第11話 変化
部屋を出ると、一本道の廊下が広がっていた。廊下には奥と手前に、一つドアが付いていた。この部屋は、廊下から最も奥の部屋に位置しているらしい。そこに、僕らは閉じ込められていた。僕らは、先行する京の宮先生と男の後ろに従ってを歩いてく。
「ここどこなのよ」
小町が、僕に尋ねてきた。
「さあ、僕も分からないんだ」
僕は、小町にそう答える。答えながら、成人式で記憶を失うまでのことを思い出す。そして、何故僕たちがこんな場所に連れてこられたのだろうと考える。
「ここは、刑務所です」
先ほど、京の宮先生に話しかけていた男性が答える。
「「「刑務所!?」」」
僕らは、驚きのあまり声を上げていた。
「正確には、刑務所の地下施設です」
「地下、ですか? そんなの刑務所にあったんですか」
しずくが立ち止まり食い入るように男の顔を凝視している。
「ええ。」
「しかし、あなたは何者なのです?」
京の宮先生が、立ち止まり男に向き直る。
「お忘れかもしれませんが、私は大間と申します。先生に一度命を救って貰った者です」
「私が? 失礼ですが身に覚えがありませんね」
そう言って、京の宮先生がドアに手をかけて、入室していった。僕らもこれに続いていく。
そこは、先ほどの部屋と同様に白い壁に白い床、天井の何もない部屋だった。そして、目の前には、通路が一つだけあることが確認できる。
「私は末期の癌患者だったのですが、以前、手術を受けました。その執刀医が先生でした。あのときは、私は先生に命を救われてたのです。そして、先生がこの町にいらっしゃると聞き、病院で働くことになったのですが、恵南の指示でこちらの施設に配属されました」
そういうと、大間は胸に手をあてる。二の腕の筋肉が盛り上がっており、鍛えていることが窺える。
「この施設は何なのです?」
「分かりません。ただおかしな実験をしているようなのです。」
「おかしな実験?」
京の宮先生は、じろっと大間を見つめ返す。
「はい、何やら不思議な器具を用いて、人間を拘束したり、拷問したり、今回のように人をさらって来たりするのです。……その実験に関わる中で、ばけものを見ました。そして、私といた職員はそのばけものに殺されてしまいました。その場で、生き残ったのが我々だけでした」
大間が俯きながら声を絞り出すように答えていた。
「ばけものですか?」
京の宮先生が、再度大間に問いかける。京の宮先生の眼光が鋭く大間に突き刺さる。それに臆せず、大間が返答する。
「顔がふやけたように潰れた女性の姿をしていました。ですから、恵南を信用できなくなってしまいました」
「そうですか。あなたは恵南先生とどういうご関係性ですか?仮にこのことに恵南先生が関わっていたとしても、あなたはあまりにこのことについて、知りすぎている節があります。不自然です」
「私も何故この施設に配置されたのか分かりません。ですが、彼は『君は特別です。権利がある』と言っていました。それと、『感情を引き出すことを目的にしている』とか、『【実在】がどうとか』言っておりました。」
「権利、【実在】……ですか……」
京の宮先生の目つきはより鋭くなっていた。思わず、小町やみやこをはじめ、僕らは背筋に寒気すら感じていた。
京の宮先生が、突然通路先を指さして、大間に告げる。
「それは、あのようなバケモノですか」
僕たちの視線には、数人の人影が見える。ゆっくりとすり足で寄って来る。僕には、こいつらに身覚えがあった。
昨日、遭遇したあの女のばけものにそっくりだった。
「はい、そのようです」
「どうして、あなた方はあのようなばけものと遭遇して、いま生きておられるのですか?」
突然、ばけものの一体に近づくと大間は、ばけものを掴み投げ飛ばしていた。
「私が、対処しました。ですが、あのときは一匹しかいませんでした。正直、先生方をお守りして、この場を逃げることはかなわないでしょう。京の宮先生、どうか彼らとともにこの先に行ってください」
投げ飛ばされた一体がむくっと起きだして、ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「きゃああああ」
小町が叫ぶ。すると、しずくが小町の手を握りしめる。
「こまちゃん、大丈夫です。みんながついてます。正直私も怖いですが、怖がってたら相手の思うままです」
しずくが足を震わせながら、力強く小町の手を握りしめていた。
「そうです。でも私たちには、お父様がいらっしゃいます」
「そうですね。『弱いもの』いじめをはじめましょう」
「弱い物? え?」
大間が聞き返す。そのときだった。目にも止まらぬ速さで、京の宮先生先生がばけものに接近すると、一閃、ばけものの首を跳ねる。
「せっかく、かっこよく提案していただきましたが、その気遣い結構です」
京の宮先生は振り返り大間を見る。唖然としている大間
「先生、お強いのですね……かえって、お邪魔のようです」
大間は、驚きのあまり少し交代し、小町たちを自分の後ろにいるように指示する。
『ぱ……ぱ……エル……ヤクダツ』
エルがバケモノに向かって飛翔する。黒い粒子が僕の体から噴出し、エルに収束し、一回りほど体積が肥大化する。
そして、ばけものに爪をたてる。ばけものの体がまるで、豆腐を切り裂くようにポロポロと崩れるように切断された。変え血がエルの黄金色に輝く美しい翼を汚す。
「エル、だめだ。そんなことしなくていい……」
『エル……パパ……ヤク…タチタイ』
「随分、あめえこった!そんなんだと、足すくわれるぜ――」
後方に下がっていたみやこに向かって、ナイフを突き立てる人物がいた。
「あぶない!」
足をふらつかせながら、杖をつき、礼二が逆手に持ったナイフを突き立てる。礼二は肉を切り裂く確かな感覚を得て、恍惚とした表情を浮かべる。が、それはすぐに不満といったもののに変わる。
「てめえ。誰だ! 邪魔すんじゃねー。俺をコケにしたあのくそ鳥と先生のみやこちゃんをズタズタにしてえんだよおお!」
「ぐうう!」
大間が、みやこを庇うように抱き込み、礼二に背中を向けてる。そして、礼二の振り下したナイフが大間の背中に突き刺さっていた。
「礼二くん。随分としつこいですね。殺しますよ!」
「先生にできますかね。この俺を!」
濁った緑の目を礼二は京の宮先生に向けている。
「………………」
ゆっくりと、京の宮先生が近づいていく。
「ほらな……ぜえ…ぜー」
そう言って、礼二は、ナイフから手を離し、両手で杖を掴みようやく立っていた。息が荒い。
このとき、僕の中で何かが崩れる音が聞こえた。
「【俺】ならできるぞ!……エル!」
俺は、折れたナイフの柄を持って礼二に近づいていく。そして、エルにそう呼びかけると、エルの体から黒い粒子がナイフのもとに収束し、刃を形成する。
「なんだ? それ? 来んな。来んじゃねー! ひぃ!」
礼二は、その場から逃げようと、後ろに下がる。しかし、礼二の体は限界を迎えていた。下がることなどできず、そのまま仰向けに背中から垂れ込む。
「お前に、人がやれんのか?」
「青葉! こんなやつの挑発にのんな。ま、俺は乗っちまったが」
山県が、俺の腕を掴んでいた。はっと、俺は歩みを止めて、山県を見るとにかっと歯を出して笑っていた
怒りの感情が俺を支配していていた。体から靄のように黒い塊が出ていくと、エルに向かっていく。気に食わなかったやつの傲慢な態度が。
「青葉くん、エルちゃんを見て」
みやこが叫んでいた。
その視線の先を追うと、エルの周りに黒い粒子が舞い砂塵のように吹き荒れる。エルの瞳はもえあがるような強い光をギラギラと帯びて、その虹彩が見開いている。羽ばたく羽音が轟音をとなって、鼓膜を刺激する。
『………………』
「君の感情に応えているのですよ。君が押さえなければ先ほどのようにあの子は、暴走するでしょう。そのときは、分かりますね」
「はい……」
こころを落ち着かせる。次第に、エルを取り巻く黒い粒子が消滅していく。
「まったく、世話の焼ける。お仕置きが必要ですね」
そう言って、京の宮先生は礼二に近づいていく。そして、馬乗りの状態になり、大きく腕を振りかぶって、そのまま礼二の顔目掛けて手拳を飛ばす。右に左に数発浴びせる。鼻のから血を出しながら、気を失っているのだろう。もう一発いれてやると、京の宮先生が、左手で礼二の襟を掴みあげ、右手を振りかぶる。
「お父様! 死んでしまいます!」
みやこが叫んでいた。
「娘を凌辱されそうになって、黙っている父親は人間ではありません……この子に、人間というものを教えて差し上げるのです…………冗談ですよ。しかし、面倒ですね!」
(あと、2、3発は死なないと思うのですが、みやこは優しいですねぇ)
「「「先生!」」
ばけものの一体が、京の宮先生に襲い掛かる。すると、先生はまたポケットから何かを取り出す。手には四角い機械のようなものが握られている。
ビリビリっとばけものの体に青い光。まばゆい光とともに、焦げたばけものの残骸がその場に倒れ込む。即座に来ていた白衣でそれにかける。
「予習済みです。あなた方は、とても強い力をお持ちのようですが、人体の構造と変わるところがほぼありません」
「なんですか、先生、それ」
しずくが、目を丸くして、指をさして尋ねる。
「先生の秘密道具、『スタンガン改』です! さすがしずくさん、目の付け所がいいですね。これはあなたに差し上げます。あ、小町さんにも差し上げます。みやこには、いろいろあげてるのでいいですね」
「いらないわよ。こんな物騒なもの!」
小町は驚きこれを拒否するが、強引に手渡される。
「さて、青葉くん。あと一体いますが、どうしますか? 逃げますか?」
楽しそうに京の宮先生が試すように笑顔で尋ねる。瞳は鋭く僕をまっすぐ捉えている。
「いえ、俺がみんなを守ります。あのときエルが俺の中に来て、ずっと逃げてちゃ誰かがこんな思いをする。そう感じるようになったんです」
「ようやく、仕込んだ運動の成果が出せるようですね」
京の宮先生は嬉しそうに笑った。
「はい」
ゆっくりと、俺はばけものの前に立った。少しも足が震えることはなかった。
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