第23話 穢れ払う光
『そ、そんな! や、やめて……』
はなが頭を抱えてうずくまる。目の前には、黒いスーツにシルクハット姿でオレンジ色の髪をなびかせる礼二が不敵な笑みを浮かべている。その背中には、手が生えゆっくりと揺らめいている。
「はなちゃん?」
相馬がはなに向き直る。
「そんな……そんなことをしたら、次の輪廻に行くことなく存在が消滅してしまう」
はなが俯うつむいている。声が擦かすれている。
「何が、『消滅してしまう』だ? さっき、『私事断ち切ってください』とかほざいてたじゃねーか。笑わせんなよ! お嬢ちゃんよ!」
目を見開いて、舌を見せて笑う礼二。
『そ、それは……』
「いいぜ! 答えなんていらねー! 俺が教えてやるよ! お前らに存在する価値なんてないことを! どうする? いくぜ青葉!」
礼二が飛翔する。そして、上から無数の槍が降って来る。俺はそれを回避して床に刺さった槍を一閃する。切断された箇所が燃え上がる。礼二に向けてエルが飛び上がる。
「おらおら、ばけもの! 避けられるか!」
礼二が空中で、エルに向けて手をかざす。すると、礼二の背中から無数の手が伸びる。それらが絡み合うそして大きな一本の槍が構成される。その槍が急速に回転してエルを立ち向かう。
けたたましい声でエルが咆哮する。藍色の瞳がまるで燃えているように一層輝く。そして、急速に加速してく。エルの姿が消える。まるで、飛行機雲のように光の線が空中に描かれていた。
「んな アホな話があるかよ……ごほっ」
礼二の放った大きな槍が空中で、横に割れて粉々になり消える。礼二の横腹に風穴が開いている。そして、礼二は地面にへばり付く。その礼二の傷が癒えていく。しかし、これまでの余裕な態度が一変する。
「ぐうう……いてええ……負荷をかけすぎたか……はあ……はあ……だがてめえらはここで俺の手で処刑してやる」
(まじい。あと一、二回が限度か? 俺の精神がもたねえ。まだ俺には使いこなせねーのか)
礼二が右目の義眼を押さえる。押さえた手から義眼がギョロギョロと動いている。そして、礼二が生きを荒げて刀を天に向ける。すると礼二の背中から幾本かの手が伸びていきその刀に伸びていく。刀に手が巻き付いたかと思うと刀の形状が大剣に変化する。体験は刀身が黒く。刃の側面が赤い。
「イメージ通りだ!」
「彼らを解放しろ!」
「やなこった!」
礼二が俺に切りかかって来る。礼二の斬撃を刀で受け止める。俺の刀と礼二の大剣がぶつかり合う。火花が飛び剣戟が繰り広げられる。俺の刀の炎礼二の服が燃えていく。
「てめえの炎はこうやって出してんだろ! 怒りの感情が炎になって表れている。違うか!」
礼二の大剣が燃え上がる。黒々とした炎だ。しかし、先ほどのように背中から手が生えてきて襲ってくる様子はない。俺は礼二に刀で切りかかる。礼二が応戦してくる。後方のエルが飛び立つ。部屋を旋回しながら加速していく。
「なっ!」
礼二が驚きの表情を露わにする。俺とエルの思考が一致していくのが分かる。何もしなくても互いの考えが分かる。俺は後退しエルの道を作る。エルが光り輝き滑空しながら加速していく。ひとえに思う怒りのままに目の前の敵の魂を刈り尽す、それだけだ。
『少しは落ち着いたら、せっかく僕が見てあげてるんだからさ』
脳裏に、聞き覚えのある声が響く。そして、俺の身体から白い煙のような物が飛び出てくる。その白い煙がもこもこと膨らむ。ぽんっという拍子抜けするような音を立てて、顔を出す。目が黄色く瞳孔が横に長い。耳元には曲がった角がある。その姿はまるで羊だ。
羊は、空に浮いていて羊そのものといかデフォルメされていて愛らしい姿。首には、青いリボンを付けており、中心に青い宝石を抱いている。宝石には何かを象ったような紋章がある。縦の一本線を上から割って左右に折り曲げたような形である。
羊がぶるぶると身体を震わせるすると、白い綿のようなものが周囲に漂う。その綿が周囲の空気を吸って膨れ上がる。そして、その綿が赤黒く染まっていく。その膨らんだ綿のようなものが羊のもとに集まっていく。そして、その綿を羊がバクバクと食べ始める。
「はっ! 俺は……」
俺の中で、それまで溢れだしそうなほどの怒りが無くなっている。刀身に宿る炎が消えてナイフの形状に戻っている。エルに視線を移すとエルの姿がいつもの小鳥の姿に戻っている。
「ぐう! 俺の怒りの感情が消えていきやがる! 押さえらんねー……ぐおおおおおおおおおおお!」
礼二を包む赤いオーラのような物が消え、礼二の大剣の刀身の炎も消えている。礼二が義眼を押さえて蹲うずくまる。礼二の義眼から無数の黒い手が飛び出てくる。それらが、小町とみやこ、しずくに向かっていく。そして、黒い球体が礼二の義眼からあふれ出てくる。
『生きたいよ! 生きたいよ! 産んでよ! 産んでよ! ママ! 消えちゃう! 消えちゃうよ!』
『ふふ。面白いことを言うよね。君は、感情の塊。命なんてない。その想いはその存在を支える魂たちの物』
黒い球体の表面がぼこぼこと波打って地面に張り付くようにして目がギョロギョロと動いている。俺は、みやこ達に迫る手を刀で切り払う。
『どうして? どうして? なんで……』
『さあ。選択だよ。青葉……どうする? どうしたい?』
「お前、俺の夢に出てきたやつだろ? それにさっきのもお前か?」
俺は不可思議な羊の形をした目の前に浮いている存在に目を向ける。
『そんなに、睨まないでよ。怖いなあぁ。さっき助けてあげたでしょ。彼女。あの感情の化身はこのままだとその【実在】を保てなくなる。【実在】を保っている胚の子達の精神が実在を保てるほど成熟できていないからね。それにこのオレンジ髪くんが無理しすぎちゃったから』
羊は鉤爪のついた前足? 手で口を押えて怖がる仕草を見せる。そして、はなを目で追いながら言葉を続ける。
「【実在】を保てないとどうなる?」
『まあ、時期にそのまま【実在】を保っている魂と融合して、一緒に消滅するだろうね』
「どうすればいい。」
目の前で、空を泳ぐ羊。そいつをじっと見つめる。
『おお! やっぱり。あのとき彼女の過去と感情に触れたんだね。簡単さこの感情の化身と胚達の魂のリンクを切るんだよ。君は一回経験しているよね』
羊が分かっているだろうと笑う。
『そんなことができるの?』
はなが俺と羊の間に入って来る。
『できるさ。僕ならね。でも他の奴らに怒られちゃうかも……まあいいか。それでどうする? また力を貸してほしい?』
羊がくすくすと笑う。
「何が目的だ! てめえは何なんだ?」
礼二が身体を震わせて立っている。
『僕はハッピーエンドが好きなんだ。これで、感情の化身を消滅させられるよ』
その問いかけに羊が答える。すると羊はにたりと笑顔を見せる。そして、羊は俺のナイフに手をかざすとその刀身が白い輝きを纏まとっていく。
羊が空中をゆっくりと移動して俺の頭に乗っかる。
『さあ、始めるよ。何回もできないからしっかり頼むよ』
羊が腕を交差させる。そして、目を閉じて言葉を続ける。
『いつしか感情が未練となった
いつしか未練はその根源を縛る鎖となった
哀れな魂に救済を……我が名はアリエム
いまこそ我が名をもってその感情と魂を分かて 』
アリエムと名乗る羊の両腕に金色の翼が生える。そしてが目を開く。すると、黒い球体から蛍のような光が飛び出てくる。その数は、数百を超えている。その光と黒い球体が糸のようなもので繋がっている。
『まだ完全には引き離せていないか! 青葉! いって! 解き放ってやってよ』
アリエムの声を背に俺はその手にナイフを握りしめる。エルが俺の肩にとまる。そして、エルの目を見つめる。
「エル、あれを頼む」
『パパ……ワカッタ!』
エルの翼が黒く染まる。エルが球体の周りを飛び回る。すると、黒い球体と蛍のような光が繋がって糸のようなものが切れていく。そして、光の玉が周囲を漂う。
『生きたかった。でもね。お姉ちゃん。育ててくれてありがとう……』
光の玉の一つがはなの前に漂う。
『でも、私はあなたたちのこと……』
はなは悟る。この光が胚の魂なのだと。
『いいの。それでも。愛をくれたから。大事に思ってくれたから……お姉ちゃん。僕たちさきに行ってるね。今度はいろんなこと一緒にしよう』
胚の魂が天に向かって昇っていく。地下にいるのに、青空が見えるようだ。虹がかかっている。空のかなたに胚の魂が消えていく。
『……ごめんね……ごめんね……ごめんね』
はなが天井を仰ぎ見て、彼らの旅たちを見送りながら大粒の涙を流す。
『あああ! あああああ! 嫌だ! 嫌あああああ! 消えたくない! 消えたくないよおおおおおおお』
生の感情の化身が地べたに這いつくばって、叫ぶ。俺はナイフを逆手に持って、黒い球体にある瞳目掛けてナイフを振り落とす。
『嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
「はは。礼二君。しょうがない人ですね。――感情の化身よ。未練を叶えよ!叶えよ 狂い乱れて! 我が身体を糧にその想いを紡ぎましょう」
いきなり目の前の男が出現した。俺の振るったナイフはこの男に素手で振り払われる。そして、俺に背中を向け手に真珠のような物体を持っている。男が言葉を発すると生の感情の化身レーベンストリーブが真珠の中に引き寄せられ、真珠に収まった瞬間。真珠が真っ黒に染まる。
「何しに来やがった……」
礼二が目の前の男に向かって怒声をあげる。
「何しに来たとは粗雑ぞんざいな、あなたを迎えにきたのですよ。礼二君」
男は、仮面を付けており素顔が見えない。銀色のマスクに白銀の髪をなびかせている。男は白い軍服のような服を着用し、腰にはサーベルを携帯している。
男は、俺たちに背を向けたまま、礼二を担ぐ。
「それでは、みなさん。ごきげんよう」
そう告げると仮面の男は、空中に飛び上がる。すると、すっと姿が消える。
「あいつは一体?」
俺はそう呟くが、急に力が抜けその場に倒れ込んでしまう。
「青葉!」
誰かが俺に駆け寄ってくる。意識が朦朧もうろうとしていく。
『希望エルピスか……果たして、それは……』
アリエムの声が聞こえる。しかし、完全にそこで意識が途絶える。
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