第12話 隔絶


 暗闇の中、二人の男性がモニターの前に立っている。


「素晴らしい。あのごみにこんな使い道があるとは、既にこの周辺を支配するだけの力は十分に回収できた。」




 男がモニターを凝視して、興奮している。そこには、一羽の鳥が肥大化し、暴風が巻き起こりカメラがカタカタと震えている。




「恵南先生、どうでしょう。」




「ああ、すばらしい。あいつらから集めたものと、このストレイの放出したものを合わせれば、ここに隔絶空間を【実在】させることは容易だろう。ようやく一つ計画が進む」


男たちは、暗い密室でゲラゲラと笑い合っていた。









 俺は、女のばけものの前に立つと、すっとナイフの刃を前に向け、戦闘態勢に入る。そうして、思考する。やけに落ち着いていた。昨日の自分とは、別人のようだ。4年前の変わろうとしてまっすぐに京の宮先生のもとで学んでいたことを思い出す。




(彼の変わりたいという熱意は凄まじいものでした。しかし、病院で再会した彼の顔は死んでいました。一体どんな出来事が起こったのでしょう。まさか、受験に失敗しただけとは言わないでしょうね、青葉)


 先生と目が合う。




 先生はいつも言っていた。『若者に求めるのは熱意だとその熱量こそ技術に勝る結果を生む』その先生の言葉を俺はそう信じてやまなかった。そして、『目を逸らすな! 逃げるな!』とよく言われたものだ。




 先生からは、学問、体術、哲学すべてを教わった。しかし、どれも一級品とはならず、なかず飛ばずだった。心のどこかで、自分が何になりたいのか俺は迷っていたのかもしれない。だから、形だけ熱意が先生に伝わっていたのかもしれない。




 そう、考えていると、ばけものが近づいてくる。そして、ばけものが俺に対して右手を伸ばしてくる。




「やっぱり、遅いんだな」


 俺は、そう言ってナイフをばけものに向かって振り下ろす。ばけものの右手がナイフに触れると、まるで素振りをするかのようにすっと刃を振りぬくことができる。ぼろっと、ばけものの右手が床に落ち鮮血がしたたる。




「…………ゴギガアアあ!」


数秒の沈黙のあと、ばけものが右手が切断されていることに気づき呻き声をあげる。




「なんだ、この切れ味?」


俺が、ナイフを覗き込むと歯を形成している黒い粒子が絶えず動いている。








 立て続けに、俺はばけものの左腕を切断する。




「……グガアア!」


 短いばけものの呻き声。




 負けられない。まっすぐ、ばけものの腐った顔を見る。エルは……あの子は俺が守る。そのことだけを考えればそれでいい。俺は冷静に状況を分析していた。この遅いばけものを両腕を切り落とせば次は首を跳ねる。




(それにしても、おかしいですね。こんな短期間に人が変われるものなのでしょうか? 確かに、青葉ならこの程度造作もないでしょう。しかし、実力というものは心構えが出来ていなければ出せないもの。再会した彼の様子では、そんな一晩でできるものではないはず)


 俺は、一瞬先生を見る。先生とは目が合わない。先生はエルを凝視していた。




 ばけものが眼前まで、接近する。喉元でも食いちぎりにきたのだろう。そう思った。俺は、ナイフを思い切りばけものの首目掛けて振りぬく。頭部が後方にとび、首からシャンパンのように血が噴き出す。




『キタ……ナイ』




「そうだね。エル」


 飛翔していたエルが、僕の指にとまる。僕らは怪物の作り出す雨で濡れていた。




「ひっ!いやーーー」


 ごろんと首が小町の前に転がっていた。小町は、飛んできた首を咄嗟に避けるため、後ろに尻もちをついていた。




「大丈夫?」


 俺は、小町に手を差し伸べる。手はばけものの血が付着している。




「っ!」


 小町は、声をだすことが出来ず、そのまま後ずさる。俺をばけものを見るような目で見ている。いや、それ以上の恐怖が目の前にあるようだった。




「すまない……」


 俺はそう言って、小町から離れた。




「こまちゃん、大丈夫、大丈夫だから!」




「首が……首が……こんなに血が……」


小町が、顔に違和感を感じたのか、手を顔にあててる。そして、視線を手に移す。その手には血が付着していた。




「いやああああ」


小町は叫んでいた。そして、そのまま後方に倒れ込み気絶する。生首という衝撃が彼女を襲っていた。




「青葉、すげえな。お前えこんなに動けんのか」


山県が俺に近づいてくる。




「いや、夢中だっただけだよ。俺はただみんなを守りたかっただけだよ」




「そうか、サンキューな青葉!」




「青葉?」


俺は不思議だった。確か山県は俺のことを、仙台と呼んでたはずだ。




「ああ、事故やなんやでずっと死線を潜り抜けてきただろ? だからりょ。もうマブダチだろ!」




「そうだな。治憲」




 じっくりとしずくとみやこがこちらを見ていた。




 俺は、床に不気味な大きさ十○センチメートルほどの虫がいることに気が付く。




「先生、これは?」




「何でしょうか。これは? 大間さん」




「先生申し訳ありません。私にも何が何やら」




「そうですか。ですが、どうやってこのばけものはこの世に現れたのでしょう。まず、間違いなく私が以前退治したものはこの施設で発生したもので間違いないでしょう」




「退治ですか」


大間が京の宮先生に尋ねる。




「はい。以前この子たちを追ってきたことがあり撃退しました」




「それより、大間さん。あなたは一定の信用ができる方だというかたが分かりました。娘を助けていただきありがとうございます。応急措置をします。」


 そう言って京の宮先生は、大間の背中に刺さったナイフを引き抜き、大間に上着を脱ぐように促すと、緊急医療用セットをポケットから取り出し、傷口を消毒したのち、包帯を巻きあげる。凄まじい手さばきだった。




「す、すごい!」


 しずくが小町を膝に乗せながら、感嘆と呟く。




「それほど、でもありません。手先が器用なだけですよ」


 にっこりと京の宮先生は返していた。




「彼女が、京の宮先生の娘さんでしたか。そうですか。先生のお役に立てたならこの大間もう死んでもかまいません」




「いえ、いえ、あと数センチ深く入って入れば死んでいましたから、冗談になりません」




「……………………」


 数秒のあと、大間と先生が見合った後――。




「「ははははっははは!」」


 大声で笑い合う。




「では、行きましょう。」




 そのときだった。大きく大地が揺れ動く。 


「な、何だ! 地震か」


 山県が叫ぶ。




 俺は、大きな地響きとともが起きる胸を焼くような異様な不安感を感じていた。







 大間と先生の後について、道なりに進んでいき、エレベーターに到着する。




 そして、大間は一階のボタンを押し、エレベーターが地上に向かう。エレベーターの回数を知らせる電子モニターが『B12』の回数を示す。




「随分地下にいたんですね」




「ええ。そのようです」


 京の宮先生がしずくに相づちを打つと、エレベーターが、開く。そして、大間が先行し手招きする。




「ここまで、来ればもう刑務所管内です。そう易々と恵南の指示は通りません」


 そう言って、通路を進み外の世界に出ようとしたときだっだ。




「あれ? 鍵が! いつっ!」


 大間が強引にドアを開こうとする。背部に激痛が走るのか呻き声を小さくあげる。ドアは自動ドア式で横に開閉するタイプの物だったが、どうやらロックを掛けられているようである。




 ぶぶっっという着信音とともに、京の宮がその送信相手に問いかける。


「恵南先生、何をお考えなのですか?」


 電話相手は恵南だった。




「一介の医者風情が偉そうに、だがこれだけは教えてやる。そう易々とお前たちを返すわけにはいかない」




「そうですか!」


京の宮先生が、ドアに手を当てゆっくりとドアを開閉していく。




「なんだ! その力は!」




「これが生徒を守る教員の底力です!」


(本当は、この機械でロックを解除しただけなのですが、あの方が友人で本当に助かりました。まあ黙っておきましょう)




「まあいい。しばしの休暇を楽しむことだ。お前ら等は、私の手の内だ。逃げることなどかなわない」




「「こ、これは一体?」」




 俺たちは、刑務所の外に出た。そして、驚愕した。坂下町があることには変わりはない。しかし、明らかに異様だった。時計に目をやると、十四時を指している。それにも関わらず、坂下町の周辺が闇に閉ざされていた。

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