006. 商人アルノルトと出会った件
――神の奇跡から2週間後
アレス侯爵家には日常が戻っていた。
当主のヘクトルは「国王の剣」として王国近衛騎士隊の隊長の職務に戻っている。長男のジェロードは朝から晩まで剣の稽古。モーリックはトールに言い返されたのが尾を引いているのか、以前より熱心に学問に励んでいる。三男のセロはトールの遊び相手、ではなく研究の手伝いをしている。
そしてヘクトルの妻であり20代前半に見える金髪美女リリアナはというと、
月に一度の楽しみに興じていた。
「本日も奥様のお眼鏡にかなうような商品を持って参りました。我がジェネリオ商会が自信を持ってお薦めする商品でございます!」
アレス侯爵家の応接室には若い紳士が訪れていた。糊のきいた白いシャツに黒のスーツを着たオールバックの紳士。彼は満面の笑みを浮かべてアタッシュケースの金具に手をかけた。
「まぁ何かしら。前回買ったお肌の調子をあげる美容液とかあれば良いわね」
御年34才と考えると十分に肌の調子は良いのだが、リリアナにとって美の追求は永遠に終わらないのだ。
とんだ美魔女だな、と思う気持ちを表に出さず商人は笑顔でセールストークを続ける。
「さて本日ご紹介するのは"若返りの
しかし!ついに!私は時代を変える商品を見つけたのです。これからは美しさを身体の内側から追求する時代になるでしょう!」
アルノルトはアタッシュケースの中から丸い粒を丁重に取り出す。
「こちらの丸薬は体内の老化物質を直接除去するはたらきがございます。そして肌の新陳代謝を良くして活性化し、肌の若返りを促すのです。【闇の本神殿】の最新研究で生み出された丸薬で、もとになった論文は薬学研究の権威として名高い神官によって書かれました。
丸薬の効能は抜群で私が保証します。私はこの丸薬を1週間だけ飲んだのですが、全然違います。男である自分でもはっきりわかる程の違いですので奥様は確実に効果を実感なされるかと存じます。」
立板に水。アルノルトは淀みなくスラスラと丸薬の効能を喋る。
「まぁ!なんと素晴らしいお薬なのかしら。闇の本神殿の神官様の研究なら安心よね。それに身体の内側から若返るっていうのがとっても魅力的だわ!」
リリアナから良い反応を得て、アルノルトはほっと息をつく。
「奥様の御慧眼にはいつも感服致します。今回ジェネリオ商会は美を追求するご婦人方へ特別なプランを3つご用意させて頂きました。
まずは1つ目はお試しパック。お1人様1つ限りではありますが、1週間分で3980テネットのところをなんと1週間分980テネットで提供させて頂きます!」
「あら!そんなに安くて良いのかしら。」
気持ちいいくらい反応が良い。テレビの通販番組を見ているようだ。
「正直赤字覚悟のプランです。しかし!美しさを日々追求する奥様方を微力ながら応援させていただきたいというジェネリオ商会の気持ちでご用意させて頂きました!」
「ジェネリオ商会さん、すごいわ!」
「もしこの若返りの丸薬を気に入って頂ければご連絡下さいませ。通常プランは1ヶ月4週間分で15920テネットになります。
最後は定期プランです。1年の契約ですが1ヶ月あたり13980テネットになります。丸薬が切れるタイミングで毎月丸薬を届けさせて頂きます。これは若返りの丸薬の効果を実感して頂きましたら是非オススメしたいプランでございます。」
「とりあえず通常プランに申し込むわ。気に入ったら定期プランにしようかしら。」
「ありがとうございます!それでは通常プランを申し込ませて頂きます。あと、奥様には特別に1週間のお試しパックを10包み程サービスさせて頂きますね。もしよろしければ社交界で他の奥様方にオススメしてみて下さいませ。」
「ふふ商売上手ね」
「はっはっは、お褒め頂き有り難うございます」
「うふふふふ」
「はっはっは」
トール・アレスこと俺はお母様の隣にちょこんと座りながら、商談が成立した2人の様子をみて応接室の中の誰よりも悪い顔でニヤリと笑っていた。
・・・くっくっく、これは使えるな
ゼウス様に聞いてはいたがお母様の美への追求はすごい。というかチョロい。
しかし想像以上だったのはジェネリオ商会だ。
紳士のセールストークの
貴族社会において
貴族の中で流行ったものは次第に平民にも浸透していく。貴族に上手く商品を売り込めるかどうかが商人の命運を分ける。
・・・ジェネリオ商会の男、使えるな
俺が作ったギルドの商品はジェネリオ商会に任せておけば問題なさそうだ。また美容関係ならお母様を利用すれば爆売れ間違いないだろう。
実はユピテル王国内の一部界隈でリリアナは"美容の女神"と言われており、平民貴族問わず御婦人方の憧れの的である。34才にも関わらず20代前半の美貌を持っているのだから人気なのも頷ける。そんなリリアナが認めた美容品となると異常なくらいに売れるらしい。
・・・さて、ここからは俺のターンだ
商談が済んだお母様にお願いして、応接室を商人の男と2人にしてもらう。もちろん護衛はいるが。
「何やらトール様から商談があるとか。誠に嬉しいことでございます。
自己紹介させて頂きます。私はジェネリオ商会のアルノルトと申します。若輩者ではございますが商会長を拝命しております。また商人ギルドの役員も務めております。何卒よろしくお願いいたします。」
見た目30代前半くらいだが会長なのか。商人ギルドの役員もしているとなると政治力にも長けている"やり手"の商人だ。3歳児相手にもしっかり自分の有能さをアピールしつつ丁寧な対応をしてくる。隙がない。
「ご丁寧に有り難うございます。単刀直入ですがアルノルトさんに2つお願いしたいことがありまして。」
「なるほど。物事はスピードが大事ですからね。私ができることでしたら何でもさせて頂きます。」
"私ができること"か、商人ができることはつまり"利益が見込めること"である。しっかりとアルノルトさんに旨味を提示しつつ慎重に話を進めよう。
「まず1つ目なのですが、私はギルドを設立しようと考えております。そのギルドでは今までにない全く新しい商品を開発するつもりです。開発した商品を自分の店を作って販売しても良いのですが、先程のお母様とのやり取りを聞いておりまして確信しました。
これはジェネリオ商会、ひいては商人ギルドに販売を任せた方が良い、と。」
魔法科学ギルドの商品はアルノルトさんに任せれば何とかなる気がしている。それに商人ギルドの役員ならその力も借りたい。
「新しいギルドを作る、とは思い切ったことをなされましたな。私個人としては応援したい気持ちでございます。しかしながらお分かりかとは思いますが新興ギルドは既存ギルドと対立することがしばしばあります。
仮にトール様のギルドと既存ギルドが対立したとしましょう。その時に商人ギルドが裏で組んでいたとなりますと、商人ギルドまで被害を受ける可能性がございます。
既存ギルドと対立する可能性を予め分かっているにも関わらず新興ギルドに手を貸すことなど、よっぽどのことが無い限りあり得ないのです。」
当然の心配である。侯爵家の息子であるため軽んじることはできないが、3歳児がトップのギルドとなると胡散臭さを感じるのも無理はない。
「大変勉強になります。アルノルトさんの心配は当然かと思います。こちらもギルドとしての活動がまだありませんので無理に信じろとは言えません。
ただ、私が考えているギルドの運営方針は既存ギルドの権益を損なうものではありません。むしろ売り上げを伸ばすことができると考えています。実際にギルドとしての活動が始まったあと、その運営内容がアルノルトさんが信用に値すると判断した時には是非商人ギルドの協力を頂きたいのです。」
「ほうほう、トール様のお話は大変興味深いですね。既存ギルドと対立しないのであれば商人ギルドを動かすこともやぶさかではありません。今後のやり取り次第にはなってきますが前向きに検討したいと思います。」
ここで即断は無理だった。そりゃそうだ。俺のギルドは活動実績が全くない、というか設立されてもいない。
逆にここで話に乗ってくる商人だったら俺は話を切り上げていただろう。やはりアルノルトさんは良い。
さて次のお願いをしよう
「ギルドの件、ご検討頂けるとのこと感謝いたします。では次のお願いなのですが、買い取って頂きたいものがございまして。」
俺はポケットの中から革の巾着袋を取り出して開く。
うん、これだけあれば十分だろう。
巾着の中身を机の上に広げる
「これなのですが、おいくらくらいになりますでしょうか?」
机の上にはダイヤモンドが8つ並んでいた。大きさは小指の爪くらい。全てにブリリアントカットが施されてされており、色鮮やかな光が眩しい。
「これは・・・」
アルノルトは今まで見たことのない光を放つダイヤモンドに絶句した。
【トール所持金】
-1800万テネット
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