第8話 超常の存在


 体育館のステージにスクリーンが下され、プロジェクターからスクリーンに光が投影される。

「ええ、みなさん。ご成人おめでとうございます。私がご紹介に預かりました恵南(けいなん)と申します。これから、社会に羽ばたくみなさんに、微力ですが、わたくしから……」

 

 中肉中背の50代くらいの白髪混じりの男性が登壇して、何やら話し始める。別の会場から中継しているようだ。


 ここは、坂ノ下高校の体育館。成人を迎える若者がそれぞれ用意されたパイプいすに座り、恵南の話を聞いている。


 そこに、遅れて僕と、みやこは入っていき、空席の椅子に腰掛ける。あたりには、見知った顔がいて、高校時代を思い出させる。


「ん、二人でどうしたよ。遅刻かよ」


 僕は、横に視線を移すと隣から、腕を組んで山県が話しかけてきた。腕には包帯が撒かれている。


「うん、ちょっとね。」

 ひそひそと小声で返す。


「いいよなあ。俺らなんて、京の宮先生が1時間も間違えてずっと、待たされてたんだよ。たく、あのセンセーは。すごいのか。抜けてんのか分かやしねー」

 来賓席にいた京の宮先生がこちらをじっと睨め付けていた。


「うそだろ! 聞こえんのかよ! なにもんだよあの人!」

 驚きを隠せない山県。突然、ぶっぶっっと山県のポケットからの着信音。


「やべえ。切り忘れてた。っと、誰からー。え!?」

 そう言って、取り出した山県のスマホの画面には京の宮からの着信通知と『あとで、おしおきです!』と文字が映し出されていた。


「センセーも式で携帯いじってんじゃねーかよ」

 弱弱しい声。ぶっぶっと、またも、京の宮からの着信。『先生は偉大なのです。送信予約していたのです。ま、嘘ですが(笑)』と表示されていた。


「ホラーかよ」

「静かに治憲」

山県のとなりから、安達が注意してくる。

そう言って、山県はスマホの電源を切った。


あたりには、うっすらと白い靄のようなものが見えていた。


「私は幸運です。47名のみなさんとこうして、この場で会えたことに、神に感謝します」

 話も終わりに近づいてきたのだろう。恵南が結びのようなことを言っていた。


 次第に、着席していた人々が、パイプいすに座ったまま、横に倒れていく。

 意識が遠のいていくのを感じる。

「それでは、みなさん。手筈通りにお願いします」

 恵南の声が体育館にこだまする。ガスマスクを着けた人々が体育館に入って来る。


 そこで、僕の意識は完全に途切れた。


 目が覚めるとそこは、白い部屋だった。僕は、床に手をついて立ち上がろうとする。ガチンっという金属音とともに、僕の動きは制止されていた。


 「えっ!」

 僕は、思わず息をを飲んでいた。ごっくんという喉を鳴らす音がしっかりと聞こえたように感じる。僕は、驚いていた。自分がいる状況はもちろんだが、夢と同じように安達や山県が身体を拘束されていたことに驚いていた。


「よう、起きたか。仙台」

「閉じ込められてしまったようだね」

 山県と安達が夢とまったく同じ言葉を発してくる。


 頭が混濁する思考を巡らせようにも、とっかかりがない。どこから考えればいいのだろう。


「しかし、こんなことになるたあー思わなかったぜ。くそ!」

 山県が目の前で、夢と同様に、力任せに拘束を振りほどこうとしていた。


「同じだ……」

 ぼそっと、呟いていた。


「あ、なんだって!」

 山県はそれを見過ごさなかった。怒気を含んだ声で僕に問いかける。


「待って! 治憲。青葉くんにあたってもしょうがないよ」

「分かってるよ。悪かった。」

 視線を逸らす治憲。


 何分だろうか。何時間だろうか。いつ終わりを告げるか分からないそんな時間を、何もせずにいることは僕らにとって苦痛だった。極めて長い時間この場にとどまっているようにさえ感じた。


「お待たせしました」

 どのくらいの時間が経っただろう。腕は後ろで拘束され、何もできない。何もしないとただただ眠気が襲ってくる。うつらうつらと意識が遠のいてくる。そんなときだった。キィ-という金属の擦れる音とともに重々しく扉が開き、聞き覚えのある声が聞こえる。


 ドアの向こう側には、京の宮先生が経っていた。


「「「 京の宮先生! 」」」

 僕らは思わず、歓喜の声とともに先生の名前を呼ぶ。


「ごめんなさいね、動かないでくださいね。ほっ!」

 京の宮先生は、僕の後ろに回ると何やらごそごそと何かを取り出して、僕の手を拘束する手錠目掛けて、振りかぶりそして、ぶつけてくる。


 ガツンという金属音が白い部屋に鳴り響く。


「あれ、おかしいですね。切れませんか。メスですもんね。一回手首を切り落としてから、縫い合わせたほうが早いかもしれませんね?」

 背筋がぞわーとして、寒気を感じる。何も声が出なかった。僕は、斜め上にある先生の顔を見ながらぶんぶんと横に首を振る。


「それでは、これでどうでしょう?」

 また、京の宮先生は、ごそごそと何やら小瓶のようなものを取り出し、そしてじゅわーという炭酸がはじけるような音が背後から聞こえてくる。横にいる安達に目をやると、安達は真顔だった。安達の顔が真っ白に見えた。


「どうなってる?」

「とけてるね……」

「どれ、立てますか?」

「はい」

 僕は、立ち上がり、僕は急いで自分の腕を見る。そこには、手錠の輪だけが残った手首があった。あー自由って素晴らしい。身体を拘束していた手錠の金属の接続部はきれいに溶けてちぎれていた。


「はい、これで、治憲くんも自由の身ですね」

 京の宮先生はそう言って、安達と山県の手錠に向けて、不思議な液体をかけていた。


「先生、それなんです?」

「秘密です」

 先生は、人差し指を立て口元に添える動作をしていた。


「では、行きましょう」

 そう、先生が部屋から出ようとしたときだった。


「困るんだよなあ、勝手なことされっとさ!」

 赤髪の長身の男性が立っていた。


「何で、彼がこんなところに」

「相馬、あいつを知ってんのか?」

「ああ、彼は、鄭炎(ていえん)。女、こどもといった非力な人間ばかりを一方的に殺した犯罪者だ。この間捕まった全国でも有名なやつだ」

「あー! 俺が犯罪者? 自分の女を愛しただけだろう!」

「くそやろう……」

 僕の口から、自然と言葉が出ていた。怒りが溢れだしていた。


「あ、なんか言ったかガキ」

 鄭炎は、僕を睨め付けてきた。

 京の宮先生は、僕の方をじっと見ると、手を顎に当て、「ほう」と感慨深いといった気な表情。


「疲れますね。また『弱い者いじめ』をしなければなりませんか」

 京の宮先生が、はあっとため息をもらしたかと思うと、おもむろにメスを取り出して鄭炎目掛けて、放つ。金属が風を切る音が聞こえたかと思うと、放たれたメスは鄭炎の胸部に突き刺さっていた。


じわっと、彼の胸部から血がでて服に小さな染みができる。


「な、なんじゃこりゃ!」

 鄭炎は、自らの胸に刺さったメスを見て驚愕している。


「うーん。ここは、青葉くんに任せます。これを」

「なんです。これ?」

「秘密の薬と護身用のナイフです。こころもとないかもしれませんが。後で落ち合いましょう。先生は他の生徒のとこに向かわねばなりません。犯罪者さんのお相手はする余裕がありません。では」

 颯爽と先生はその場を後にする。何故か、心なしか嬉しそうだった。

(はじめて会ったころの、彼に戻れるかもしれませんね)


「おい、逃げんじゃねー!」

 僕は、走り出していた。京の宮先生を追いかけるように、ドアの方向を見つめる鄭炎。後方にいる僕のことに気がつかない。僕は、先生から預かったナイフの鞘を抜きナイフを彼に突き立ってる。鄭炎はようやく、僕の接近に気づくも間に合わない。咄嗟に鄭炎は手を僕に伸ばし自分を守ろうとする。


 その瞬間、鄭炎の手にナイフが突き刺さっていた。僕はすぐにナイフを抜き取る。

「お前か。さやかさんを殺したのは!」

「いてえー! いてえー!」

 鄭炎は、鮮血する手を庇うようにうずくまる。


「誰だよ! さやかってのは!」

「お前の殺した人間の名前だ」

 いままでに聞いたことのないほどの冷たい声で僕は告げていた。


「さやかさん、というのは、誰なんだい。青葉くん」

 後方から、安達が問いかけてくる。小さく怯えたような声だった。


「僕の大学の知人だよ。」

 僕は、そう低い声で答える。

さやかというのは、大学の知人だった。友達ではない。いつもの僕なら、こんなに憤りを感じるはずはない。そう『いつもの僕』ならば。


『昔の僕』は、なんでも自分で解決できると思っていた。だが次第に、理想と現実のギャップからいつしか、自分には解決できるわけないと心に蓋をするようになっていた。


 だが、今回はなぜだか無性に怒りを止めることが出来なかった。

 改めて、僕は、鄭炎に向かって切りかかる。頭は目の前の相手への怒りで満ちていた。

「法で裁けないなら、僕の手で」

「くそー。ざけやがって!」

 鄭炎はズボンのポケットに手を突っ込み、何かを取り出し手を握りしめたまま前に突き出した。握りこぶしがゆっくりと開く。


 ころんと、ビー玉のような黒い珠が床に落ち、その衝撃で砕ける。

「やっちまえ!リサ」

 鄭炎がそう呟くと、砕けた拍子に黒い粒子がふわっと待ったかと思うと、一点に集中する。そこには、空に浮いて、肌の黒い赤ん坊が座っていた。


 構わず、僕は鄭炎に向けてさらに接近する。


『きゃ、きゃ、っきゃ』

 赤ん坊はこちらを見て笑ったかと思うと、また粒子状に拡散し空を舞う。

ナイフが鄭炎に向けて突き刺さったかと思った瞬間、ガチンといった金属音とともに固い手応えを感じた。


 女性が僕の前に立って、左腕で僕のナイフを受け止めていた。鄭炎を庇っていたのだ。

「ぐふっ!」

 痛みを感じ、自分の腹部に視線を落とす。今度は、僕の腹にメスが突き刺さっていた。僕はたまらず、後方にのけぞってしまう。


「また、バケモンかよ。どうなってんだ?」

 山県が目の前の女性を睨め付けていた。

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