優しさを知らない世界
SisTeⓇ
第1話 帰路
1
僕の名前は、
でも、それは嘘だ。本当は逃げたかった。生まれてこの方、僕は出来損ないだった。気持ちばかりが先行して、何もできない。口先だけの奴だった。突然だった交通事故で父は帰らぬ人となった。
なんとか変わろうと努力して勉強した。毎日、何時間だって勉強した。でも、結果は実ることはなかった。そう、僕の現役の大学受験は、全滅だった。
それでも、頑張ればどうにかなると信じていた。だから、浪人して今の大学に進んだ。いや、進むしかなかった。僕は、前年受験した学校に加えて滑り止めとして一校だけ追加して受験した。
惨敗だった。僕は逃げるようにしてその滑り止めの大学に進学した。とにかく逃げたかったのだ。
本当は、帰ってなど来たくなかった。
「成人式に参加するつもりなんてなかったのにな」
僕は、上京して以来の新幹線の駅のホームに降りた。ここは、東京に比べると寒く、肌に突き刺さるような感覚である。
これまで、僕は一度も帰省していない。それなのに故郷に帰ってきたのは、今年の1月の初め、一通のメールが来たからだ。メールは母からの「成人式くらい帰ってきなさい」という内容の文面だった。
嘘だ。メールが来たから帰ってきたわけじゃない。本来なら、断っているはずなのだが、なぜか、本能的に帰りたくないこの場所に自然と体が向かっていた。
ホームから改札のある1階の改札を通ろうとしたとき、僕は切符を落としていることに気が付いた。
「これ君のかい?」
後方から、声を掛けられた。僕が、振り向くとそこには、男が立っていた。
「あれ、青葉くん、かい?」
男は、僕の顔を見ると、驚いたように、尋ねてきた。
「うん。えっと君は、
「そうだよ。坂下町に帰るんだよね?」
「一緒に行こうか」
安達が尋ねてきた。
坂下町は遠い。ここから電車から乗り換えてさらにバスに乗り換える。あまりに時間を持て余してしまう。彼から切符を受け取り「うん。あそこに一人でいくのは、ちょっと嫌だったんだ」と僕は、答えた。
僕と、安達は乗り換え電車へと向かった。
2
安達と僕は、新幹線から地元への電車に乗り換えると、終着駅に着くまでこれまでの大学生活について語り合った。
そして、いつしか、旅の疲れか、僕らは、眠りについていた。
「お客さん、終点ですよ」と駅員が僕らに話しかけてきた。
うつらうつらとしながら僕らは、「すみません」と電車を駆け降りた。
電車に乗り換えた際に、ぽつぽつといた乗客は、僕ら二人だけになっていたようだった。
「寝てしまったね」
「うん、安達くん。ごめん疲れてたみたいだ」
「いや、僕の方こそ。それより、バスがそろそろ来る時間だ。急ごう」と安達は僕を急かした。
この終着駅は、上京して以来、久しぶりだった。
「ほんと、田舎だ。駅なんて、無人だし、ホームが上りと下りの列車で同じなんて」と僕は独り言のように呟いた。
「そうだね。もう緑ばかりで、全然建物もないしね。でも、ここからさらに、バスに乗って3時間もかかる。ほんと、帰ってこなければよかったよ。着くのは18時ころかな」と安達が反応する。
僕らは、バス停まで、そんなことを話しながら速足で歩いていく。
「でも、バスなんて1日に何本もないよね。この時間にちょうどよくあったっけ?」
僕が疑問に思っていると、バス停に、一台の大型バスが停車する。すると、バスの前方のドアが開き、一人の男が運転席から「すまん、相馬、待たせたな。おっと、もう一人は仙台か?」と声をかけてきた。
「ああ、ありがとう。治憲(はるのり)。駅で偶然会ってね。一緒に来たんだ」
「そうか。久しぶりだな。二人とも。3年ぶりくらいか?」
「そうかもね。青葉くん、彼は、同じクラスメイトだった
僕は、名前を聞かされて、「ああ、山県くん。久しぶりだね。今日はよろしく」と返事をした。
そうすると、山県は軽く頷いて、「今日は、相馬が帰って来るってんで、会社の先輩に許しをもらって、特別に会社のバスを出してきたんだ。こんな田舎だから、結構勝手させてもらえる。それと、トーキョーに出たダチに俺がこんなデカいの運転できんのを自慢したかったのよ」と着ていたバス会社の制服の袖をたくし上げた。
僕らが、バスに乗車すると、バスの後方から、「わざわざ、迎えにきてあげたんだから感謝しなさいよ」と声が聞こえてきた。
声の主は、
どうやら、バスには、まだ先客がいたらしい。
「つんつんしないでよ。こまちゃん。
そう言って、小町の横に顔を出し、しずくという少女は、小町の頬を一舐めした。彼女もクラスメイト。名前は
「なにすんのよ!?」
「ひと舐めです。あ! 人舐めしました! おもしろいかもです」
「全然、面白くない! 気持ち悪い! あんたいい加減そのくせ……何でもないわ」
小町の眼光は赤く、鋭く隣のしずくをにらみつける。
ちっちっちと人差し指を左右に振りながら、「ジョークですよ」としずくは、自らの碧色の髪に触れる。
「盛り上がってるとこ悪いんだが、仙台と相馬が久しぶりに帰ってきたんだ。無視してやるなよ」
運転席から、山県が小町としずくをたしなめた。
「ごめんね。青葉クン、それに相馬。こまちゃんがつんつんしてて」
「そうだね。小町あんまり、つんつんしないでね」
安達がしずくに便乗する。
「私が、悪いのー!はあ、もう意味わかんない。仙台と相馬もとりあえず座ったら?」
そう、ため息混じりな小町に促されるまま、僕と安達は、小町としずくの座る前の席に着席した。確か、高校時代もこうやって、男鹿小町さんと盛岡しずくさんはふざけ合っていた記憶がよみがえる。
山県をよそに、「ちょっとごめんね」と安達は椅子を回転させて、座席を向かい合わせの形にする。そうして、シートに深く腰掛けると、足を組むと「小町はかわいいね」言った。
「か、かわいいだなんて、久しぶりにあったのに……」小町が髪をぶんぶんと左右に振りながら、顔を真っ赤にして、フリルのついたスカートをぎゅっと握りしめていた。
「ああ、小さくて」
「んー!なによそれ!」
真っ赤にした顔がさらに赤くなる小町。
「あ、でれでれですか!」としずくが楽しそうに目を輝かせる。
「もう、しらにゃ、イタっ、舌はんだ」
興奮した様子の小町は、どうやら舌を噛んだようだ。表情をゆがめながら、キッと安達としずくをにらめつける。
運転席から、「なんだよ、お前ら、楽しそうにしやがって。もう出発するぞ」と山県が、バスを発進させた。
こうして僕は、坂下町への帰路についた。
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