第19話 穢れより生まれし者
「な、なによ! なんなのよ」
小町が周辺の異常に慌てふためく。そんな小町の目の前に、人形が姿を現す。色は薄いベージュ色、小型で、赤子を象ったような形で、何かをその胸に抱いている。その何かは、トカゲのような球状の生物だった。異様な光景に耐えることが出来ない。
「きゃあああああああああああああああああああああぁ!」
思わずしずく、小町、みやこの三人は抱き合うような姿勢になる。
『ううううううううううううううううううううううううううううううううううううう』
四足のばけものから出た黒い塊が、部屋の中央に漂う。そして、急速に回転し円を描く。すると、床から同じような黒い塊が浮き出てくる。その数は数百を超えている。
ピタッと空気の揺らめきが停止する。そして、大きな轟音とともにガタガタと部屋全体が振動し始める。その振動によって、部屋の外壁を覆っていたのであろうカーテンがはがれる。カーテンによって隠されていたその外壁の中には、数百の人形がびっしりと鎮座していた。すべて同じ薄いベージュ色、同じ形。
「な、何だ。何が起こっていやがる」
治憲が反応し、壁を見上げている。その視線の先には大量の人形、人形、人形。
「来やがったか」
礼二が、折れた刀身を鞘に収め、柄に顎を置きニヤッと笑みを浮かべている。
突如、外壁に埋まった数百の人形がケタケタと笑いだす。笑い出したかと思うとすっとその姿が消える。
『……おかあさん……』
脳裏にこだまする。幼い声。
周囲を見渡す。すると人形があちらこちらに姿を現す。中には、俺や相馬、治憲、しずく、小町、みやこの肩や腕、膝に移動している。そして、人形は、『ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ』と一斉に声をあげる。その人形が一斉に姿を消したかと思うと――。
みやこの腕にいつのまにか人形が座っている。
『ぼくのお母さん……』
『いいなあああ……』
『決めた!ありがとう』
「いやあああああぁぁ!」
『あはは。あはは。うふふ』
みやこの叫び声と共に脳裏に何百というこどもの話し声、笑い声が聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、壁を床を天井を駆けまわるように聞こえてくる。より振動が音が強くなっていく。
『ぼくを……僕を選んで!』
『僕だよ、僕だよ』
『私だよ。きっときれいになるもん』
赤い液体が、どこからともなく溢れだしてくる。そして、膝ひざ近くまでその水位が上昇する。ぷか、ぷかと、その赤い液体に人形が何体も浮かび上がる。その赤い液体に浮かんでいる人形が赤黒い血の色に染めあがる。くさい。血の臭いと乳くさいような匂い。
『生きたいよ。ママ……』
脳裏に声が響く。部屋の中央で何かが回転し黒い球体上の物体を形成する。そして、回転が強まったかと思うと赤い液体、人形が空に浮かび上がる。黒い球体に引き寄せられている。液体と人形が渦を巻いて、黒い球体に吸い込まれていく。
黒い球体に注目しているとその表面に線が入る。その線ががばっと大きく開く。すると、そこには大きな瞳を覗かせている。目が開くと花のような文様がその黒い球体に咲き渡る。オレンジ、赤、桃、エメラルドブルー、黄色、紫、多彩な色が染め上げる。
注目すると、黒い球体の周りには、赤いもやのようなものを纏まとっていることが分かる。
瞳の中心は黒くその虹彩の部分が桃色に染まり、眼球の部分が黄色い。ぎょろぎょろと周囲を見渡しているのか黒い球体上を瞳が動く。
『『『ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』』』
声とは思えないおぞましい音で唸うなる。しかし、まるで幼子が笑っているかのようにも感じる。俺はその音に耐えられず、耳を塞ごうとする。するとしずく、みやこ、小町の声が聞こえてきた。
「「「いいわ。いらっしゃい」」」
しずく、小町、みやこが手を広げて黒い球体を招き入れようとしている。彼女たちの瞳には光が消えている。
『いけません。彼らは彼女たちの身体を借りてこの世に出ようとしています。それでは、彼女たちの身体が持ちません』
はなが叫んでいた。そして、すっとはなの姿が消える。黒い球体がこちらに向かって突っ込んでくる。俺は刀を構える。
「「「やめて、青葉くん。彼らは生まれたいだけなの。傷つけないで」」」
女子三人が一斉に口を合わせて同じ言葉を俺に投げかけてきていた。
「な、何を言っているんだ」
巨人が俺たちを守るように、黒い球体を受け止める。黒い球体は、それ以上距離を縮めることが出来ない。
すると、黒い球体から無数の黒い手が布状に伸びてくる。そして、ゆっくりとこちらにいるみやこ、しずく、小町に向かって伸びてくる。
これに対して、巨人の身体からも無数の赤、青、黄色といた多彩な色の手が伸びていき両者の腕が絡み合う。
『駄目だよ。この人達は君のお母さんじゃない!』
脳裏にたっちゃんと呼ばれた男の子の声が聞こえてくる。その声は力強いものだったが、どこか影がある。
『邪魔をするなああああああぁ』
黒い手の方が数がある。巨人の手を縫って数本の手が俺たちの目の前にたどり着く。
「くそっ!」
俺は必死に迫る手を刀で切り払う。切り落とした手がその場で塵のように空に消える。
球体の手、巨人の手がより絡み合う。すると多彩な色を帯びていたその手が球体の手と触れていた箇所からゆっくりと黒く染まっていく。
「いいのかー? 取り込まれるぜー」
礼二が楽しそうにこちらに視線を向けてくる。人差し指を立てて髪をくるくると巻き込んでいじっている。飽きたのかその場に座り込みケータイを片手に「やっぱ、繋がんねーや」とケータイをしまう。
「礼二、てめええ。何言ってやがる?」
「うるせーぞ。死にぞこないが……まあ、教えてやる。俺も分からねーことがあるがこいつらはほぼ同じ存在だってことだ。だから強い意思を持つ方に吸収されるのが道理つ~訳だなあ!」
絡みついた手が段々と黒く染まっていきその進攻が巨人の胴体まで達しカラフルだった巨人のラインも黒く染まっていく。そして、黒い球体からさらに無数の手が伸びていき巨人に手が伸びていく。巨人はそのまま無数の黒い手に掴まれ、ゆっくりと黒い球体に引きずられ、ゆっくりとその巨体が黒い球体に引き込まれていく。
『みなさん。すみません……』
はなの声が脳裏に響いてくる。
「はなちゃん、みんなああ!」
相馬が手を伸ばす。しかし、その手は何も掴むことができずに、空を切る。
<ドクン>空間が振動する。黒い球体の表面がぼこぼこ膨れ上がる。そして、黒い球体の表面がひび割れその割れ目が赤く染まっている。黒い球体に多彩な色の花々と紅の割れ目が現れる。
さらに黒い球体の周囲に白い岩のようなものが漂い、それが三日月のようにまとまり黒い球体を中心に回転している。
「な、なんだ……これは」
俺は思わず、唖然として呟く。
すると、黒い球体から無数の手が伸びてくる。その手は黒くはない巨人の手と同様に多彩な色の手が出現する。先程の数とは比べようもない程の手が周囲に漂っている。
「こいつはやべーな。面白くなってきやがった。こいつがじじい共の言っていた恐怖と生せいの感情の化身――フォボス・レーベンストリーブ――」
礼二がより楽しそうに手を叩いて喜んでいる。彼の緑色の瞳は黒い輝きを宿している。パチパチという乾いた拍手の音が響き渡る。
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