003. 俺が気絶している間の裏側があった件

――三男セロ視点――


 リリアナお母様に水を持ってくるように頼まれた僕は部屋を出たんだけど、ちょうど廊下を執事のシル爺が歩いていたから僕の代わりに水を持ってくるようにお願いしたんだ。僕は一刻も早くトール様の元に戻りたかったんだよね。部屋に戻る途中の廊下でモーリックお兄様とばったり会ったから一緒に戻ったよ。


 ドアを開けたらそこには白目を剥いて気絶するトール様とどうしたら良いのか分からずにアワアワと慌てるリリアナお母様がいらっしゃったんだ。


 モーリックお兄様は機転を利かせて、すぐに白目を剥くトール様の目を閉じさせてベットに寝かしたんだ。その後すぐにリリアナお母様に話を聞きにいってリリアナお母様を落ち着かせているんだ。


 モーリックお兄様のそういうところがカッコ良くて本当に尊敬しているよ。それに僕が側室の子供で、エルフのお母様から生まれたハーフエルフだからって差別しないし本当に優しいんだ。



・・・ところでさっきからトール様の様子が変なんだよ!



 なんだか大量のエネルギーがトール様の体に集まってきている感じがする。例えるならお父様の近くにいる時と似た感覚。


 お父様とお医者様が部屋に入ってきた。うん、やっぱりお父様と同じようなエネルギーを感じるなぁ。


 その後すぐ、シル爺が水を持って部屋に入ってきたよ。



――執事シルヴァン視点――


 私はアレス侯爵家の筆頭執事シルヴァンでございます。かれこれ40年近くアレス家にお仕えして参りました。最近白髪が増えてきて困っておりますがまだまだ現役なのであります。


 私がセロ坊ちゃんに頼まれていた水を持って部屋を訪ねるとアレス侯爵家の当主ヘクトル・アレス様が目に入りました。茶髪の偉丈夫いじょうふでございます。


「おい!トールよ!大丈夫なのであるか!?」


 当主様は坊ちゃんの肩をブンブンと揺さぶっておられました。


 当主様の固有職ジョブは上級職の【剣王】であり、世界で確認されている上級職13人のうちの1人であります。御年41才の壮年なれど固有職ジョブによって常人とは桁違いの身体補正がかかっております。


 当主様は固有職ジョブの力でもって肩を揺さぶっていたのです。


 坊ちゃんの口の端から少し泡が出始めており、流石に放っておくと致命傷になるかもしれないと判断した私は進言致しました。


「当主様、恐れながら【剣王】の身体補正をかけてトールお坊ちゃんを揺さぶるのは、坊ちゃんの体調にいささか悪い影響を起こすかと存じます。お気持ちは分かりますが程々にお願い致します。」


「ああ確かにそうであるな!!必死になっていて気づかなかった。」


 当主様は偉大な剣士でありますが少々不器用なところがあるのでございます。


 トール坊ちゃんは当主様の正室リリアナ・アレス様が10年振りに出産なされたお子様で、アレス侯爵家の末っ子でございます。髪は当主様譲りの茶髪で、お顔立ちはリリアナ様譲りのくっきりした目鼻立ちをされています。侯爵家一同、愛情の注ぎ方が尋常ではありません。


 アレス家の愛情を一身に受けるトール坊ちゃんが今朝、王国随一の医術師に"治療不可能"と断言されたのです。


 午前中のお屋敷はそれはもう混乱を極めておりました。坊ちゃんはもう昏睡状態から戻らないという診断を受けたのですから、アレス家の面々はもう何も手が付かない状態でただただ涙を流しておられました。


 そんななかで突然「坊ちゃんが目覚めた」という知らせが屋敷中を駆け巡ったのです。アレス家の皆様が必死になるのは仕方ないでしょう。


「お願いなのだ、もう一度目を覚ますのである!」


「あなた、トールは必ず目覚めますわ」


「トール・・・」


「トール様・・!!」 


 当主様、リリアナ様、三男のセロ坊ちゃんだけでなく次男のモーリック坊ちゃんも駆けつけておりました。長男のジェロード坊ちゃんがいないということは、稽古に励んでいるようございますな。


 当主様が連れてきた【光の医術師】の女性と【闇の医術師】の男性がトール坊ちゃんの様子を確認しはじめました。


 私は名前を存じ上げませんが、このユピテル王国で随一の腕を誇る医術師2人とのことです。


 トール坊ちゃんの容態を確認すると医術師2人は同時に驚愕の表情を浮かべました。


 彼らはお互いの顔を見て分かりあったように頷きます。


 しばらくして【闇の医術師】の男性が口を開きました。


「アレス侯爵閣下、ただいまトール様のお身体からだを診させて頂きました。午前中の診察ではトール様の全身の至るところに病魔が回っておりました。今朝の段階では、ここ数日の峠を超えることができなければ厳しいと伝えたかと存じます。

 しかしながら現在、トール様のお身体からだに病魔は一切確認できません。綺麗さっぱりの健康体になってございます。むしろ全身に大量の魔力が巡っております。全くもって原因不明で・・・まるで・・・」


「はは、それはもしかしてそういうことなのか・・?」


 モーリック坊ちゃんは何か気づいたようです。


「トールが、治ったの・・・??」


「魔力が巡っているとはどういうことなのであるか?」


「ええ、私たちも信じられませんがトール様の病気は完治しております。病気が治ったのは”神の奇跡”という言葉でしか説明できません。そればかりかトール様の魔力の流れをかんがみるにおそらく固有職ジョブを有しておられるかと思います。」


「それは本当なのであるか!!」


「あなた、これは創造神様の御加護に違いないわ!」


「トール様とまた一緒に遊べるんだね、僕は本当に嬉しいよ」


 私はアレス侯爵家で40年近く執事をやっておりますが一番衝撃的な瞬間でありました。神の奇跡が目の前で起こるなんて経験は後にも先にも今日だけのことでしょう。


「しばらく安静にすれば、自然と目を覚ますと思われます。」


 そして 【光の医術師】と【闇の医術師】は病気の経過観察をするため定期的にトール坊ちゃんを訪れることを当主様に伝えたのち、荷物をまとめはじめました。


 彼らの本業は魔術研究であり多忙なことはリリアナ様から聞いております。


 私は早速、彼らを家の門まで案内致します。


 「こちらでございます」


 

 2人の医術師を門まで案内する道中、彼らは互いに何やらぶつぶつと議論を行っているようでした。


「あんなのあり得ないわよ」「創造神は本当にいたのか?」「トール様を研究対象にしたらダメかしら・・」「侯爵家の息子様を研究対象にするとかあり得ないだろ!」


 用意していた2台の馬車に乗った彼らはそれぞれ王都中心部にある「光の本神殿」と「闇の本神殿」へと戻るのでございました。

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