。




「キケン……タスケナイト!」


俺の胸にエルが飛び込んでくる。俺は走っていた。いままでにない速さで

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