第21話 希望、捧げる花

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『私は、ここはどこ?』


 そこは真っ暗な空間だった。少女は辺りを見渡す。無数の蛍のようなぼわっと明るい光が漂っている。




『はなちゃん。ごめんよ……みんなのこと守れなかった』


 漂っていた光が一人の男の子が、はなの目の前に現れる。たっちゃんと呼ばれていた男の子だ。はなは昔を思い出す。目の前で行われた非道を。




『うっ!』


 はなは、酷い頭痛に襲われ頭を押さえる。




『どうしたの? 大丈夫?」




『ええ。少し前のことを思い出していて……』




 そんな会話をしている最中、何やら空間から黒い手が現れる。その手が蛍のように漂う光を掴みあげていく。そして、その輝きが失われていく。




『もう、終わりにしましょう』


 黒い手がはなを包む。





「へへ。これが、恐怖と生の感情の化身――フォボス・レーベンストリーブ。独立して【実在】を維持してやがる」


 礼二のケラケラと笑う声が、拍手が響き渡る。




「【実在】?」




「知らねーか。なんもおめえら知らねーんだな。笑えるぜ」




「それが、なんだというんだ?」




 俺がそう礼二のを言葉を繰り返すように呟くと、礼二が反応する。それに対して俺が問い返す。




「俺は説明するのが好きなんだ。それと、今日は気分がいい教えてやるよ。【実在】とは、この世ならざるものがこの現実世界に存在しちまった現象のことだ。そんで、こいつには、条件がある。地形と力だ。地形とは不思議力場。力とは、その力場でのみ起こりうる奇跡のこと、物理的な力じゃない」




「何言ってやがる!」


 治憲が礼二に噛みつく。




「はは。こいつはすまねえ。お頭つむが弱えぇ奴には難しかったか? てめえでも分かるように教えてやる。この町は特別だ。人の感情を力にできる。【実在】って言うのは、その力の一つだ。バケモノをゲームみてえに現実世界で暴れさせられるってこった。まあ、そんな簡単な話じゃねーがな」




「はなちゃんをどこへやった!」


 礼二に向けて、相馬が問いかける。




「んー。言ったろ。同種の存在は強い方に取り込まれるって。てかいいのか人の心配はいいがてめえら死ぬぜ」




 黒い球体から伸びた手がこちらに迫って来る。多彩な色の手が布状に伸びる。


『『もう、いらない。僕たち、生きてるもん』』


 声が重なるように脳裏に響く。




「な、なによこれ?」


 意識を取り戻したのか小町が黒い球体を見上げる。黒い球体は、瞳を開き無数の手を展開している。




「こいつは何なんだ?」


 俺が迫り来る手を切り払う。一本、一本正確に処理していく。




「こいつらは、ここで作られた胚の集合体だ。きもいこと考えるぜ。わざわざ作った胚を廃棄して、生の感情を、わざわざ成長させた後で痛めつけて恐怖の感情を生み出した。それがこいつらだ。じじい共から聞いた話によるとだが……」




 俺たちに迫って来る。相馬も、治憲も応戦する術はない。二人を小町と、しずく、みやこと同様に後ろにさがらせる。




 懸命に、刀で薙ぎ払う。エルを見る。心の中で、エルに問いかける。エル。どうすればいい。俺は守りたいんだ。




『パパ……ボクの……ハネトバス!』




「どうすればいい」




『ぱぱ……アイズ…シテ』


 エルの声とともに、刀から黒い粒子があたりを舞い、俺の周りに数枚の黒い羽が形成される。




「いくぞ! エル」




 俺が腕を前に突き出す。すると、凄まじい速さで羽が弾丸のように発射される。数枚の羽根が勢いよく黒い球体に目掛けて飛んでいき、途中で羽に触れた手がハサミで切られた紙のように切れ落ちる。そして、ボロボロに崩れて消えていく。




 黒い球体に羽の弾丸が命中したと思ったときだった。黒い球体の周りに浮いている三日月上の物体にぶつかる。すると、羽は勢いを失いひらひらと、舞い落ちて、黒い粒子状になって俺の刀に戻ってきた。




 俺、目掛けて黒い球体の手が迫って来る。刀で切り払うも後ろにいる仲間を守るため後ろに避けることもできない。数に圧倒されていく。まずい、そう思ったときだった。四足のばけものとの闘いで受けた傷が痛みだし、意識が薄れる。




「ぐううっ!」


 黒い球体から凄まじいスピードで手が伸びてくる。俺の腕、足に突き刺さる。そして、絡みつき身体を拘束されて宙づりにされる。




『ぱぱっ!』


 刀からエルが飛び出す。刀の刀身がナイフ程の短さに戻る。空に羽ばたき翼が黒く染まる。俺の周りを旋回して、その翼で俺に纏まとわりついた手を切断していく。そのまま。地面に着地して、膝をついて黒い球体を見上げる。




「青葉くん! 風を起こしてください!」




「みやこさん。危ないから下がってて」


 みやこが俺に駆け寄ってくる。俺は後ろにさがるように指示する。いきなりエルが飛び出して、思い切り翼を羽ばたかせる。すると、黒い球体に向けて爆風が吹き荒れる。みやこが黒い球体目掛けて、小瓶のようなものを投げる。すると、黒い球体の一本の手がそれを掴むとそのまま握り潰す。




 瓶からこぼれた液体が周囲に弾ける。風に乗って液体が黒い球体に襲い掛かる。液体に触れた黒い球体の手が溶けていく。しかし、黒い球体の本体は全く何も変化が起きない。何事もなかったように、無数の手が雨のようにこちらに迫って来る。エルの起こす風などまるで聞いていない。




 一本の腕がエルを掴もうとしたときだった。ピタッと黒い球体――フォボス・レーベンストリーブ操る手が停止する。そして、その表面がぼこぼこと波打っていく。表面の目が右左上下に動き回る。なにやら苦しんでいるようだ。




 すると、ぽうっと黒い球体の瞳の虹彩の部分に光が宿る。そして、声が聞こえてくる。




『みなさん。申し訳ありません。大変なことに巻き込んでしまいました。私ははな。八十七番目の人口胚。私の最後の魂を使って、胚かれらの動きを止めています。どうか私事彼らを断ち切ってください。彼らに人を殺させないで……』




「はなちゃん、はなちゃんなのかい? 何を言っているんだ? 彼らを救うんじゃなかったのかい?」


 相馬が叫びに近い声で訴える。




『ごめんなさい。相馬さん。無理なお願いしてしまいました……さあ、青葉さん』




「それでいいのか?」




『いいんです。これが運命ですから……』




「そうか…………分かった」




 はなの声は弱々しく涙混じりに聞こえる。しかし、その声からある種の覚悟のようなものを感じる。俺も覚悟を決める。




俺のナイフに黒い粒子が収束し、エルが消える。刀状に構築されたそれを床に突き刺し、立ち上がる。そして、ゆっくりと動きのとまった黒い球体に近づいていく。




「させっかよ!」




「礼二。よそ見すんなよ!」


 礼二が、杖から刃の折れた刀を抜き振りかぶって来る。すると、治憲が礼二の横からタックルを入れる。そのまま、礼二は横に吹き飛ばされる。




「待って! 青葉くん!」


 相馬が俺に抱き着いてくる。泣いているのか声が上ずっている。




 俺は、黒い球体の前まで行く。すると瞳の中の輝きの向こうに、スカーフのようなものが浮き出ている。




『引っ張れ……引っ張れ……彼女をみんなを救いたい、そう思わない? 彼らはずっと苦しんできた。君が望むなら力の使い方を教えてあげる。願ってごらん』


 脳裏に声が聞こえてくる。以前聞いたことがある気がする。




「願う?」




『そう、それを掴んでみて』




 俺は声の主の告げるまま、黒い球体に手を突っ込み、そしてスカーフを手に取る。いろいろな映像が流れ込んでくる。




 少女の学校での出来事、病院での風景、研究室での胚を廃棄したときの気持ち、それが生きていたという真実を知ったときの絶望、地下室での残虐な行為、恐怖、怒り、無力な自分に対する虚しさ。




 断片的な感情と風景が俺の頭に流れてくる。そして、聞こえてくる少女の声――




『大きくなって、素敵な人のお嫁さんになりたい。それが私の夢、家族が欲しかった……』




「そんな……この子の人生って……救いたい。こんなのってないじゃなか……運命って何なんだよ!」


 俺の頬に一筋の涙が流れる。こころから、この子を救いたい。この子が守ろうとしたものを守りたい。




「相馬、手を貸してくれ」


 相馬に語りかえるようにして、彼の手を取り、黒い球体の中のスカーフを一緒に掴む。




「相馬、お前の気持ちも、この子達の気持ちも今ならわかるよ。いいか!」


 相馬と目が合い。合図をする。一気に黒い球体からスカーフを抜き取る。すると、スカーフは少女の髪についていたものだったらしく少女が飛び出してくる。


 咄嗟に相馬に少女を任せる。




「はなちゃん…?」




『あれ? どうして、わたし』




 少女が飛び出してきたところから、一斉に蛍のような光が噴出する。多彩な光が放射状に飛ぶ。まるで虹が飛んでいるようだ。その光は一面に大きな花を咲き誇る。黒い球体を覆っていた白い三日月のようなものが崩壊し、瞳が真っ赤にそまり、表面がぼこぼこと波打っている。




『ギュウウウウううううううううううううう! 終わっちゃう……終わっちゃう……生きたい……生きたい!』


 黒い球体が悲鳴のような咆哮をあげる。球体の目がぎょろぎょろと表面を動き回る。




「てめえら、何しやがった!」


礼二がこちらを睨んでくる。その瞳は殺気を帯びている。

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