第17話 獣の声
「君は、君たちは悲しい。可愛そうな人たちだ」
相馬がそう礼二に告げる。その目は哀れみのような感情を宿している。
「ああん? 何だてめえー。血まみれになったり、ぱっと出たり消えたり気持ちわりいーんだよ!」
礼二が足元に倒れている女型のばけものを思い切り蹴とばす。そして、自らの頬にに着いた血を下で舐める。
「こんな酷いことをしていったい何を得ようしている?」
「酷いこと? 何を言っている?」
相馬の問いかけにぶっきらぼうに返す礼二。何も知らないといったように手を広げる。
「相馬? 大丈夫なのか? それにこいつは」
「ありがとう。治憲。彼らは――」
治憲が巨人を見上げながらそう問いかけると、相馬が治憲に答えようとする。
すると、その瞬間にすっと、十四歳くらいの少女が相馬の傍らに現れる。そして、礼二を背ににこやかにこちらに微笑む。
『これは、我々です。未練という鎖が糸となってここで無残に死んでいった者たちを一つの存在にまとめ上げました。それが、これです。幼き弱い魂が連なることで、生まれた強靭な魂の塊――』
「君は?」
俺が尋ねていた。その少女に、白い巫女のような服を纏い、その服には赤い糸できれいな花が刺繍されている。少女の髪は紺色で髪には白い小さなスカーフが二つサイドに付いている。どこかで見たことがあるような不思議な感じを俺は感じていた。
『私の名前は、花はな。この姿では分かりませんよね』
はなの周りに光がまとった瞬間、目の前にこの廃病棟で俺たちが遭遇した女性の姿があった。頭が追い付かないが、感覚で理解した。この女性とはなが同一人物であることを。
「何だ? ほんと、気持ちわりいな。てめえら」
礼二がそう言って、刀身の折れた刀でこちらに切りかかってくる。一つ目の巨人が腕で防ぐ。壁のように立ちはだかる巨人の腕に刀がはじかれる。
「なにが、どうなっているのですか。なんで、相馬くんが?」
みやこが後ろから、はなに対して尋ねてくる。俺も現状が理解できないので、はなに視線を送る。
『ここは処刑場です。相馬さんは我々の魂を使って傷を癒しました』
はなが、空に向かって指をさす。すると、白いもやが浮かび映像が流れだす。はなが手を縛られ台に縛られている。そして、はなは続ける。
『こうして、我々は、命を奪われました…………』
「ひ、ひどい……」
しずくが口を押えて映像を見る。しかし、すぐさま、耐えきれず目を逸らしてしまう。それでも、なんとかこの惨劇をその目でとらえようと必死で、映像を見ている。
「魂を使う?」
俺が呟く。その問いにはすぐに答えが帰って来る。
『我々の魂というものは、車で言うとガソリンのようなものです。使えば使うほどその寿命が減っていきます。魂を使い切ったとき、寿命が尽きます』
「使い切る?」
『はい。ですが、本当に魂を使い切ることはありません。次の輪廻のために、少しだけ残すようなのです。そして、その魂は残った力を使って【境界の世界】という場所に赴くそうなのです。ですが、我々は異なります。人為的に魂が残った状態で肉体が滅んでしまいました。人の存在を支えるのは魂というエネルギーです。我々はその魂を使って彼の肉体を再生させました』
「そんなことができるのか?」
『万能ではありません。死んだ者の肉体は戻せません。恐らく我々の魂を全て使っても難しいでしょう。それに、彼に傷を癒すだけでもそれなりの力を要しました。なので、生きているだけで随時、魂を消耗し続ける、生きてる方が行うのはおススメできません』
はなが説明を終えると、ぺこりと頭を下げる。
「お嬢ちゃん、可愛いな。ご高説どうも、しっかし、じじい共の考えることはおっかねー。こんなことまでしてたとはな」
礼二が巨人に切りかかるのを辞め、まじまじと流されている映像を見てはなを上から下まで舐めるようにして眺める。だが、いつまでも、話している気はないらしい。巨人の腕を避けこちらに駆けてくる。
「俺ならもっと凄いのを見せてやれるぜ!」
刀身が折れていることなど気にしないかのように、礼二が刀を振るってくる。巨人は礼二を掴もうとするが、巨人の動作は重く礼二を捉えることは出来ない。俺は、礼二に向けて左手にナイフを構える。そして、振りかぶりそのまま振り下ろす体制に移行する。
「ワンパターンな動きだなあ。青葉くん!」と礼二が俺をたしなめるように怒号し、ニヤッと笑みを浮かべる。そして、俺の胸部目掛けて刀を突き刺そうと接近してくる。しかし、礼二の刀が俺に届くことはない。礼二の振るう刀の切っ先が到達する前に俺の右足が、礼二のみぞおちに直撃する。
礼二はそのまま後方にのけぞる。痛みのために、悲痛な表情を見せている。そして、礼二の胸ポケットから、ガラス状の瓶が落ちる。ここに来たときに礼二が手にしていたフラスコだ。フラスコが床に落ち衝撃で割れる。すると、フラスコの中に入っていたトカゲのようなものがいつの間にか消えている。
「やべええ。あの爺さんどもがうるせーぞ。どうすんだよ!」
礼二が珍しく慌てている。左右を見渡している。その視線を追うと、三体だけ、女型のばけものが残っていることが分かる。こちらを向いてその場で立ち止まっている。すり足でこちらに近づいてくることはない。
『グギャアアアア、ギャギャ』
女型のばけものが一斉にお腹を押さえて、悶えだす。苦しんでいるようだ。女型のばけもののお腹が膨らんでいる。まるで、妊娠しているようだ。仕舞には女型のばけものが仰向けになって、暴れだす。女型のばけものの腕力で、地響きとともに床に亀裂が入り、女型のばけものが叩いた箇所がへこんでいく。
『グギャグガヤ』
呻き声を挙げている。そのときだった。頭に強烈な痛みを感じる。周りの人間も同様に痛むらしい。一斉に耳を塞ぎ、頭を抱える。礼二も同様である。脳裏に凄まじい声がなだれ込んでくる。
『生きたい。生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい! 生きたい!』
【それ】が、三体の女型のばけものの腹を突き破る。すると、俺の目の前に、異様に長い手足、人のような胴体、蜘蛛のように四本足で、その場に立っている生き物が三体いた。顔はイモリのような爬虫類の見た目で右目が異常に大きく発達していて、左目はあるのかないのか分からないほど退化しているようだ。大きな右目をこちらに向けている。頭には、髪の毛のようなものが生えてきており、その肌は、浅黒くざらざらとしている。
『これが、世界……』
四足のばけものが、自らの指を、腕を、感慨にふけるようにまじまじと見つめる。そして、女型のばけものの頭部から、虫のようなものがずるっとはい出てくる。四足のばけものがそれを捕まえて、口に運ぶ。口が大きく開き中には、鋭利な刃がのこぎりのように付いている。バクバクと噛み千切り、四足のばけものの口から赤い体液が滴り落ちる。
「なんだ。こりゃあ。これを俺にもって来させようとしてたってのか? 話ちがくねーか? 気持ちわりい。つーか、どう持ち帰んだ? ま、見物といくか」
礼二はそう言って、マントを翻し、後方に退く。礼二にもこの四足のばけものの正体がつかめないらしい。
『ぱぱ…………コイツ……ヤバいカモ』
「ぴー。ぴー」
エルが、俺に話しかけてくる。俺は、後方にゆっくりと下がり距離をとりしずくと小町、みやこを後方に待機させる。そして、相馬と治憲が俺の左右に立つ。
「おい、青葉、相馬、こいつらどうすんだよ。何か雰囲気やばくねーか」
治憲の額に汗がしたっていることが分かる。はなに視線を送ると、はなは身を抱いて震えていた。
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