第25話「かがりちゃん」っていいます


 昨日、家について高校時代までを過ごした自室のベットに転がり込むと、しずくから待ち合わせは十六時という明確な時間が提案された。本来ならば、今日この町を出て東京に帰る予定だったが、この町から出ることは叶わない。しずくの提案通りに十六時にお寺、大千寺たいせんじに集合することとなった。




時刻は十五時。俺はしずくに指定された時間に目的地に着くため、エルと一緒に家を出ていた。




 大千寺はこの町の西方の山の上にある寺だ。山の上と言っても、山の頂上ではなく中腹辺りに位置している。町の中心街を抜け、三十分ほど歩いたところで河川敷が見えてくる。そして、町を囲む暗黒の壁をにらみつける。




「しかし、あれは何なんだ。何が起こってるんだ?」






『あれは、次元断層』


 俺が独り呟いていると、頭の中に声が聞こえてくる。




「な、なんだ!」




『僕だよ、僕』


 光とともにふわっと羊が現れる。確かアリエムとか言っていたか。アリエムが俺の頭の上にとまる。




『オマエ……ドッカ……イケ!』


 エルが飛び立ち空中で翼を広げ羽ばたきアリエムを威嚇する。




『ドー、ドー。落ち着きなよ。鳥さん』


 アリエムが瞳を細めて、まあまあというような感じの手ぶりをする。




「お前は何者なんだ? それに次元断層?」


 俺の頭上で俺の髪を掴むアリエムに問いかける。




『僕は、アリエム。前に言ったろ。次元断層はそのままの意味だよ。この町を中心に次元の壁が出来ている。簡単にいえば、ここは異世界みたいなものだよね。僕らのいた世界から見れば、でも同じ世界に壁が出来ているだけだから同じ世界ともいえるのかなあ?』


 アリエムが俺の頭の上で、腕を組む。そのまま、腕を解いて顎に手を当てている。




「壁? 異世界? 何を言っている?」




『まあ、安心しなよ。この次元断層はまだ完全じゃない。この次元断層がこの世界の壁として確立するまではね』




「あれ? 青葉くん? 」


 俺が振り返るとそこには、相馬とはなの姿がある。少し離れたところに小町の姿がある。彼女は何をしているのだろう。俺と目が合う。「はうっ!」と言って隠れていた電柱に頭をぶつける。




 ガンっという凄まじい音が聞こえてくる。相馬が後ろを振り返る。するとそこには、頭を押さえた小町がいた。




「こ、小町大丈夫?」


 相馬が小町のもとに駆け寄る。小町は痛むのだろう頭を押さえて蹲うずくまり、声の主を見上げる。




「いたた、いたた。ごめん大丈夫! 大丈夫だから!」


 小町が手を前に出して、顔を隠したいのか顔の前で手を振っている。




『あれ? でもどうして小町さんが?』


 相馬の傍らにいたはなが相馬の陰からひょっこりと顔を出す。




「それはそのー」


 小町が目を泳がせている。




「奇遇だね。小町。小町もお散歩?」




『「は?」』


 アリエムと俺は気の抜けた声を出してしまう。嘘だろう。正直驚いていた。あんなにもはなや子どもたちの気持ちを理解していると思っていた男が小町の心に気が付いていないとは。




『君、僕少ししか君らのこと見てないけどそれはないんじゃないの?昨日だって彼女、遅くまで君のこと心配して付いていってたよね』


 アリエムが俺の頭の上からふわふわと相馬の目の前まで飛んでいく。まるで雲のようだ。すると呆れて相馬を上から見ている。




「え? 」


 何のことと言ったように相馬が言葉に詰まっている。




『パパ……シズク……マッテル』


 俺の前で、エルが飛んでいる。そして、時計を見る。あれから随分と時間が経っていた。




「あ、悪い。俺行かなくちゃ」


 そう言って俺は駆けだす。後ろから、相馬の「ちょっと!」という声が聞こえてくる。走りながら考える。あんなイケメンで、優しい奴に弱点があったのか。にぶいって言うにも程があるよな。




 アリエムが俺のこころが分かるのか。うんうんと頷いている。





 時刻は十六時ジャスト。大千寺という文字が大きく掘られた大きな門が見えてくる。俺は走った。息を切らしながら、しずくの待つ門までたどり着く。




「遅いです」


 しずくが顔をぷくーっと膨らませる。




「悪い。待たせた」




「いいですよ。私も今来たところですから。からかっただけです。それより、何でそんなに汗びしょびしょなんです。寝坊? じゃないですよね」




 俺はしずくに息を切らしながら謝る。すると、気にしていないと言いたげに自分の髪をくるくると指でいじる。




「ああ。途中で相馬に会った。それと小町さんとも」




「こまちゃんと相馬くんですか?」




「相馬ってあれ、素なのか? 小町さんの気持ちって」




『僕もびっくりだよ』




「あ、羊さん。あああ、あれですか。こまちゃん。結構分かりやすいと思うんですけどね。結局、相馬くんが東京に行っちゃって、こまちゃん何も出来なかったんですよね。久しぶりに相馬くんが帰ってくると聞いて、バスに乗って相馬くんを迎えにいったんですよね。前途多難です」




 しずくが感慨深そうに、顎に人差し指を当てて目をつぶってうんうんと頷いている。そう言ってしずくは門をくぐって行く。




「あの、話って?」


 俺は門をくぐったしずくに問を投げる。できれば、もう少し休憩させてもらいたい。やっと息が落ち着いて来たが、このお寺は門をくぐると石の階段が何百と続いている。




「せっかくお寺まで来たんですし。さあ行きましょう」


 しずくがぐいぐいと階段を昇っていく。俺は、仕方なく心を決める。石の階段はひとつが大きくごつごつとしている。普通の階段の数倍は疲れる。だが、目の前のしずくは気にせずそのまま前を進んでいく。




「よっ! よっと、ほっ」


 しずくが掛け声をあげて跳ねるように階段を昇っていく。ぴょんぴょんとうさぎのように。リボン型の赤いカチューシャをつけているからか本当にうさぎのようだ。なんだか慣れているように見える。




 階段の幅は広く四、五メートルはありその脇に木々が生い茂っている。空を見上げると空が赤く染まっていく。夕焼けだ。葉を脱いだ木々の隙間から、西日が差しこんでくる。まるで、木々が光の葉を付けているようだ。




「きれだ……」




「どうしましたか」


 そんな光景に息を呑んでいると俺の足は止まっていた。しずくが振り返える。




「いや、木漏れ日がきれだなって」




「そうですね」




 俺たちはゆっくりと一段、一段登っていく。そして、階段を登りきる。階段を登り終わると平たい整理した土地に出る。




「いい眺めですね」




「ああ」


 かなり登ったから町全体が見える。町というか街だ。街並みが広がっている。だが、人口はわずか数千人しかいない。こんな森の中になぜこんな広大な土地を開発し町を作ったのだろう。そんな疑問が頭をよぎる。


 しかし、そんな疑問はすぐさま消え去る。なぜならこの町を囲むようにアリエムの言葉を借りるなら次元断層が広がっているからだ。




「でも、あんな黒いの私知らないです」


 しずくがこの町を囲む黒い物体に目をむける。




「不思議なんですよね。この黒いの町の皆には、見えないみたいなんです。まるでここにないみたいで、ラジオでも町の外に出ないでくださいの一点ばりで」




 彼女の言葉を聴きながら、俺は一つの鉄塔に視線を向けていた。


「こんな鉄塔あったか?」




 鉄塔は高くそびえ、この町を見下ろしている。異様な空気を放っているように感じる。




「ええ。ちょうど、我々が高校を卒業した年に建設されました。あなたが知らないのも無理はないかもしれません。ちょっと怖い噂があるんです」




「怖い噂?」


俺はそのまま問い返す。






「えぇ。ときどきあの塔の周りで黒いもやのようなものが出たり消えたりするっていうのがあるんですよ」






「黒いもや……」




「お話しですけど、私、青葉くんにお聞きしたいことがあるんです。」


 しずくがこちらに向き直る。真剣な表情でこちらを見つめてくる。そして、一変して笑顔をこちらに向ける。小町と話してるときはふざけることの多いように見られるしずくだが、ここ数日一緒に過ごしていてとても落ち着いた、落ち着きすぎるような、一種の落胆ともとれる表情を見せながら笑顔をみせる仕草をしずくはすることに俺は気付いていた。




「ご存知かと思いますが、私には双子の妹がいました」




「ああ。」


 俺はその事実を知っている。いや、同じ学校、この町にいた人間なら知らない人間はいないだろう。俺はそう答えただけで沈黙する。しずくの次の言葉を待つ。




「私、いつもこの時間にここに来るんです」




「……………………」


そのまま、彼女の次の言葉を待つ。




「変ですかね? 妹と約束しました。ずっと一緒にいると」


 しずくが森の方に向かって歩き出す。俺もそれについていく。森を通り少し開けた場所に出る。




『遅いよ。しずく……かがりちゃん待ってたのに……』


 後から後ろを振り向くと少女が立っている。




「ごめん。かがり」


 しずくがかがりという名の少女に駆け寄ると抱きしめる。頭をそっと撫でている。とても気持ちのいい風が通り抜けていく。

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