004. 目覚めたトール坊ちゃんの注文が多すぎる件

 ゼウス様とお別れをした俺は気がつくとベッドの上で目覚めていた。周りにはお父様、お母様、モーリックお兄様、セロお兄様がいた。名前の情報はもちろんゼウス様への質問責めで得た情報だ。全員俺の方をみて嬉しそうにしている。


 さて、文明を進歩させるとなると色々大変になる。まずその第一歩として「国王の剣」として名高いアレス侯爵家を後ろ盾にするところから始めたい。


 そしてあわよくば自分だけの研究所を所望しよう。俺にとっては魔力の研究も必須事項だ。


 ゼウス様からの情報によると、この世界に宗教的な権威は根強く残っているらしい。それは科学が発達していないことの裏返しである。この世界には解明できていない未知の現象が多い。


 例えばブレスを吐くドラゴンの存在がある。どういう進化を遂げれば口からブレスを吐くことができるようになるのか。意味不明だ。そのような意味不明の現象に対して人は神の存在を確信する。


 またこの世界に存在する"魔力"によって物理法則を無視したような現象が日常茶飯に起きていることも大きい。その最たるものが固有職ジョブの存在だ。これは実際に神との繋がりで生まれるものなので、ゼウス様が権威を持つのは当然だ。


 これらのことから宗教/神の権威を借りることがこの世界の人々に有用なのは明らかだ。


 自分の身に起きたことを正直に伝えつつ、嘘や俺の要求を交えながら交渉するのが良いだろう。


 俺はベッドを囲むように座る家族を見回して言った


「お父様、お母様、モーリック兄さん、セロ兄さん、大変ご迷惑をおかけしました。どうやら私は夢を見ていたようです。」


「そうよ、トールは病に犯されて昏睡状態に陥っていたの。でもね、さっき医術師様が診てくれて病気は完全に治ったって。調子はどうかしら?」


「お母様、身体の調子は良いようです。むしろエネルギーに溢れているような気がします。」


「まあ調子が良いようで本当に嬉しいわ・・私また泣いちゃいそう・・・」


「そうそう夢の内容なのですが、創造神ゼウス様が現れて固有職ジョブをくれる夢でした。それも上級職の固有職ジョブをくれる夢です。」


「ふむ医術師様が固有職ジョブがあるかもと言っておったのであるが、まさかいきなり上級職とは・・・これはなるべく早く国王に報告して【鑑定】をせねばならないのである!」


「お父様、少々お話を聞いて頂けないでしょうか」


「うむ、聞くのである。」


「実は私、夢の中でゼウス様から神託を受けました。今はまだ口止めされていて詳しい内容は言えません。

 私は病気を治してもらったゼウス様のために使命を全うしたいと思っています。そのためにはアレス侯爵家みなさんの協力が必要不可欠です。協力頂けますか?」


 俺は3歳児だと誰も思えないくらい流暢に話した。やや周りの家族が引いているのはご愛嬌。こういう交渉事はまず相手に有無を言わせないように「とにかく喋って圧倒する」ことが大事である。


 この場にいないセナお母様とジェロードお兄様には後から伝えることにする。まずはアレス侯爵家で絶対的な発言力をもつお父様を取り込んで、多数派工作をすることを優先したい。


「にわかに信じられん話ではあるが、不治の病気が治ったのは"神の奇跡"だとしか言えないのである。それに医術師が固有職ジョブがあると言っていたのである。本当にゼウス様の天啓があったならそれは我々は従うしかないのである。」


 お父様は創造神ゼウス様への信心が深いので予想通りだ。


「トール様の魔力の感じお父様に似てるんだ。確かに上級職があるんだ思うよ。僕に協力できることならなんでも言ってね。」


 セロお兄様はハーフエルフだったか。エルフは魔力への反応が優れていると聞いていたが本当のようだ。魔力を感じる力は文明の発展に必要になりそうだ。



「あら、トールはいつの間にそんなしっかりとお話ができるようになったのかしら?」



・・・やばいお母様から疑われてる



「やっぱりうちの子"天才"だったのよ!

 いえ違うわ、ゼウス様から直々に固有職ジョブをもらうなんて"神子"なのかもしれないわっ!!」



 うん、全く大丈夫だった。俺は圧倒的な親バカを全身に受け止める。



「お母様、神託を受けたのは確かにすごいですが、そんなに褒めたらトールが気まずくなってしまいますから落ち着いて下さいね。」


 モーリックお兄様である。ゼウス様から話は聞いていたけれど、気が利くし頭の回転が早そうだ。それに想像していたよりもイケメンだった。短めの髪の毛はお父様の茶髪を受け継いでおり、目鼻立ちはお母様から受け継いでクッキリしている。身嗜みからも清潔感が溢れている。正統派の爽やかイケメン。



 ・・・さてここからが本番だ。俺の要求を全部飲んでもらおうか。



「そこでみなさんには、3点お願いしたいことがございます。1つ目は私の固有職ジョブが上級職であると口外しないことです。そうですね一般職の【魔術師マジシャン】ということにしておいて下さい。」


「ん、どうして言ってはいけないのであるか?我はすぐにでも国王陛下に報告に行きたいのであるが。」


「お気持ちは分かります。しかしながら、私のような3歳児が急に上級職を得たとなれば確実に国に囲われます。お父様が国王陛下に報告すると困るのです。世界で14人目の上級職として祭り上げられると、私はゼウス様から託された使命を果たすことが叶いません。

 幸いにして私が上級職であると分かるのは特殊な固有職ジョブを持つ人間かエルフの血筋の人々だけですので、アレス家が秘密にしてくれれば問題ないでしょう。」


 嘘である。本当は【六元素シックスエレメント魔法陣師・サークルマジシャン】の六元素がこの世界の魔法理論の根本とかけ離れているからである。もしこれがバレてしまった場合、この世界の宗教や魔法ギルドを全て敵に回してしまう。


 火・水・風・土・光・闇の六元素を信奉し、それぞれの元素の神を祀った神殿が存在するような世界において


「僕の六元素はCHONPSチョンプスです!」


とか言ってしまうと世界に満面の笑顔で殺されてしまう。


 宗教戦争は確実に血が流れる。そのようなことを起こしてはならないのだ。俺が求めるのは"文明の無血革命"だ。最終的にはこの世界に科学を取り入れてもらうが、それを急に行うとただ単に混乱を招くだけになってしまう。


「分かったのである。幸いまだトールは3才で成人の儀を行っていない。つまり固有職ジョブの報告義務がないのである。

 ここはゼウス様のご意向に従ってトールの固有職ジョブに関することは秘密にするのである。アレス家の皆もそのようにするのであるぞ。」


「分かったわ。トールの固有職ジョブは誰にも言わないわ。」


「分かったよ、お父様。【魔術師マジシャン】ということにしておこう。」


「僕も絶対言いふらさないよ!」


 この場の全員の同意を得られたところですぐに次の要求に移る。テンポは大事だ。



「2つ目はギルドの設立を手伝って欲しいのです」


「ははは、ギルドとは大きく出たね。まあ確かにギルドを設立するだけなら国王陛下に認めてもらえば良いだけだからアレス侯爵家のコネクションを使えば簡単かもしれないね。

 だけどギルドで大変なのは維持することだ。設立後に既存ギルドと良好な関係を築けないとダメだよ。」


 流石はモーリックお兄様である。確かにギルドは設立するよりも維持することの方が難しい。商人ギルドや冒険者ギルド、様々な職人ギルド、知識ギルドによって既得権益は握られている。これらと上手く利益を分けながらギルド運営を行うのは骨が折れる仕事だ。


 モーリックお兄様が続ける。


「例えば冒険者ギルドが自分のギルド内の繋がりを利用して遠方から貴重な素材を取り寄せたとするよね。少しくらいなら商人ギルドは目をつぶってくれるかもしれない。

 だけど冒険者ギルドによって素材の取り寄せが大量に行われたとする。これを知った商人ギルドは自分の仕事の領分である"貿易"をとられたとして冒険者ギルドを訴えることができるんだよ。そうなったら冒険者ギルドは王都の中心部にある裁判所で裁かれて多額の賠償金を支払うハメになる。

 こんな感じでお互いの利益を崩さずに上手く関係性を維持する必要がある。そしてちゃんと自分のギルドの利益も確保するってことが何よりも難しいんだよ。」


 間違いのない正論だ。たかが3歳児に既存ギルドへの利益分配ができるなんて普通に考えて有り得ない話だ。ここで上手く切り返さないと俺の要求は通らないだろう。


「モーリックお兄様、貴重なアドバイスありがとうございます。しかし私が考えるギルドの拡大においては既存ギルドの利益は損なわないばかりか利益が増えるようにする画策するつもりです。

 例えば私のギルドが新しい商品を作った場合、その商品の素材は必ず冒険者ギルドや職人ギルドから購入し加工もやってもらいます。更に販売に関しても商人ギルドに任せるつもりです。

 つまり私のギルドはほとんど何もしません。受け取るのは"アイデア料"だけです。優れた商品のアイデアを生み出して、素材を集めてもらって、加工してもらって、売り捌いてもらう。これで各ギルドとの関係性を保ちたいと考えています。」


「ふむ、なかなか良いのではないか?」


「ははは、それはトールに"すごいアイデア"があればの話だね。でもゼウス様からの神託があるみたいだし良いんじゃないか?」


「良く分かんなかったけど、僕はトール様を応援するんだ」


「あなた、やっぱりトールは神子様なのよ、普通の3才がこんな発想思いつく訳ないですもの」


 割と良い反応をもらうことができた。


 さて、最後に個人的には一番欲しい物を要求しよう。



「ありがとうございます。では最後に屋敷の空いている部屋で良いので私専用の研究室を頂けないでしょうか。あと研究に必要な紙と魔鉄粉まてつこ鉛筆も欲しいです。」


「うむ、空き部屋ならいくらでもあるのである。好きに使って良いのである。それと紙も用意するのである。ただ魔鉄粉鉛筆は聞いたことがないので用意できないのである。」


 個人的に一番欲しかった研究室があっさりと手に入れられたので気が抜けた。まあ良かった。


「ははは、確かに魔鉄粉鉛筆とは俺も聞いたことないね」


 それはそうだ。なぜなら魔鉄粉鉛筆はこの世界に存在しないのだから。


「実はこの魔鉄粉鉛筆は私のギルドで最初に作る商品でこの世にありません。しばらくは自分が使う用にだけ発注するつもりですが、この魔鉄粉鉛筆の有用性が認められた時には商人ギルドに卸して販売をしたいと思っています。」


「なるほどね、まだこの世に存在しない商品なのか。どのように使うのか気になるところだけど、それは出来てからの楽しみにしておくよ」


「うむ、それならば問題ないであろう。まずはギルドを設立する必要があるな。

 明日、国王陛下に伝えておくのである。成人前ではあるがギルド長はトールで問題ないであろう。」


 良くも悪くもこの世界は貴族社会だ。成人前の子供をギルド長に据えるという無茶くらい通ってしまう。侯爵ほど高位の貴族であれば尚更なおさらだ。ギルドの看板としてトップを貴族にしておいて、副ギルド長以下をガッチリと固めれば良い。



・・・よし、全ての要求が通った。それじゃ俺は自分の研究室を探しにいくか。



「シル爺、研究室を見繕うからついてきてくれないか?」


「かしこまりました」



 魔法科学文明の第一歩を歩み始めたことに胸の高鳴りを覚えつつ、俺は自分専用の研究室を探しにいくのであった

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