第16話 差し伸べられる手


 青年は、暗闇の中で、目を覚ます。周りを見渡すと、ぼーと青白く光る子ども達が見える。




『お兄さん、ありがとう』




『お兄ちゃん、たっくんを救ってくれてありがとう』




「え?」




 青年の名は、安達相馬。相馬は問いかける。「ここは、どこ?」と。




『ここはね。僕たちの中だよ』




『やめなよ。みかちゃん。誤解しちゃうよ』




『そうだね。ごめんよ。お兄さん』


 男の子と女の子が会話している。そして、また立て続けに子供たちが話してくる。




『ここはね。僕たちが作った遊び場』




『ここには、誰も入ってこれないの』


 少女が少年が駆けっこをしている。赤、緑、黄、青、様々な色の服を着ている。年齢はバラバラで、五、六歳の子もいれば、一番大きな子で一四歳くらいの子どもがいる。一四歳くらいの子は女の子のようだ。相馬にゆっくりと近づいてくる。




『ここはですね。ここにいるように言われているのです。お兄さん見てください。ここで何があったのかを』


 そう言って、女の子が何もない空間を指さす。するとふわっと白いもやが集まったかと思うとそこに、映像が流れ出す。


 その映像の中には、数人の男たちそして、手術室のような場所が写し出されている。


相馬は、手術台には、この目の前の少女が乗せられていることに気が付く。手足が拘束され、身動きも取れず、口も縛られている。しかし、目だけはふさいでいない。少女はいまから行われるであろう暴挙を知っているようで、懸命に暴れ回る。




映像が少女から離れて、周囲の状況を写し出す。数人の子どもが同じ様にして、縛られていた。




「な、なにをするんだ。やめろ。やめてくれ。その子が何をしたっていうんだ!」


『無駄です。これから、私達殺されるんですよ。ああやって他の苦しむ子達の声を聞かせて順番を待たせるのです』


 相馬が聞こえるはずもないその相手に懇願する。何度も見たかのように、静かに冷たい声で話す少女。




「さて、これから『恐怖の感情』の摘出を行います。まず、一本ずつ、爪の指を剥いで、その次に歯を抜きます。その次に、一本ずつ指を取り、そして四肢を……皮を……最後に首を……ゆくっりと丁寧に行います」


 映像が進み、リーダー格らしい男が指揮をし、作業に取り掛かる。少女は溢れんばかりの涙を浮かべてそれでももがく。指示通り、作業は進められていく。




そして、最後に少女は動かなくなる。手術台の下には、血が湖のように広がり濡れている。




「こんな、こんな。ことって…………」


『私たちの苦痛はこれでも終わりませんでした』


「……………………」


 相馬は、衝撃のあまり沈黙してしまう。それでも少女は続ける。


『死してなお、その魂は、未練という名の鎖によって、いまだこの世界に拘束されてしまっているのです』




「なんで、そんなことを僕に……」


相馬は呟く。身に覚えもない。




「我々は、ずっと助けを求めていました。……誰も助けはおろか声さえ聞いてはくれませんでした。あなたは、代わりだった。でも、あなたが我々を見つけてくれた。最初は、仙台青葉さんにお願いするつもりでした。ですが、あなたは我々を見てくれた。庇ってくれた。こんな惨めな殺され方をして、虫のように捨てられた命に手を差し伸べてくれた」


 少女が大粒の涙を流し、ふわあっと少女が光に包まれる。そして、目の前には、廃病棟で出会った女の姿があった。




「これは、私の未来の姿。いえ、なりたいと願った姿です」




「未練……?」




「誰かに私たちがここにいると私たちが人間だと誰かに分かって欲しかったのです」




「そんな、そんなことって!?」


 どうしようもない感情が相馬の胸を引き裂くように胸の中で暴れている。




『安心してください。あなたの傷は私たちが癒します。私たちの魂を使って……もう……行ってください。あなたを待つ方々のところに、優しい方、ああ、もっと早くあなたにあえれば良かった……』


 女性は微笑んでいた。そして、助けを求めながら理解していた。誰も助けてはくれないと。正義のヒーローが助けてくれるそんなことはアニメとか、そんな類いの作り話だと。このまま、力を使い果たして消えていくのが、運命だと。


女性は、いつからか自らが助かる望みを放棄していた。そんな救いのない状況を自分に責任があるのに、なにも出来ない。


一筋の涙が彼女の頬をつたっていく。




「待ってよ!あのフラスコの中身も、君たちなのかい!?』


『あの子達は、もっと残酷です。生きる喜びも何もかも味わうことすら出来なかった哀れな子たち……』




「君たちを救うにはどうすればいいんだ!?」


『そんな……嘘です!……私たちを見てくれる人なんて……』


 相馬は抱きしめる。女性を子ども達を。そして、女性はぽっとまた光り、少女の姿に戻る。相馬の頬にも大粒の涙がつたい抱きしめた少女の髪を濡らす。言葉などいらない。抱き締める強さ、髪を濡らす涙。


相馬の想いが少女にこども達に伝わっていく。


『ありがとう。ありがとう』


 暗闇が急に光に包まれる。



 シャッターの開閉音とともに、女型のばけものが俺の正面から、そして、左右から迫って来る。俺の後ろには、みやこ、しずく、小町。幽体の女性、男の子はいつの間にか消えていた。彼女たちと俺の距離は二メートルほど離れている。左右から来るばけものが、彼女たちに迫っている。




 ばけものの手がしずくに迫る。今にも、ばけものに掴まれてしまいそうだ。


「ごめん。…………、お姉ちゃん、もうだめかもしれない」




 ばけものの手がしずくの顔に触れそうになる。しずくは、半ばあきらめたように、目が虚ろでばけものの顔をぼおーと眺めている。俺は、振り向き、しずくのもとに翔る。しかし、実感で分かる。そう、間に合わないと。くそ。もっと、早く走れれば……。




「あんた何かに、あんた何かに、しずくを…………しずくから離れろー!」


 小町だった。小町が白い手袋をはめ黒い小型の機械を手にしている。そして、小町が叫ぶとともに、ばけものの身体に雷撃が走る。そう、その手に握られているのは、京の宮先生が小町に預けた『スタンガン改』だった。


 小町は回想する。(『いいですか? 小町さん。また何かに襲われることがあったら、これを使いなさい。そして、必ず、この手袋を忘れずに』)


 激しい光とともに、ばけものが悶えそして、その雷撃によって黒こげになる。小町が「し、死んだの」とばけものの骸に目を向ける。ばけものは全く動かないことを確認すると、小町は、その場で気が抜けたように尻餅をついてしまっていた。




 まだまだ、ばけものがいることなど、小町にとっては頭からなくなっていた。ばけものを倒せたこと。そして、いつも助けてくれる親友を助けたことそれだけしか考えられない。




 しづくと小町に、ばけものが迫っている。俺はすかさず何体かの女型のばけものにナイフで切りかかり、その身体を切断する。数が多すぎる。ばけものを切り伏せても、数で押されてしまう。




 目の前では、礼二がステップを踏みながら、楽しそうに笑っている。


「どうしたー。バケモンども。かかって来いよ」




「にゃろー! ふざけやがって!」


 治憲が、礼二に向かって吠えている。しかし、その治憲にも、女型のばけものが迫り治憲はそれから避けるため、後方に下がるしかない。俺たちは、より追い込まればけものに詰め寄られ逃げ場を失っていく。




 そのとき、床から激しい七色の光とともに、相馬が現れた。相馬の傷が癒えている。相馬が右手をすっとあげる。すると、床から黒い首のない人型の巨人が現れる。首なしの巨人は体にカラフルなラインがあり、胴体には、瞑った一つ目の眼ようなラインがある。また、肩、腕、指のありとあらゆる間接に虹色の縫い目がされている。




「君たちの願い、僕が叶える。だから、今だけは僕に力を貸してほしい!」




『お願いします…………。百十四(114)人のたったひとつの願いを…………』




 赤、青、黄、緑、紫の腕が巨人から伸びていく。その腕は伸びていく。そして、その腕はまるで布のようだった。多彩な色の布状の腕が無数の女型のばけものに絡みつく。そして、一気に搾り取るように、締め付ける。ばけものの身体が引き裂かれ、そのカラフルな腕が真っ赤に染まる。




 相馬の目は優しさをまとっていた。そして、その目がゆっくりと礼二を捉える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る