第2話 再会
1
バスが発進して、僕たちは、いままでの大学生活や町の様子など、他愛のない話で盛り上がっていた。
そうして、二時間が経過したころ、「到着したら、久しぶりに学校だね」と不意に安達が窓越しの景色を見ながら呟いていた。
道は舗装された道であるものの、狭く急こう配が激しい山道で、十七時を過ぎたばかりであったが、ライトを付けなければ、見通しがきかない状態だった。
家に帰るはずだった僕は、全く想定していなかった質問に驚き「学校?」と聞き返していた。
「飲み会すんのよ」と小町が答えてくれた。
それを補足するように、「4~5人で集まるなら、誰かの家で集まれるんですけど、一応クラス全員集まる予定なので、あ、あと、クラス担任だった京の宮(きょうのみや)先生もいらっしゃる予定だったので、明日の成人式の前に学校で同窓会を開くことになったんですよ」としずくが笑顔で答える。
「あれ、聞いてなかったの」と安達が不思議そうに尋ねてきた。
僕は、上京する際、クラスメイト全員のメールアドレスを消していた。いや、正確には消せないアドレスがあった。一つだけ消せなかった。だが、いずれにせよ。通信も拒否していたし、アドレスも変えていたので、僕にその情報が来ることはなかったようだ。
「うーん。なんでだろう。あ、ごめんアドレス変えたの忘れてたよ」
僕は平然とそう答えた。
「そういえば、クラスのグループに入ってなかったね。どうしたんだろうと思ってたんだよね」
「じゃあ、教えてください。「るいん」、やってますか!」
僕は、スマホを取り出すと、チャット機能のあるsnsアプリ「るいん」を立ち上げると、しずくにスマホを手渡した。
「盛岡さん、ごめん。あんま使ってなくて、やってもらってもいいかな」
「へー。携帯を人に預けるの抵抗ないんですね。エッチな写真とか入ってないんですか?」とふざけながらも、しずくは友達登録を済ませ、早々とスマホを僕に返してくれた。
スマホは一般的に個人情報が多く登録されている。そうすると、人に盗み見られた場合、面倒になる。だから、僕はスマホには必要最小限の情報しか入れていない。彼女の言うような類いのものはない。
「盛岡さん、冗談はよしてよ」と僕は苦笑いで返した。
「ふふふ、ごめんなさい。でもね、こまちゃんのケータイの中はすごいですよー。なにがすごいって、そりゃーもう。むふーなやつが」
「しずく、いい加減にしないと私怒るわよ。」
小町が立ち上がり、しずくの頭を拳骨で叩いた。
「痛いです。こまちゃん。暴力はいけません」小町にぶたれたしずくは、頭をかばい痛がるような素振りをみせる。やけに明るく感じてしまう。何故だろう。
「あれ、こんな道だったかしら」立ち上がったまま、ふと窓に映る景色を見て、小町がつぶやく。
そして、がつがつと小町は運転席まで、歩いていく。
「治憲。あんた、道間違えてるんじゃないでしょうね」
「すまん。小町。坂下町に行くまでいつも山を迂回するだろう?」
「それが、なによ?」
「だがこの間、見つけたんだが、山を迂回せずにまっすぐ進める道を見つけてな。いま、そこを通っているんだが、はじめて来た道なんで、迷ってしまったかもしれん」
なにか、問題があるかといったように平然と答える山県。
「はあーーーー! この馬鹿、ふざけんじゃないわよ」
小町は、山県の左頭部目掛けて、足蹴りをお見舞いした。
「いってえー。何すんだよ。うわっ!」
山県は小町に蹴られた拍子にハンドルを右に大きく切っていた。ここは酷道、すこしの運転ミスをするだけでも大事故となる。そんな道で、大きくハンドルを切れば、山県の操る大型バスが道から外れることは、必然であった。
バスは、大きく右に走行し、ガードレールを突き破る。一瞬、ふわっと車体は地面から離れる。立ったままでいた小町は、その衝撃で、バスの運転席の山県のところまで、飛んでいき、頭部をそのままハンドルに衝突する軌道を描く。
「なっ!」
山県は咄嗟に右手にハンドルを握ったまま、運転席から立ち上がり、後方から飛んでくる小町を左手で掴んだ。そして、即座に、右手から左手にハンドルを持ち替え、右側に既に気絶している小町を抱きかかえ、着席した。
バスはそのまま、山を落ちるように森の中を猛スピードで滑走する。木々にぶつかりながらも、バスは直進する。木々にぶつかって多少はスピードは落ちるものの、そう易々とそのスピードは衰えない。
大木が目前まで迫る。山県は大きく右にハンドルを切りこれを避けようとするものの、間に合わない。
どすん、という鈍い音とともに、バスの左前方と大木が衝突した。
2
それから、気を失っていたらしい。目が覚めると、車内には、ほこりが舞っており、視界が判然としない。らしいというのは、後頭部に激しい痛みを感じていたこと、それと、小町が山県のところに歩いて行ってから間もなくして、視界の上を落ちるように木々が急速に移り替わり、何かにぶつかるような衝撃を受けた後の記憶がなかったからだ。
僕がシートベルトを外し立ち上がると、「な、なんですか。なにが起こったんですか」と前方から女性の声が聞こえてくる。さっきまで向かい合わせで座っていたしずくだろう。
「盛岡さん。大丈夫?」
「あ、ああ、あ、じ、事故? 事故? 嫌、嫌ああ」
「盛岡さん! 盛岡さん? 大丈夫、大丈夫だから」
僕は煙をかき分け盛岡しずくさんの元に駆け寄る。そして、安心させるため、彼女の手を握りながらそう繰り返す。
「は! あ、安達君は大丈夫ですか!」
そんな彼女だったが、動揺のまま、安達相馬の安否を確認してくる。
「気絶しているみたいだ。多分僕と一緒で、後頭部をぶつけたみたいだ。安達くん! 安達くん!」
僕は、安達に声をかける。そして、安達に手を触れようとしたときだった。
「あ、待ってください。触ったりしないでください」
しずくが落ち着きを取り戻し、僕を制止する。
(落ち着け私。あのときとは違う。とにかく落ち着け。何のためにこれまで勉強してきたの?)
僕の傍らで、しずくが息を呑んで、髪を掻き揚げる。そして、言葉を続ける。
「あの、頭を強く打たれているのでしたら、脳震盪などを起こしていたりして危険です。煙を長時間吸う危険ですので、まず、私と一緒に車内から出ましょう」
「ん? なんだこれ?」
足に違和感がある何かを踏んだようだ。視界が判然としないが、それを拾い上げる。
「ぬいぐるみ?」
それを拾い上げてみると、それが熊のぬいぐるみであることに気がつく。小さくて、何か汚れているように思える。
「あ、それ、私のです! 」
奪うようにしずくが僕のてから、ぬいぐるみを掴み取る。
「あ、ありがとうございます!」
「それ、盛岡さんのだったの?」
「はい。とても大事な物なんです」
しずくがぬいぐるみを胸に寄せ、そのまま、ポケットにしまう。
「とりあえず、安達くんを刺激しないように、ゆっくり運ぶね。盛岡さん、それで大丈夫?」
「はい。お願いします」
しずくと会話していると、バスの前方から「おい、お前ら大丈夫か?」と怒声にも似た大きな声が聞こえてきた。
声の主は、山県だった。山県は、小町を両手で抱えながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。そして、「すまねえ」と短く呟くような声。
「とりあえず、出よう」
僕は告げると、ゆっくりと安達を背負い、大木と衝突した衝撃で、開いたドアからバスの外にでる。
「なんで」思わず言葉に出していた。自分の目を疑った。僕が驚愕したのは、僕らの乗車したバスが、大木に突っ込み大きく左側が潰れていたことではない。山県の負ったバスのガラスの破片、衝突した木の破片によってできたおびただしい傷を見たからではない。外に出て気がついた。
木々を抜けた先には、僕らの故郷、「坂下町」が広がっていた。
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