第22話 解き放たれる怒り

 「け、もう維持できなくなっちまったよ」


 残念そうに黒い球体を見上げる礼二。そして、意味もなく顎に手を当てて歩き回る。すると何かを思いついたのかまた、独り言をつぶやく。




「しゃぁーねぇ。【生の感情レーベンストリーブ】だけ持ち帰るか」


 そう呟くと、礼二は眼帯をめくる。礼二の義眼が光る。まばゆい光が辺りを照らす。




「感情の化身よ。未練を叶えろ! 叶えよ! 怒りのままに! 我が身体を糧にその想いを紡げえ!」


 光がより強くなる。礼二が天を仰ぎ黒い球体に向けて手を広げる。すると、黒い球体が礼二の義眼に急速に吸い込まれていく。


 礼二の義眼に完全に黒い球体が収まる。すると、礼二の義眼が真っ黒に染まり、その瞳孔が桃色に、虹彩が青色に変化する。そして、礼二の身体が赤黒く光る。




「へへ。やれんじゃねーか。あー。生きてえ。生きてえ。あー。イラつくぜ」




「何が、どうなってるんですか?」




「俺は教えるのが好きなんだ。この礼二先生がてめえらに力の使い方を教えてやるよ!」


 しずくが目の前の光景に驚愕している。それに応えるように礼二がこちらに語り掛ける。そして、礼二が一気に後方にさがる。すると、礼二の身体から六本の手が伸びていく。礼二から伸びた手が壁を掴み礼二は壁に着地する。




「胚ども、俺を宿主にしたからって、生き残れるわけじゃねーぞ。働け!」


 六本の手を使って、自身の足で壁を思い切り蹴とばす。バネのようこちらに飛んでくる。




「エルっ!」


 俺はエルに指示を飛ばす。俺の周囲に黒い羽が出現する。そして、羽は礼二に向けて凄まじいスピードで飛翔していく。




「お! あぶねー。あぶねー」


 礼二が頭のシルクハットを押さえて、急に右に旋回する。礼二の身体からでた手が右の天井に突き刺さり礼二の身体を引っ張ったようだ。すぐさま、礼二の身体から伸びる手がこちらに急速に伸びてくる。俺はその手を刀で薙ぎ払う。




 礼二はほこりを払うような仕草をすると俺を睨みゆっくりと近づいてくる。右目は青く、右目は緑色のその瞳がゆらゆらとゆれるような光を放っている。




『相馬さん! 私達と一緒にいてくださいますか』




「もちろんだよ」


 はなが相馬に問いかける。相馬がはなをその胸に抱き彼女の目を見て即答する。




『では、我々はあなたとともに、この【恐怖】を乗り越えます。いえ、あなたと乗り越えたいです』


『僕も』


『私も』


『お兄ちゃんについていく』




「分かったよ。みんな。また力を貸してほしい」


 相馬の後方に巨人が出現する。巨人が礼二に向けて拳を放つ。すると、礼二を守るように礼二から伸びる手が大きく開き礼二を包む。




「ぐっ! 重てええじゃねーか!」


 礼二の足場がへこむ。巨人のその衝撃の重さが分かる。




「また、取り込んでやろうかああー!」


 礼二の背中から無数の手が伸びる。




「エル! 頼む」


 黒い羽が現れ巨人を襲う手に向かって真っすぐに飛んでいく。そして、無数の手が羽に触れるとボロボロに切り刻まれる。




「しかし、青葉。おまえ何なんだ?」


 礼二が杖から刀を抜くそして、こちらに向かって切りかかって来る。俺は刀で応戦する。礼二の刀身の折れた刀がまた切断させる。




「まだだ! おめえら! もっとよこせ! 生きたいのならな!」


 礼二の刀に礼二の身体から伸びる手が絡みつく。そして、赤黒い刀身を形成する。すると、礼二の背中から伸びる手が赤黒く染まり槍状に変化する。


 俺に目掛けて、槍が伸びてくる。刀で槍の手をいなす。間髪入れずに礼二が切り込んでくる。早い、さばききれない。 




『青葉さん!』


「青葉!」


 相馬とはなが叫ぶ。相馬が胸に手を当てる。


(守りたいんだ。青葉くんを! 友達を)




『うおおおおおおおおおおおお』


 相馬の想いに答えるように巨人が咆哮する。空気が振動する。巨人の身体のラインが虹色に輝く。すると、巨人の胴体の瞳がゆっくりと開く。まばゆい光が辺りを包む。そして、一瞬の明転の後に礼二の身体が後方に吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされる寸前、礼二の背中の手が礼二を包み込む。しかし、後方に飛ばされた礼二に視線を移すと、礼二を守っていた手がボロボロに壊れている。




「くそがああ! 教えてやるよ! 恐怖ってやつをこの俺が! ゆっくりとな……」


 礼二がニタッと笑う。目が燃えるような光を出して揺らめている。礼二が地面を背中から生える手と足で蹴り、空中に舞う。そして、そのままの勢いで回転し巨人に回し蹴りを与える。その衝撃で巨人が大勢を崩す。




 礼二は壁に手で掴み手をロープのように使い体制を崩した巨人の胴体に着地する。礼二の背中で六本の手が揺らめいている。そして、巨人に向けてゆっくりと手が伸びていく。




「さて、もう一度、恐怖の感情の化身フォボスを取り込んでやる。僕たちは、俺たちは……独立した存在になれる……強ければ……生きていける」


 礼二の背中から伸びる手が巨人の身体を掴む。




「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は叫んでいた。身体が熱い怒りが抑えられない。どうして、やっと助け出せたのに……どうして、またこんな酷いことになるんだ? こいつを……こいつらを野放しにしていては……あのとき、はなのスカーフ越しに見た情景が脳裏によぎる。




「許さない……」




「あ? 何だって……青葉?……なんだ? 何だそりゃ?」


 熱い。熱い身体が燃えるように熱い。怒りで頭が沸騰しそうだ。脳裏に響く『これが運命ですから……』




「それが、どうしたっていうんだ燃やし尽くしてやる」


 俺の身体から今まで見たことのない量の黒い粒子が噴出する。そして、俺の胸から一羽の鳥が羽ばたく。エルだ。エルは白く太陽のように輝く。そして、黒い粒子が擦れあいバチバチと燃える。炎が辺りを包む。




 燃えた黒い粒子が光り輝くエルに収束する。空間が歪む程の熱量を感じる。あたりが真っ暗になる。そして、ぼうっと真っ赤に染まる炎を纏まとった一羽の鳥が羽ばたいていた。




 真っ黒な体毛と紫の嘴くちばし、鉤爪。青い瞳が燃えるように光を帯びている。体調は全長二メートルはあるのではないだろうか。その藍色の瞳がじっと礼二を捉える。




『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ』


 炎を纏ったエルが咆哮する。そして、空に舞い上がり旋回して、一気に加速して礼二に向かって突進していく。




「なめんなよおぉぉ! ばけものが!」


 礼二が突進してくるエルに向けて背中から伸びる手を槍状にして応戦する。槍はエルの身体から発する炎に触れると布に火をつけられたように崩れ落ちる。エルが礼二の眼前まで迫る。礼二の背中から手が再び生えてきて礼二を包み込む。




 エルの身体が礼二を守る手を突き破る。しかし、礼二の背中から伸びた手が壁を剥ぎ、それを盾にしてもう一本の手が壁を掴み礼二は直撃を避ける。




 俺は突進するエルに合わせて、礼二に近づいていた。礼二の避けた場所に刀を下す。刀は黒くエルの身体と同様に真っ赤な炎を纏まとっている。これを礼二は避けることはできない。礼二は真っ向から俺の刀を受ける。




「がはあ…………くそがああ! ……この礼二様がここで終わるわけねええだろ! 魂をよこせえええ!」


 礼二の身体が光る。そして、俺の一太刀にによって受けた傷が癒えていく。




「こうなりゃあ! 生の感情の化身レーベンストリーブを支える胚共の魂を使ってやる! 胚共さしだせええ!」


 礼二を包む空気がより赤黒く染まっていく。

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