第24話 変わりゆく日常
1
漆黒の夜を照らすのは、月明かり
月光の下で、少女は舞う
少女は舞う。どこからか聞こえてくるピアノ演奏とともに
月の光を浴びて、何百匹という蝶ともに
夜空が月明かりと月光を反射した水面、その光を浴びた蝶の羽に彩られる
少女は舞う、満ち足りた表情で
『……しずく……』
二人の少女が互いに手を取り、月光の下で舞い踊る
2
『お前、どうして、こいつらを助けるのを手伝った? 自分と重なったか?』
羊の姿をした存在――アリエムが小鳥の姿をした存在――エルに問いかけ、前足の鉤爪でつつく。
そして、目の前で倒れる仙台青葉の身体の上に着地する。
『オマエ…………ナニ?』
エルが翼を広げて嘴くちばしを開いて威嚇している。ここは自分の居場所、縄張りだとアリエムに主張する。
『ずっと、青葉の中に一緒にいただろう? これだから…………』
アリエムが何かを呟こうとしたとき。
「もふもふだー。もふもふー」
京の宮みやこがアリエムに抱きついていた。ぬいぐるみを抱くように力いっぱい抱きしめる。
『なんだオマエ! 僕をなんだと思って、て、イタ! 痛い あ、でも、ふわふわして気持ちいい? はっ! あーもう! 離せ』
アリエムがみやこの胸でもがいている。一瞬、変な表情を見せるが、すぐさまみやこの腕から逃れる。
すると、そのまま、身体を震わせて体毛が漂う。
『アリエムさん、彼らのことありがとうございました」
はながアリエムの前に立つとぺこりと頭を下げる。髪についた二本のスカーフが揺れる。
『いや、僕が青葉に入ってしまったから君を困らせてしまったみたいだしね』
アリエムが角を後足で掻いている。
『いえ、青葉さんに夢を見せてくれましたよね。』
『まあ…………』
どこか後ろめたいのかアリエムが相馬に視線を移す。そして、目が合うと今度はアリエムに相馬が尋ねる。
『君は、えっと。アリエム? と言ったかな? 何者なんだい?』
まっすぐ、アリエムの目を見つめる。その目は真剣そのもの。アリエムもまた真剣な表情となる。そして、ゆっくりと回りを見渡す。
『僕はアリエム。ある目的のためにこの世界に来た。【高次元生命体】…………そうだね。君たちの知っている言葉で言えば神とか、そういう類の存在……』
そう答えるアリエム。しかし、どこか自分でも納得がいってない様子でただ青葉を見つめる。はなに対して言葉を続ける。
『それより、どうする? 君たちの存在と恐怖の感情の化身とのリンクを切るかい? そうすれば、君たちは君たちを縛る未練から解放されて、【境界の世界】に旅立てるよ』
『アリエムさん……私は残りたいと思います。私は希望が見えました。彼と乗り越えたいと思ってしまいます。でも……他の子たちは――』
はながスカートの裾を両手で握りしめる。
『はなちゃん、僕もついていく』
『僕も』
『私も一緒』
はなの周りに子どもたちがぱっと現れる。はなという少女とともに過ごしてきた子どもたちだ。そして、目の前のはなの気持ちを理解しているように一人、一人こどもたちがはなにそれぞれの意思を表明していく。
『ありがとう。でも……駄目だよみんな……』
はなが周りの子どもたちの顔を見つめる。子どもたちに真剣な表情を向ける。
『はなちゃん。僕たちは一緒、僕たちがはなちゃんの気持ちが分かるように、はなちゃんも――』
たっちゃんと呼ばれていた子どもがはなの服を掴む。そして、何かを言いかけたときはなの言葉がそれを遮る。
『分かるよ! みんなの気持ちは! でもせっかくみんなは自由になれるんだよ!』
はなは分かっている。長い時間を一緒に過ごしており、同じ恐怖という感情によってこの世に縛られてきた。彼らの気持ちが手に取るように分かる。彼らが自分と同じで相馬とともにこの世で過ごしてみたいと。この呪われた一生が終わる前にこの恐怖という感情を乗り越えてみたいと。分かっている。だからこそ、ついてきて欲しくない。今日のように、存在そのものが消えてしまう危険もある。次の輪廻に行くことができるならそうすべきだ。はなはそう感じてしまう。
『じゃあ、こうしよう』
アリエムが青葉の身体の上に立って下の床に倒れている宿主を指さして続ける。言葉を紡ぐ。
『僕とこいつが守ってあげるよ』
『どうしてそんなことを?』
はながアリエムに問いを向ける。
『言ったでしょ。ぼくはハッピーエンドが好きなんだ。ブイ』
アリエムが前足をはなに向ける。鉤爪が少し開いている。そして、右目を閉じてウインクをしている。
「分かったよ。僕も君たちの願いを叶えるお手伝いを続けるよ」
『相馬さん……アリエムさんありがとうございます』
はなが、深々と頭を下げる。それを優しい目で見つめる。アリエム、相馬。
「えっと、はなちゃん。で、合ってるわよね?」
『はい?』
小町がはなに問いかける。はなが疑問を含んだ返事をする。
廃病棟に連れられてきて、最初にあった女性が目の前のはなという少女であり、その少女はこの廃病棟で死んでいる。そして、目の前で起こった不可思議な現象の数々、小町の頭はついていっていない。
だが、この小町はそんな状態でも確かめたいことがある。それは、はなという少女が相馬にべたべたとくっついていることだ。だか、今にも消えてしまいそうな弱々しい表情のはなに対して小町は言葉を紡げない。離れなさいよ!そう言いたいが、良心の呵責を胸に喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
(別になんとも思ってないけど、気になるのよね。相馬ってあああ。違う違う。この子はかわいそうな過去を持ってて、今はこれが一番なのよ……)
「よっと、こいつにまた、無茶させちまったようだな」
治憲が青葉を担ぎ上げる。そして、言葉を続ける。
「昔は、ちょくちょく遊んでたりしたんだ。小学生のときは名前で呼び合ってたんだが、こいつの親父さんが無くなって周りを寄せ付けなくなっちまって、いつしか名前で呼び合うこともなくなっちまった」
「そうですね。青葉くんとあまりお話をしなくなったのは交通事故……」
しずくが治憲の言葉に続いて語る。声音は次第に弱々しくなり、言葉がそれ以上出てこない。
「悪い事故のこと……」
「いいえ、大丈夫です。ですが、もうこの話は……」
しずくは言葉を詰まらせる。振られたくない話題を自ら提示してしまったことにしずくは自分の疲労が想像以上であることを理解した。
その言い表せない空気を感じ、みやこが口を開く。
「そうですね。お父様を亡くされたときもそうですが、妹さんの件でも痛く心を痛めておりましたね」
「そうだったの? 妹さん? 鈴ちゃんだっけ?」
今度は相馬がみやこに問いかける。
「ええ。」
みやこがそう答えると、周りの相馬、小町、しずく、治憲が驚きの表情をみやこに向ける。
「とにかくだ。帰ろうぜ」
(今は、暗い話は無しにしよーぜ)
治憲が青葉を担ぎ、出口に向かって歩き出す。アリエムが治憲の頭に乗り、それに続いてエルが青葉の身体にとまる。
『あと、これを君たちに』
アリエムが自らの体毛を引っ張り、一人一人の手渡していく。すると、金色の輝きを放ちすっと身体の中に消えていく。
「これは?」
相馬がアリエムに問いかける。
「お守りだよ」
3
目が覚めると病院にいた。そして、ベットに俺は寝かされていた。これまでの部屋とは少し違うらしい。らしいといのは、いままで入院した恵南病院とは、違う。壁面が金属製の壁。無機質な空間が広がっている。
「目が覚めたようね。具合は……大丈夫みたいね」
目の前には、しずくの姉、玲子が椅子に掛けてこちらに向かって言葉を投げかけてくる。周りには、しずくとみやこの姿がある。
「玲子さん……それに盛岡さんにみやこさん?」
俺はその声の主、玲子に視線を向け、傍らにいる彼女たちにも視線を向ける。
「私も分かっていないのだけれど、京の宮先生の指示で先生のお宅にお邪魔させてもらっているの」
「京の宮先生の?」
俺は新たに生じた疑問をそのまま、玲子に問いかける。
「ええ。ここは私たちの家で、ここはお父様の寝室です」
みやこがその問いに答える。
「ここが? 」
「ええ。冷たい感じが良いみたいですお父様は」
みやこがため息まじりで告げる。
「本当に何が起こっているの? 恵南先生の指示は耳を疑ってしまったわ」
玲子が頭を抱えるように話す。
「恵南先生?」
俺は呟く。玲子が声を絞るように小さな声で続ける。
「信じられないのだけれど、あなたを拘束するように言われたの」
「えッ!」
俺は驚きの表情を隠すことができない。それはこの場にいる者全員だ。言葉を発した玲子でさえ、溜飲が上がるような表情をしている。
「私には分からない。だけど、京の宮先生から連絡が来て、それからが大変だった。」
玲子が話を進める。
「何があったんだ?」
「病院に着いたら、職員の方々に囲まれて、病室に運び込まれました。そうしたら、青葉くんを縛りだそうとして、大間さんが助けてくれました。私たちは大間さんに連れられて病院を出ました」
みやこが、俺の問に答えてくれる。
「じゃあ、治憲! 相馬! 男鹿さんは!」
俺は叫ぶように問いかける。彼らに危険が及んだのか?
「彼らは先に家に帰したわ」
玲子が俺の問に答える。その答えを聞いて俺は安心して深呼吸をする。
「青葉くん。先生からは目が覚めるまで見ていて欲しいと言われたから、我々は帰るわ。行くわよ。しずく。みやこさん、後はお願いします」
「は、はい……」
みやこが小さく応える。
「待って、お姉ちゃん。私、青葉くんと話したいことがあるの」
玲子がしずくに帰り支度を促すものの、何やら俺に用があるようだ。
玲子はしずくに向かって、「外で待ってるわ」と部屋を出ていく。
玲子がでていくのを見送ると、しずくに視線を向ける。
「その……あの……やっぱり後で」
しずくが話があると言っていたが、そのまま玲子の後を追って出ていってしまう。
「……怪我、大丈夫?」
みやこが心配そうな表情で問いかけてくる。
「はい、大丈夫です」
子どもの頃から、みやこさんとは接しているが、先生の娘さんということで、いつも敬語になっていた。
「その、泊まっていったりするの?お姉さんが看病しちゃうぞ……」
顔を赤らめて左右の指をくねくねと絡ませて、俺と視線を合わせてくれない。
「いえ、流石にそこまではご迷惑をおかけしたくありませんし」
少し。いや、結構変な汗が出て緊張していることを自分ながら遅れて実感する。部屋にはみやこと自分の二人だけ。そんな状況で俺はベットの上、変に意識してしまう。逃げるように部屋をから出て帰路ににつく。
すると、しずくからの着信。件名には、「明日の夕方、山のお寺でお会いできますか」の一文。俺はしずくに「大丈夫だ」と返信するとそのまま帰路につく。家に帰ると俺を心配してくれる母が迎えてくれる。きっと、母さんは俺を本気で心配している。でも、その半分かそれ以上に母さんは俺の人生を、いや、こどもの人生を自分の人生だと思っている節がある。俺はいつもそう感じてしまう。
母さんの口癖はこうだ。
「みんな可愛いわ。私から生まれたんだもの」
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